第63話 大所帯でいざ!
「トーガ様、まもなくバストレイヤ収容所に到着いたします」
「あ、ああ……そうか……」
馬車の手綱を握るパルが、そう告げてきた。
「ピル、そろそろ離れて予定の配置について! 何か当たったら自分の判断で飛び出して良いからね!」
「はぁーい! トーガ様、モニモニ、がんばってぇ!」
「がうぅん!」
ソードライガーに乗ったピルは、馬車から離れてゆく。
肩にはちゃっかりイービルアイのマスタングくんが乗っかっているので、いわゆるフル装備状態だった。
「な、なぁ、パル……本当に良いのか……?」
俺は呆れるくらいに繰り返した質問をパルへ投げかける。
「当たり前です。あなたをお守りするのが私たち姉妹の使命です。だからどうぞ、お気になさらず!」
なぜこうなったかというと、全ては館でのジェシカさんの話を、パル達はすべて聞いていたかららしい。
そして俺の反対を押し切って……というか、反対する前に全ての準備を整えていたのだった……。
「モニカさんも、今回は大役です。しっかり!」
「はいっ! 頑張りますっ!」
まぁ、モニカだけは元々協力してもらうつもりだったので、仕方がないが、しかし……まさか、アイツまで……と、考えている中、
薄闇の中に、ローブを羽織った女性の姿を認める。
パルは馬車を彼女のーーエマの脇へと止めた。
「時間ぴったりね、さすがだわ。よろしくね」
そう挨拶をし、エマはさらりと馬車へ乗り込んでくる。
「な、なぁ、その……エマの方も、本当に良いのか……?」
俺は改めてエマにも問いかける。
すると彼女はにっこり微笑んで、
「だって貴方と愛娘が危険を犯そうっていうんですもの。今の私には、同じ時間に所長さんと面談をするという体で、内側から貴方達を見守ることしかできないのが悔しいけどね……」
パルはもとより、エマにさえこのことがバレてしまっていた。
その原因はもちろん、モニカである。
どうやら出発前にいやに緊張していたモニカをしつこく問いただした結果らしい。
「モニカ……繰り返しになるが、今後はそういうことは無しで頼むぞ……」
「ご、ごめんね……反省してます。これからは気をつけます……」
結局、俺とジェシカさんの間だけだったはずの話が、ここまでの大所帯になってしまったのである。
今後はこういうしたことが起こりうると肝に銘じ、情報統制を徹底せねば……と俺は思っているのだが、この話を持ちかけてきた張本人であるジェシカさんはとても嬉しそうな様子を見せている。
「皆さん、今回は私の言葉を信じて協力してくださりありがとうございます!」
「いえ! もしジェシカ様の推測が正しかったのなら、これは国家の一大事です。それに、私たちはどんな状況であろうとも、トーガ様を信じ、従う心づもりですから」
パルは臆することなくそう回答し、そばにいるエマもモニカも異を唱えようとはしない。
ならばこれ以上の問答は不要で、ここからは事に集中する事にした。
ーー我々はこれより、バストレイヤ収容所の中へ入り、クーべ・チュールが獄死した監獄を、モニカに
「でも、トーガ君、もう一度聞くけど、正面から堂々と入っても良いの?」
ジェシカさんは最もらしい、質問をしてきた。
おそらく、普通であれば、そう思うに決まっている。
なにせ俺たちがこうして"正面"から堂々と収容所に入るのは、リスクがあるからだ。
王国魔術師の俺と王国騎士のジェシカさんならば、捜査の一環として同収容所に堂々と入り込むことは可能だ。
しかし、正規の手続きを踏んでしまえば、当然記録が残る。
さすがの俺でも、国の重要施設へ入るなら、隊長であるガトーの承認が必要となってくる。
さらに正式な手続きとなれば、Sランク冒険者でしかない、モニカを収容所へ連れ込むには、それなりの作文が必要となってしまう。
一瞬、俺はこれら全てをリスクと考えたが、よくよく考えてみればチャンスではないかと思った。
「逆にここまで派手に行動をすれば、もしもガトーが錬金術師だったのなら、なんらかの動きをみせるだろ? 俺はその可能性に期待している」
「私は記録が残るのが危険だから、こっそり進入しようかと……」
「でも、それはジェシカさんが、ガトーのことを完全に黒と思ってるからだろ?」
「そうね、確かにトーガくんの言う通りね。私はお父さんの件もあって、ガトーを疑っている。でも、トーガくんはそんな私の気持ちを見抜いて、冷静に色々と判断し、今の行動に至っている。そういうことよね」
「もしも、違った場合は、真面目に王国騎士へ捜査協力をしたとでも言えば良いだろう。自分で言うのもアレだが、俺とガトーの関係は比較的良好だと思っているからな」
「なんか、貴方ってほんと、出会った時から不思議な子よね。私よりも年下だなんて思えないわ……」
ジェシカさんの発言を聞き、この中で俺の正体を知っているモニカとエマの親娘は、密かに嬉しそうな笑みを浮かべているのだった。
しかしもしも、ガトーが錬金術師であった場合、奴はなんらかの行動に出て、パル達も巻き込むことになってしまう。
それだけが気がかりだったのだが……いや、このことを考えるのはもう止めにしよう。
これでは、俺を信じて従ってくれている彼女達の気持ちを踏み躙ることに他ならない。
ーーそれに、これは俺に巡ってきた大きなチャンスに他ならない。
俺はすでに王国魔術師内で、一定の地位を確立できた。
このあと目指すべきは、その中での立場の向上だ。
もしもガトー隊長が、ジェシカさんのいう錬金術師であれば、倒す必要がある。
そして彼を討伐した暁には、隊長の席が空き、俺にそこへ着くチャンスが巡ってくる。
隊長ともなれば、国の重鎮や、王にさえ意見できる立場となる。
それは俺の大きな夢"魔空を潰し、パルとピルの国を取り戻す"の実現の大きな足掛かりとなるのだ。
「ね、ねぇトーガくん……」
と、色々意気込んでいた俺の袖を、隣のモニカがクイクイと引っ張ってきた。
「どうした? 緊張しているか?」
「あ、うん……だからなのか、ちょっと魔力が揺らいじゃってて……だから、そのぉ……」
モニカは熱っぽい視線でそう訴えかけてきた。
たしかにモニカはこれから大役を担ってもらうので、魔力の揺らぎは避けておきたい……との判断で、彼女を抱き寄せた。
「はむ……むちゅ……んっ、んんっ……はぁ、はぁ……」
願い通りに深い口付けを交わし、モニカへ俺の魔力を注入してゆく。
すっかりキスに慣れたモニカは、貪るように舌を絡めてくる。
「ぷはっ……ありがとう、トーガくん……」
「ねぇ、トーガくん……わ、わたしも、ちょっと緊張しているからその……」
モニカの反対側から、すっかり素直になったエマがそう訴えかけてきた。
確かに万が一に備えて、エマへも施した方が良いような気がしたので、
「ちゅ……んっ、んんっ……んはぁっ……むちゅ……」
モニカのソレとは違い、互いの口の中を優しく愛撫しあうかのような、濃厚なキスを交わしつつ、彼女へも俺の魔力を送り込んでゆくのだった。
「トーガ様、あとで私にもお願いします! ピルもそのために呼び戻しますので!」
馬車の手綱を握るパルが、少し妬いた様子で、そう訴えかけてくる。
なんだか、そういう態度を取る彼女が珍しく、妙な興奮をそそった。
「ま、まさか、教授までだなんて……ほんと、トーガ君って、何者なの……?」
俺たちの濃厚なキスの場面を見せつけられたジェシカさんは、顔を頬を真っ赤に染めつつ、そしてやや興味ありげな視線を注いでいた。
このリアアクションは、ひょっとして、ジェシカさんって……たしかにこれまで、ガトー様の調査やら、騎士としての仕事が忙しい感じだっからな……
「トーガ様、間も無くバストレイヤ収容所です。ご準備を!」
パルからの報告で、俺は気持ちを引き締め直し、馬車の外へ視線を映す。
正面にはやがて、闇夜の荒野に佇む、重々しい城砦のような雰囲気を放つバストレイヤ収容所の威容が見え始めるのだった。
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