第67話 一週間の訓練開始!

 件の武闘会は冒険者、王国騎士など広く猛者を集め、武を競い合う大会だ。

もちろん、参加制限などはなく、王国魔術師も可能である。

よってここ最近の上位入賞者のほとんど、全てが王国魔術師であるのは否めない。

そして今年も当然、ガトーはこの大会に参加している。


 奴を糾弾し、正体を暴くにはこここそが最適だった。


 しかしそのためにも、参加者であるジェシカさんには、ガトーと直接対峙ができるよう、上位に食い込んでもらう必要がある。


そこでーー


「それではジェシカさん、まずは俺へ好きに打ち込んできてください。その成果であなたの育成方針を決めたいと思います」


「わかったわ! よろしくお願いします!」


 ジェシカさんはエマの別荘から少し離れた森の広場に、あいさつの言葉を響かせる。

こうして、俺にきっちり頭を下げてくれた態度から、いかに彼女が真剣にことに臨もうとしているのかがわかった。


 やがてジェシカさんは腰元から、立派な意匠の護憲がついた、レイピアを抜く。


「それはいつもの武器ですか?」


「数あるもののうちの一つよ。扱いに問題ないわ」


 なるほど、ジェシカさんは先ほど自分のこと卑下していたが、やはりかなり優秀な人物だ。


 対魔術師戦において、斬撃は攻撃範囲こそ広いが、隙が多く防がれがちだ。

しかしレイピアが得意とする刺突攻撃ならば、サーベルによる斬撃よりも少ない動作で、しかもリーチが長く設定できる。 

 この彼女の選択は全くもって正しい。


「ーーっ!」


 ジェシカさんからフッと鋭い殺気が沸き起こった。

そして次の瞬間にはもう、俺へ向け剣先での突きを繰り出そうとしている彼女の姿が。


 俺は慌てて、障壁を展開し、ジェシカさんの突きを防ぐ。

そして軽く魔力を込めれば、障壁は衝撃を発し、彼女をわずかに吹き飛ばす。


「くっ!?」


 ジェシカさんはなんとか踏みとどまり、体勢を維持する。


「少し踏み込みが甘いようですが?」


「ご、ごめんなさい! そ、その、万が一トーガ君を怪我させたら、パルさんたちに申し訳ないと思って……」


 こういう控えめで理性的なところは、ジェシカさんの美点で魅力といえる。


 だが、逆を言えば、それだけ俺のことを"侮っている"とも言える。


「そんな遠慮は不要です! そして俺のことを舐めないでいただきたい!」


「きゃっ!?」


 俺はハーディアスを呼び出し、遠くの距離からジェシカさんを吹き飛ばした。


 地面に転がされ、起き上がった彼女は、俺に何をされたのかわかっていないらしく、目を白黒させている。


「い、今のは……?」


「さぁ、なんでしょうかね? でも、これでわかったはずです。俺に遠慮などは不要だということを!」


 再度、ハーディアスを進ませ、立ち上がったばかりのジェシカさんを吹き飛ばす。


 何度も、何度も同じことを繰り返して、その度にジェシカさんは地面へ転がされ、打ちのめされる。


 どうやら彼女は、俺のハーディアスを感知できていないらしい。


 速度、技術的には問題ないので、やはり"ここ"を1番鍛えるのが有効なようだ。


「ジェシカさん、あなたの育成方針が決まりました。あなたはこの一週間で、少なくとも俺が何をしているのか、ご自身が何をされているのか感知する必要があります。それが可能になった暁には、あなたはおそらくガトーとまともに対峙できるようになると思います」


「ありがとう、トーガ君……わかったわ!」


 ジェシカさんはボロボロにされながらも、気合いで立ち上がり、剣を構える。


 この方のガッツに応えるためにも、俺も遠慮するわけにはゆかない!



●●●



「はぁ……はぁ……ご、ごめんなさいね、迷惑をかけて……」


「いえ、ジェシカさんをボロボロにしちゃったのは俺ですし……これぐらい当然ですよ」


 俺はハーディアスの助力を受けつつ、ズタボロのジェシカさんを背負って、別荘を目指して歩き続けている。


 彼女はなかなか諦めず、こちらに立ち向かってきていた。

そのガッツに応えていたら、初日からこれである。


 しかし、こうして彼女をおぶることは、実は好都合だったりする。


「なんだか……この間も背負われている時も思ったのだけど……あなたにこうしてもらっているとすごく落ち着くのよね……」


 心底安心したように、ジェシカさんはそう言ってくる。

不意に見せた可愛い彼女の態度に、トクンとこちらの胸が鳴った。


「実はこうやっている間に俺からジェシカさんへ魔力を贈らせてもらっているんです」


「あなたの魔力を?」


「ええ。こうすることで、訓練と同時に、あなたののことを強化しているんです。これもすべて、ジェシカさんにガトーを討ってもらうためなです」


 俺の魔力注入は手を握って意識するだけでも、可能だ。

しかし手だけでは、それに見合った量しか送ることができない。

ゆえに、できるだけ多くの魔力の注入を行うためには、可能な限り肉体的な繋がりを深く持つ必要があるのだ。


「ふふ、そうね。収容所の時もあなた、教授と娘さんにそうやって送っていたわよね」


「ええ、まぁ……」


 だが、やはり1番効果的な注入といえば……と、少々邪な想いが湧き上がってきたので、それは一旦わきへおいておくものとする。

 

 最近、調子が良いばかりに、すぐにこういう思考になってしまう自分を戒めなければならないと思った瞬間だった。


「でも……この暖かさは……魔力の注入もあるかもしれないけれど……」


 突然、背中のジェシカさんはキュッと腕に力を込めてくる。

そして「少し、変なこと言ってもいい?」と囁きかけてきたので、了承の旨を返す。


「なんだかね……こうして背負われていると、小さい頃に父に……お父さんに、こうしておぶってもらったことを思い出すのよね……」


 どこか懐かしむような、それでいて悲しみを孕んでいるような声音だった。

短い言葉だったけれども、ジェシカさんはどれほど亡くなった父親を慕っていたのかがよくわかる。


「なんか変よね。トーガ君の背中をお父さんのものみたく思うのって……歳だって全然違うのに……」


 とはいえ、若返る前の俺と、ジェシカさんの父上はそう離れた世代ではない。


 ひょっとすると、ジェシカさんは本能的に、俺の真実に勘付いているのかもしれない……


「ダンジョンで初めて出会ったあの時の感覚、今でも忘れられないわ……胸が突然高鳴って、気づいたらあなたのことを抱きしめていて、また会いたいなって思って……」


 背中の通じて、ジェシカさんの鼓動が伝わってくる。


 その鼓動は甘い言葉も相まって、俺の胸を大きく高鳴らせている。


「ねぇ、トーガ君……」


「な、なんでしょうか……?」


「ひ、一つね、あなたに話しておきたいことがあるの……これから一週間、2人きりで過ごすのだから最初に言っておきたいのよ……」


「わかりました。それで?」


「……私、ずっとあなたのことを個人的に利用していたの……ごめんなさい……」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る