第56話 目覚めたモニカの力

「お、おい、モニカどうかしたか……?」


 モニカの急変に、さすがの俺も驚きを隠しきれない。

まるで遠くの何かをみているかような不思議な表情をしているからだった。


「お気持ちありががとうございます。でも、これは絶対に受け取れません! だって、これ、貴方と亡くなったご主人との思い出の品なんですよね?」


 そして突然、訳のわからないことを、真剣に言い出すモニカだった。

対して淑女はすごく驚いた顔をしている。


「どうしてそのことを……?」


「それにこの中には、とっても大切なものが入っています。少し、お借りしますね」


 モニカは淑女へぴしゃりとそういうと、文字がびっしりと書き込まれたネックレスの円筒を手に取った。

この文字はダイヤルになっているらしく、モニカの指によってクルクルと回転し始める。

そして円筒から、カチッと何かが外れるような音が鳴り響いた。


「まぁ、なんてこと……!」


 感動の声をあげる淑女の前で、モニカは円筒の蓋を開ける。

そして中からは、一枚の紙切れと、煌めきを放つ銀の指輪が出てきた。


「どうぞ読んでください」


 淑女はモニカから指輪と紙切れを受け取る。

そしていくばくの時もなく、淑女は肩を振るわせ、大粒の涙を流し始めた。


「どうしてずっと開けられなかったんですか?」


「あの人、これを渡して王国騎士として戦争へ……戻ってきたら、鍵の言葉を伝えるって……でも、あの人は帰ってこなくて……」


 今でこそ、フルツ王国は平和の国だが、かつては周辺諸国としょっちゅう小競り合いをしていたという歴史がある。

そして戦場へ向かわなければならない婚姻前の兵や騎士は、恋人へ帰還を約束するために、指輪とメッセージを、パズル式の容器に入れてわたし、帰還後にその解除の言葉を伝える……といった風習が、かつてあったと、俺は思い出していた。


「じゃあ貴方とのご主人は実際にご結婚は……」


 モニカの問いに淑女は涙ながらに、首を縦に振る。


「私はこの歳になるまでずっと、あの方の妻だと思い暮らしてきました……でも、やはり、証がなくて……寂しくて……でも、今日ようやく、私は、本当にあの方の妻になれました。ありがとうございます……ありがとうございます……!」


 淑女は心底感謝した様子で、何度も何度もモニカへお礼を口にするのだった。


●●●


「モニカ、さっきの食堂でのことを詳しく聞かせてくれないか?」


 ホテルをチェックアウトし、落ち着いた段階で、モニカへ問いかける。


「なんかね、突然、見えたんだ。あのパズルに触れた途端……ご主人の思いとか、どの言葉を鍵にしたのか、色々……」


「それって、まさか?」


物質念写サイコメトリー……っていうんだっけ? こういう力?」


 物質念者サイコメトリーとは、主に物体に込められた願いや記憶を、触れただけで読み解く能力のことだ。

これは一件、便利な能力のように思えるも、一つ大きな問題が存在する。


「モニカの意識は大丈夫なのか?」


 物質念写はいわば、他人の意識を自分の意識の中へ流し込み、見聞きする方法だ。

たとえて言うならば、一本の川へ、無理やり他の川を繋げた結果、水量が増し、流れが早くなるようなものである。

これが人の心や精神となれば、物質念写をした結果、流入していた他人の意識によって、自分の意識が押し流され、精神崩壊を起こしかねない能力である。


「大丈夫。念写している間ね、ずっと天空神様の気配を感じてたの。たぶん、トーガくんのハーディアスみたいに、天空神様が、あたしの心を守ってくれてるみたい。だから念写している時のあたしは、他の人の意識を、まるで絵画みたいに客観的に、静かにみているだけなんだ」


つまり、モニカは精神汚染の危険性を孕む物質念写サイコメトリーという能力を、完璧に使いこなせるといったことなのだろう。

そして、モニカがこの能力に目覚めた原因はやはり……


「パルやピルと同じように、俺がモニカと深く交わったからか……?」


 そう問いかけると、モニカは恥ずかしそうに俯きつつ、首を縦に振ってみせた。


「そうみたいだね。こんなに色々、トーガくんからもらってばっかで良いのかなぁ……」


「良いさ、別に減るもんじゃない」


「そっか……トーガくんがそういうだったら、どんどん、遠慮なくもらってくね。たぶん、これからも色々増えてくんだろうなぁ……」


「増えてく?」


「あたしとトーガくんの、楽しい思い出♩」


 そう言ってモニカは俺の腕へ抱きつき、わざとらしく胸を押し付けてくるのだった。

 自分の気持ちに素直になったモニカは、本当に可愛い娘なのだと思う。


「トーガくん、今日のご予定は?」


「特にはないな」


「じゃあ、お昼のベネテタも見てみよう……」


 と、モニカが言いかけたその時だった。


 突然、ベネネタの青空へ、赤い魔力の塊が打ち上がる。


 あれは昨日、俺が他の王国魔術師に救援要請を出した際、放ったものと同質のものだ。


「すまないモニカ、デートの続きはまた後日だ!」


「大丈夫、分かってるよ! 急ごっ!」


 俺は王国魔術師の証である紫のマントを羽織った。

途端、周囲の人々は俺の存在を認めるなり、優先的に道を通してくれる。

そうしてモニカと共に、赤い魔力の塊が打ち上げられた地点ーー有名な観光スポットである"トレバの泉"へ向かってゆく。


「お、お金!?」


 モニカは現場であるトレバの泉へ着くなり、驚きの声を上げた。

 なぜならば、泉のある広場には"無数のコイン"がまるで、大量発生した羽虫のように、宙を自在に駆け巡っていたからである。


 確かにこのトレバの泉は、泉に背を向けて、願いを思い描きつつコインを投げ込めば、その願いが叶うというジンクスがあるというが……


「うおっ!? トーガ・ヒューズ!」


 そう驚きの声を上げたのは、この奇怪なコインの群れと対峙していた、同僚の王国魔術師マイク・フレイザー。


「救援に来たぞ! まさかコイツらは?」


「フライングコインってやつだな」


ーーフライングコインとは、コインの形をした、ミミックと同種の魔物である。

コイツは、たとえば、ダンジョンで冒険者の財布の中に入り込み、中身の硬貨を操って、体当たり攻撃を仕掛けてくる。

所持金が僅かであればケガ程度で済むが、大金を持ち合わせていた際は、大量の硬貨がぶつかってくるので、命が危ない。

通称"金持ち殺し"と言われる、魔物である。


「しかもこのフライングコインは、枝道からのプレゼントらしいぜ?」


「枝道? しかしどこにもそんなのは……?」


「泉ん中」


 マイクは呆れたようにコインの嵐の向こう側へ、微かに見えるトレバの泉を指し示した。


 確かにこれは厄介な事態だ。


 枝道は一刻も早く潰さねばならない。

しかし、行手はフライングコインに操られた、コインの嵐によって塞がれている。


 文化物の多いこの辺りで派手に魔術を行使するわけにも行かない。


 さてどうしたものかと考えていた時のことーー


「トーガくん! たぶん、あたしの力使えるよ!」


 後ろのモニカがそう叫び、俺はピンとくるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る