第55話 幸福な朝

「っ……」


 窓から差し込んだ明るい日差しによって、意識が覚醒する。

それと同時に俺に寄り添う、瑞々しいモニカの肩が白磁ような輝きを放っている。


 俺もモニカも生まれたままの姿で深く寄り添いながら、シワだらけとなったベッドを共有している。


 まさに幸福としか言いようのない状況だった。


「んっ……」


「おはよう、モニカ」


 モニカがわずかに赤目を覗かせたので、アッシュグレーの髪を撫でつつ、起床の挨拶を投げかける。


「おはよ、トーガくん」


 モニカもまた心底幸せそうだが、若干眠そうに挨拶を返してきた。


「大丈夫か?」


「ちょっとまだ眠いかも…………いっつも、あんな感じなの……? その……パルさんとか、ピルちゃんとか……」


 眠気なのか、恥ずかしさなのか。

モニカは消え入りそうな声で、曖昧に問いを投げかけてくる。


 確かに初めてのモニカに5回戦はキツイものがあったのかもしれない。


「そうだな、あんな感じだな。すまん、いつもの調子でやってしまって……」


「ううん、良いんだよ、そこは……気持ちよかったし、いっぱい……その……してくれて、嬉しかったし……」


 モニカは心底満足そうに微笑みながら、立派な双丘を押し当てつつ、身を寄せてくる。


「こっちの方でも、あたしちゃんと鍛えるね! てぇ、ことで……!」


 突然、モニカはシーツの中へ潜り込んだ。

やがて、シーツの下方に、彼女の身体のシルエットがくっきり浮かぶ。

そしてシーツのトンネルの中から、ルビーのように輝く赤目をこちらへ向けてくる。


「こ、この間ね、ピルちゃんから聞いたの……トーガくん、これすれば、すぐにできるようになるって……」


 モニカの熱い息が吹きかかり、期待で胸が高鳴りだす。


 しかし、そういうことまでピル達と情報を共有しているとは……これからはヘタは打てないぞ、と思う。


「い、痛かったり、違ったら遠慮なくいってね……! それじゃ……いただきます……!」


ーー律儀にそう言うモニカがちょっとおかしくて、それでも可愛らしくて。

昨晩に引き続き、朝から3回ほどしてしまったのはいうまでもない。


●●●


「お、おい……少し食べすぎじゃ……?」


「そ、そう? なんか、すごくお腹すいちゃって……!」


 モニカは恥ずかしそうにそう言いつつ、山盛りのハムやチーズにパンを、パクパクと頬張る。

まぁ、確かに昨夜からさっきまで、通算8回戦もしたのだから、体が消耗し、食べ物を求める気持ちはわからなくはない。


 ここは一応、ベネテタでも屈指の、王国魔術師御用達の高級ホテルで、宿泊しているのは品の良い紳士淑女ばかりだ

よって、朝食ビュッフェで、料理を山盛りにする客など、モニカの他にはいない。


 とはいえ、みな品格と心の余裕を持ち合わせた客ばかりなので、美味しそうに朝食をとっているモニカへ、避難するどころか微笑ましそうな視線を注いでいるのだった。


「ねぇ、トーガくん……」


「ん?」


「なんか、これ……新婚旅行、みたいだね……?」


 たしかにこのベネテタは新婚旅行には人気のスポットだし、ここに泊まっている他の客にもそうと思しき人たちはちらほらと見受けられた。


「あのさ……今更だけど……本当に良いの? 良かったの……? あたしなんかも、パルさんやピルちゃんみたいに、そのぉ……」


 突然、モニカは不安そうに聞いてくる。

おそらく、ふと我に帰って、ようやく今の状況に困惑しているようだ。


 まぁ確かに、昨日まで俺とモニカはただの"仲間"だったのだから、この発展はやや急だと俺自身も思っている。

しかしーー


「いい加減な気持ちであんなことをするものか。モニカのことは、俺が一生をかけて幸せにする。必ず……だからもう2度と、そういうことは言わないでくれ」


「うん、わかった……もう絶対に言わないね! あたしも、この一生をトーガくんの夢や幸せのために捧げるねっ! 大好きだよっ!」


 不意打ちの大好きという言葉に、頬が熱をもった。

 それはモニカも同じだったようで、朱の刺す顔を俯かせ、パクパクとパンを齧り始める。


 そうしてしばらく、2人して恥ずかしさのあまり、無言で食事をしている時のこと、


「あ、あのさ、トーガくん」


「ん?」


「あそこの淑女さんを、えっと……ここにお招きしても良いかなぁ?」


 モニカの視線の先、そこには朝食のトレイをもった壮年の淑女が、キョロキョロと周囲を見渡していた。

どうやら満席で、座る場所が無く、困っているらしい。

 ほとんどの客が4名がけテーブルを2名で使っていることが原因だった。


「ああ、良いぞ」


「ありがと! 声かけてくるね!」


 モニカは立ち上がると、迷わず困っていた淑女のところへ駆け出してゆく。


 あらためてモニカという少女は心優しく、気立の良い娘だと思った。


「あらあら、ご親切にありがとね」


「いえ! こちらこそ、いつまでも席を占領しちゃってごめんなさい」


 ややあって、モニカは淑女を連れて戻ってきた。

すると淑女は俺の姿を認めるなり、微妙にバツの悪そうな表情を浮かべる。


「あら? 新婚さんのお席にお邪魔しても良かったのかしら……?」


「構いませんよ。困っている人を見捨てられないタチなんですよ、うちの嫁は」


「ひゃう!? ちょ、ちょっとトーガくん! もぉ……!」


 嫁という発言に、モニカは顔を真っ赤に染めて、牛のような唸りを上げる。


 ここで淑女の言葉に対して仲間だとか訂正するのも、モニカ的には心象が良くないだろうと思い、言葉に乗っただけなのだけなのだが、まさかここまでのリアクションを取られるとは……。


 しかし、まぁ、悪い反応ではないし、淑女も納得して席に着いてくれたので、ここはこれで良しとしよう。


 こうして不思議な取り合わせでの朝食が再開される。


 モニカは恥ずかしさのためか、やや無言になってしまったので、俺が代わりに淑女の相手をしつつ、和やかに朝食は進んでゆく。

やがて食事も終盤に差し掛かり始めた時のこと。

 淑女は首からぶら下げていた、びっしりと文字の刻まれた円筒状の黄金のネックレスを外し、モニカへ差し出す。


「今日は素敵なお時間をありがとね。これは今日お席に招いてくれたお礼よ」


「あ、あ! い、良いですよ! そんな……しかも、こんな高そうなものを頂くわけには……!」


 俺から見ても、淑女が差し出してきた円筒のついたネックレスは、かなりの品だと思う。


「良いから、受け取って!」


 と、淑女はやや無理やり気味に、モニカへネックレスを握り渡す。


「ーーーーっ!?」


 その瞬間、モニカの赤い瞳の瞳孔が大きく開きだす。


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