第54話 遠い地にて……俺とモニカの初夜

「モニカ、そっちだ!」


「うんっ!」


 俺が風の刃でオルトロスの首を刎ねつつ叫ぶと、モニカは光波弾で別のオルトロスを消滅させていた。


 残り5匹。これで半分!


 もしも、敵が普通の魔獣であれば、野生の勘で俺たちを脅威と感じ、文字通り尻尾を巻いて逃げ出すだろう。


 だが、魔空の枝道から発生する魔物は、ただ貪欲に戦いを求める存在。

いくら、仲間がやられようとも、獰猛にこちらへ襲いかかってくる厄介な相手なのだ。


 と、そんな余計なことを考えてしまっていたためか、俺とモニカは背中合わせに立つといった、少々不利な情勢に持ち込まれてしまっている。


「囲まれちゃったね」


 そういうモニカの声色は、これまでの経験と自信と現れなのか、意外に軽やか。

とても頼もしいとさえ思う。


「あのさ、トーガくん……あたしちょっと試してみたいことがあるんだけど、やっても良い?」


「ん? 構わないが?」


「ありがと! そ、それじゃ……!」


 モニカは指先を震わせつつ、背中合わせの状態で俺との手を繋いできた。


 目の前の魔獣よりも、そっちの方で、震えているのだから、どことなく可愛いと思う。


 だが、モニカを可愛いと思うのはそこまで。


 俺が魔力を与えると、モニカの雰囲気が一瞬で荘厳なものへと変わってゆく。


「いと慈悲深き天空神ホルス様……どうか我々へ其の偉大なるお力をお貸しくださいませ……」


 普段よりも丁寧な祝詞は、モニカへ白く、神聖な輝きを宿らせた。


「魔を退け、滅する、奇跡の力ーー神聖大爆ホーリーノヴァ!」


 モニカの掲げた錫杖が凛とした音を奏でる。


 それを合図に、俺たちの周囲に白色の激しい爆発が巻き起こった。


「ガアァァァァァ!!!!」


 俺たちを取り囲んでいたオルトロスが、白色の爆発に飲まれ、次々と塵へと変わってゆく。


 上位神聖術・神聖大爆ホーリーノヴァ


 俺から魔力をもらってこれを放ったということは、発動方式自体はきちんと認識しているものの、自分の魔力では足りないと計算した結果、俺からの魔力的な支援を受けつつ、それでも放とうと決意したのだろう。

 それほどモニカは計算高く、そして冷静。


 やはりこの子はすでに、Sランク冒険者として相応しい判断力を持ち合わせているようだ。


 もう彼女は立派なSランク冒険者、そうとしか言いようがない。


 白色の爆発が一通り収まり、オルトロスはすっかり姿を消し、岩場は静寂に包まれている。

そんな中、背中へグッとモニカの体重がかかってきた。


「やっぱり上位神聖術はキッツイね……トーガくんから魔力もらったのに、こんなのって……」


「ならなぜぶっ放したんだ?」


「そ、それはそのぉ……せっかくの機会だし、トーガくんもそばにいるから、やってみたかったとか?」


 こういう興味に対して貪欲で、結構ガンガン攻めるところも、エマ……いや、彼女以上に、モニカは勇敢なのだろう。


「少し休もうか?」


「うん、そうするぅ……」


 俺達は手を繋いだまま、背中合わせに地面へ座り込む。


 そしてふと空を見上げてーー


(随分遠くに来たなぁ……しかし、ここしかなかったからなぁ……)


 改めて、デートをしていた街からはかなり遠くの場所へ来てしまったと、思う俺だった。



●●●


「やっぱ、水の都なだけはあるね! ベネテタ料理美味しいぃ!」


 俺の正面に座るモニカは、魚介類をふんだんに使ったパスタを食べ、とても幸せそうな顔をしている。

そんな彼女の顔を眺めつつ俺もまた、名物のイカ墨パスタを口に運んでいる


 俺たちが転移魔術によってやってきたのは、ケイキ王国の最南端、首都フルツから遠く離れた、海浜の街ベネテタであった。

海沿いにある風光明媚な土地で、ここの海鮮中心のベネテタ料理は女性層を中心に人気が高い。


 というわけで、偶然とはいえそんな街に転移したのだから、夕飯でもとのことになり、俺とモニカはベネテタ料理に舌鼓を打っているのだった。


 そうしてベネテタ料理を十分に堪能し店を出ると、水と文化の街には夜の帳が降りていた。

とはいえ、観光地であるため外にはまだ多くの人が行き交い、街中に張り巡らされている水路には周囲の明かりが、まるで宝石のように浮かんでいる。


「綺麗な街だね」


「ああ……そろそろ帰るか?」


 ベネテタの輝きを目に宿したモニカへ、そう問いかける。


「も、もうちょっと……ここにいたいな……」


 少し俯き加減のモニカは、前髪で表情を隠しつつ俺に寄り添い、袖を摘んでくる。


「あんまり遅いとエマが……お母さんが心配するんじゃないか?」


「だ、大丈夫。最近、お母さんもあたしがSランク冒険者だからって、うるさくいってこないし……それに今日は遅くなるっていうか……ト、トーガくんが一緒って、言ってあるから……」


 袖がより強く摘まれれた。


 女の子にここまで言わせておいて、察せない方が大変失礼だと思う。

俺自身、今日はそういう覚悟を持って、この日を過ごしているのだから。


「じゃあ、少し歩こうか?」


 袖を摘んでいたモニカの手を、そっと握りしめた。


「うんっ! そ、そうしよ!」


 俺とモニカは互いに手汗を浮かべつつ、それでもしっかりと手を握り合って、夜のベネテタへ繰り出してゆく。


 さすがに夜となると、観光スポットの拝観時間は過ぎているため、外観を見るにとどまる。

それでも俺達は有名な橋だったり、寺院だったり、広場だったりを巡っていった。

やがて十分に夜のベネテタの街を楽しんだ俺達は、街を一望できる丘のベンチへ2人並んで座ったのだった。


「わがまま、聞いてくれてありがとね。今日は楽しかったよ!」


「俺も楽しかった。こちらこそありがとう」


「……で、でね……ちょっと、その……もう一つ、お願い聞いてくれる……?」


 言葉で返す代わりに、俺はモニカの手をより強く握りしめた。

するとモニカは、こちらの肩へ頭を寄せ、もたれかかってくる。


「トーガくんがどれだけ、パルさんとピルちゃんを大事に思っているかはわかってるよ。あの2人もどれほど、トーガくんのことを慕っているかも知ってるよ……それをわかった上で、聞いてほしいの…………あたしも、そ、そこに入れて、くれない……?」


「もうすでに入っていると思うが?」


 今のモニカの言い振りが、まるで昔のエマを思い起こさせ、俺に意地悪な返しをさせてしまう。


「そ、それはそうだけど……もっと、こう、身近という……ひゃっ!?」


 さすがに意地悪が過ぎたと反省し、俺は自分からモニカを引き寄せた。


「すまん、意地悪が過ぎたな」


「……バカっ……」


 モニカは可愛くそう言い放ち、俺の腕へ絡みついてくる。


ーー本当にわかった頃、俺はエマとこういう雰囲気になったことがあった。

でも、そのときの俺はどうしようもないガキで、ただただ狼狽するだけで、何もできなかった。

彼女の想いを受け止めきれず、曖昧にしてしまった。

だからこそ、今度こそはきちんと……


「モニカ」


「ん……?」


「好きだ」


「あたしも……トーガくんのこと大好きっ……!」


 俺達はより強く身を寄せ合って、互いの体の感触を味わいだす。

やがて、モニカはこちらの方を向き、そっと目を閉じて、こちらへ艶やかな唇を向けてくる。


「ん……ちゅ……」


 初めてであろうモニカへはまずは軽めのキスを。

それを何度か繰り返し、彼女が惚けだしたタイミングで、深いつながりを求める。


「くちゅ……んはぁ………んんっ……んっ……! はぁ……はぁ……やっぱり、トーガくん上手過ぎっ……はぁ、はぁ……」


 密接な粘膜接触を解くと、モニカは熱い吐息を漏らしつつ、潤んだ瞳をこちらへ向けてくる。


「ねぇ、トーガくん……今の続き、お願いしても……?」


「ああ、もちろんだ」


 そう告げるとモニカの顔が恥ずかしそうに、それでいてとても嬉しそうに明るんだ。


 俺達は互いに手を取り合ってベンチから立ち上がる。

そして再び、夜のベネテタの街へと戻ってゆく。


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