第49話 枝道からの脅威テュポーン

 西の果てにある、廃墟。

そこはかつての戦争の際、シフォン人側の最前線の拠点として機能していた場所である。


 そんな打ち捨てられたはずのそこには、再び多くの王国騎士や冒険者が集まり、死闘を繰り広げている。


 その原因たるや、魔空の枝道から現れた、上半身は禍々しい人型をし、下半身は蛇の異形:テュポーンの存在である。


「くっ……咆哮がくるぞ! 全員、耳を失いたくなきゃさっさと盾の裏に隠れて、しっかり耳を塞げぇー!」


 そんな王国騎士の叫びはあっという間に、テュポーンが放つ、高いとも低いとも取れない独特の咆哮によってかき消された。


 テュポーンは咆哮のみで、逃げ遅れた騎士や冒険者を血祭りにあげる。


 更に目や口から火炎を吐き出し、追い打ちをかけてくる。


 そうして多くの人間を一瞬で葬り、その魂を取り込み、自身の眷属、ケルベロスやキマイラと言った異形へ転生させ野へ放つ。


全くもって、このテュポーンという存在は、一度発生してしまえば、大損害は免れない恐ろしい相手であった。


 王国騎士や冒険者では、多大な犠牲を払わなければ決して討伐のできな厄介な相手であった。


 だがーーそんな絶望的な状況は、その場へ突然降り注いだ、火球魔術によって、好転の兆しを見せる。


「待たせたなぁ! 王国魔術師マイク・フレイザー様の登場だぁ! いくぜぇ、お前らぁ!」


「「「「承知しました、おぼっちゃま!」」」」


 紫のマントを靡かせながら、赤髪ツンツンヘヤーの若き王国魔術師マイク・フレイザーは、多数の従者の魔術師とともに、テュポーンへ向かって、炎魔術の波状攻撃を仕掛ける。


 戦場はあっという間に、赤い炎に彩られ、ケルベロスやキマイラといった眷属を次々と葬り去ってゆく。


 王国魔術師という規格外の存在が来たことに、王国騎士や冒険者達は歓喜する。

その歓喜を受けて、王国魔術師マイク・フレイザーは満面の笑みを浮かべた。


「どうだ、トーガ・ヒューズ! これが俺様、マイク・フレイザー様の実力だ! さっさとやらねぇと、俺の炎が全部焼き尽くしちまうぜ!」


 マイクは魔術を放ちつつ、そう背後へ言い放つ。


 しかしそんな言葉を受けても、神聖術師モニカ・レイのみを連れた王国魔術師トーガ・ヒューズは全く揺らいだ様子を見せない。


●●●


「やっぱり王国魔術師ってすごいね。もう形成がほとんど逆転しちゃってるよ」


 モニカは目の前で大活躍をしている、マイク・フレイザーとその一派を見て驚いた様子を見せていた。


 たしかに彼の周囲漂う炎の精霊サラマンダーも、彼を好ましく思う雰囲気を放っている。

とはいえ、俺のハーディアスのように、実体化するほどではなさそうだった。


「あのさ、トーガくん……本当に付いてくるのあたしだけでよかったの……?」


「ああ。むしろこの戦いはおそらく、君とのコンビが1番適切だ」


 不安げに聞いてきたモニカへ、確信を持ってそう答える。


 するとモニカは俺の返事に勇気づけられたのか、それ以上、弱気なことは言わなくようになり、目の前の戦いを"見る"ことに集中し始めた。


「あっ……ちょっと、コレまずいかも……」


やがて、じっとマイク・フレイザーとテュポーンの戦いを注視していたモニカが、そう呟く。


「どのあたりがだ? 具体的に教えてくれ」


「さっきからあのテュポーン、押されてるように見えて、下半身を全く動かしていないんだよ。あとマイクさんの無茶に、従者の魔術師たちが疲れ始めてみたい。マイクさんは魔術を使うのに夢中みたいで、気づいてないっぽい」


 よく注意を凝らしてみてみれば、確かにモニカの指摘は全て正しかった。

逆を言えば、言われなければ、気づきにくい状況でもある。


やはりこの子は目がよく、観察力がずば抜けていると改めて思った。


 テュポーンのように、さまざまな攻撃手段を変幻自在に扱う相手と対峙するためには、こういう観測者の存在はとても頼りになる。

むしろ、その観察なくして、突っ込むなど愚の骨頂だ。


 だから俺は、今回の戦いのパートナーにモニカを選んだのだ。


「ーー!? トーガくん、伏せてっ!」


 モニカの叫びに従い、2人揃って地面へ突っ伏す。


 するとーー


「うわぁぁぁ!」


 マイク・フレイザーの悲鳴とともに、砂嵐のような砂塵が吹き荒れ、遺跡の瓦礫が頭上スレスレを通過してゆく。


 テュポーンが蛇の下半身を大きく振り回し、遺跡ごとマイク・フレイザー達を突き飛ばしたのだ。

奴がじっと下半身を動かさず、マイク達と対峙していたのは、この攻撃のタイミングを測っていたためらしい。


 戦線はあっという間に瓦解し、残ったのはマイクくん、ただ1人。

それでも諦めずにテュポーンへ向かってゆく姿は、王国魔術師の鏡だ。


 とはいえ、これはマイクくんとの勝負である。

それに同僚がこれ以上怪物に痛めつけられるのを、黙ってみているわけには行かない。


「行くぞ、モニカ」


俺はモニカとの距離を縮め、腰へ手を回し、グッと引き寄せる。


「うん……ってぇ、わわわわ!?」


さっきまでの冷静さはどこへいったのやら。

モニカは素っ頓狂な叫び声を上げつつ、顔を真っ赤に染めだす。


 この子が俺のことを"どれほど想っている"のかは把握している。

なにせ、この子は俺の部屋でナニをし始めてしまうくらい、俺に好意を寄せているのだ。

だから、そろそろそんなモニカの想いに応えてやりたいと、俺は常々考えていた。


 ここ最近、俺に変わってモニカを依頼に連れ出してくれているパルからも、ここ最近の彼女の成長は著しいとの報告も受けている。


 この戦いを利用して、モニカの成長ぶりを見極めたいとの思惑もある。


「戦法は以前のライゼンの時と同様だ。わかったな?」


「う、うんっ! わかった! ちょっと、その前に深呼吸させて!」


 モニカは思い切り息を吸い込み、大きな胸を膨らませる。

そして静かに吸い込んだ息を吐き出せば、彼女の動揺はおさまり、先程戦況を的確に指摘した冷静な表情へと戻る。


「大丈夫だよ、トーガくん。いけるよ」


「よし! では行くぞ、モニカ! 俺たちの力をマイクくんへ見せつけてやろう!」


「うんっ!」


 俺とモニカは強く身を寄せ合い、風の精霊の力を借りて、空へと舞い上がってゆく。

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