第35話 改めて皆に想いを伝える
「昨晩はおせわになりました教授」
「いえ、ろくなお構いもできず申し訳ありませんでした。事件のことでも、魔術のことでもなんでも結構ですので、またお気軽にお寄りくださいね。あと、娘のモニカのこともよろしくお願いします」
俺とエマ教授は、昨晩のできごとなどまるでなかったかのように、玄関先でお互いに握手を交わした。
すると、俺の隣にいる娘のモニカがぷっくり可愛らしく頬を膨らませる。
「あたし、もう子供じゃないもん! トーガくんに迷惑かけないもん、お母さん!」
「はいはい、そうだったわね。モニカはもう立派なSランク冒険者だもね」
「あなたの大事な娘さんは俺が守ります。必ず!」
俺の発言を聞き、モニカは顔を真っ赤に染めて、エマ教授は微笑んでくれる。
そうして俺たちは、教授の家に背を向けた歩き始めた。
(あの事件の後、エマが幸せそうで良かった……)
道中、俺は昨晩聞いた彼女の身の上話を思い出し、改めて安堵する。
ーーエマはあの事件の後、肉体的・精神的にも荒廃し、故郷の村へと戻っていった。
そこで彼女の治療を行なってくれたのが、魔術大学校のティム・レイ教授……つまり、モニカの父親であり、2年前に病気で亡くなったご主人だ。
エマはティム教授のおかげですっかり元気を取り戻し、彼の助手として大学校へ入学。
そして恋に落ち、彼と結婚をして、娘としてモニカを設けたようだ。
残念ながら、ご亭主は2年前に病気で亡くなってしまったが、エマは彼の研究を引き継ぎ、大学校での教授にまで上り詰めたらしい。
昨晩、この話を聞いた時、俺はかつての自分がとても情けない人生を選んでしまっていたのだと痛感した。
俺はトラウマを楯に自暴自棄な選択を。
しかし俺よりも深い傷を負っていた筈のエマは、立ち直り、立派に身を立てていた。
そんなエマの強さと逞しさを、もう一度やり直す機会を得た俺は見習うべきだと思った。
2度目の人生は、何者に屈せず、ただ前だけを向いて、夢のために邁進してゆきたいと強く思った。
「トーガ様、なんだか嬉しそうな顔してますね? 何かいいことあったんですか?」
不意に隣のパルが、問いかけてくる。
俺が今嬉しそうな顔をできているのは、圧倒的な力や、憂いないほどの大金を手にしたこともある。
だけど、俺が今1番幸せに感じるのはーー
「改めて、幸せだなって。こうしてパルが隣で笑ってくれていることが……」
「も、もうぅ! トーガ様!? 急になにを……ふふ!」
顔に朱が差しているパルは、照れ隠しなのかパンパンと何度も俺の肩を叩いている。
膂力の加減ができていないのか、ちょっと痛い……
でもこうしてパルがあらゆる点で支えてくれているから、俺はただ前だけを向いて歩き続けることができている。
「うぅー! とーがさまぁ!」
「もちろん、ピルもだ。君の明るさにはいつも救われてる」
「でへへ!」
頭を撫でてやると、ピルは不満を収めて、花のような笑顔を浮かべる。
ピルのこの天真爛漫さは、きっとこれからも心のオアシスになってくれるに違いない。
「レオパルドくん、君もだ。モフモフをいつもありがとう!」
「がうぅん!」
本来は獰猛なはずのソードライガーも、すっかり俺に懐いて、猫のようにお腹を見せてくれようになっている。
感情に素直な獣がこうやって心を開いてくれていることに、純粋な喜びを感じる。
「モニカ、駆け出しの俺を真っ先に選んでくれてありがとう」
「とんでもないです! こちすらこそ、その、えっと……あ、ありがとうございますっ!」
こういうモニカの初々しさも見ていて楽しい。
それにこの子はかつての大切な人が、手塩にかけて育てた娘なのだ。
これからも大事にして行きたいと思っている。
「みんな、こっちへ来てくれないか?」
「はいっ!」
「はーいっ!」
「がうぅん!」
パルにピル、レオパルドくんはすんなり俺の腕の内側に入ってきてくれた。
「あ、あの、えっと……!」
しかし急すぎただろうか、モニカはたじろいでしまっている。
「モニカさん、あなたはすでに私たちの大切な仲間……いえ、家族です。遠慮なくいらしてください!」
「モニモニはやくー!」
「がうぅん!」
「じゃ、じゃあっ……!」
2人と一匹からの説得を受け、モニカはおっかなびっくりな様子で俺の腕をくぐって、輪に加わってくれた。
輪が完成し、俺は3人と1匹のことを強く抱き寄せる。
「みんな、こうして俺の側にいてくれる事、とても感謝している! ありがとう。皆の知っての通り、俺には夢がある。でも、その夢と同じかそれ以上に皆のことが大事だ。だから、俺はこれからも君たちを全力で守ってゆく必ず!」
ーー『これからも、お互いに、今の自分の人生を、幸せを、守ってゆこう』
昨晩、俺とエマはベッドの上で抱き合いつつ、そう約束を交わす。
俺と彼女の失った時間は昨晩再び動き出した。
でも、その間に俺たちは別々の道を歩み出し、それぞれの"幸せな環境"に身を置いている。
だからまずは今を大切に。
失った時間を取り戻すよりも、前へ進むことを優先する。
俺たちは、この約束を交わし、再び別れ、歩き出したばかりだ。
「私はこれからもトーガ様を精一杯お支えしますね!」
俺の決意の言葉にパルはそう答えてくれた。
「わたしもっ! ねーレオパルドくん!」
「がうぅん!」
ピルとレオパルドくんも嬉しい言葉を返してきてくれた。
「まだ私はトーガくんや皆さんに比べてへっぽこです……でも、いつの日か追いつけるよう頑張りますっ!」
モニカの前向きな発言は、俺の熱い意思を再燃させる。
『うー……ウゥぅぅーー……!』
と、背後から俺にしか耳にできない声が聞こえてきた。
ここで振り向いたり、独り言を口にすると、皆が不審がってしまうので……
(わざわざおいで頂きありがとうございます闇の精霊ハーディアス。貴方にはいつも助けられてます。どうかこれからも、ご助力頂ければ幸いです!)
『……ウケタマワル……! トーガ・ヒューズ、ワタシは常にイトシイお前と共にある!』
心の中の声はしっかり背後のハーディアスへ届いていたらしい。
そして偉大な精霊の一角から、とても頼もしい言葉を頂けた。
これほど心強いことはない。
「では、行こう!」
俺たちは円陣を解き、再び歩み出す。
だってこの奇怪な"人の魔物化事件"を解決すれば、俺は晴れて王国魔術師になれるのだから!
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