第32話 王国魔術師への最後の一手


「トーガ・ヒューズ、其方を栄えある、Sランク冒険者と認め、その称号として金の首飾りを授与する!」


「はっ! 謹んで、その名誉、そしてその証を拝領いたします!」


 多くの冒険者が見守る中、俺は壇上でフルツ冒険者ギルドのマスターから"Sランク冒険者"の称号を受け取る。


 こうやって、多くの人に注目されたことなど、前の人生では一切なかったため、内心はとても恥ずかしい。


 だが、それを表に出すことは、隙をみせることに他ならない。


(舐められたら、それで人生が決まってしまうのは、もうわかっている。だから堂々と振る舞うんだ! 俺はもう冒険者の最高位Sランクなのだから!)


 駆け出し冒険者がすぐさま、功績を上げてSランクに認定された。

これはこの国始まっての偉業らしいし、俺自身もそんな冒険者の存在を認知していない。


 つまり俺は、このフルツの歴史、果てや冒険者の歴史に名前を刻み込んだのだ。


 だから当然、俺へ嫉妬する同業者も現れるだろうし、実際今この場でも、そうした視線を感じる。


(だけど、これは俺にとってきっかけにすぎない。俺の目標はあくまで王国魔術師! こんな雑多な冒険者の世界とは別次元のエリート集団の中なのだから!)


 俺に次いで、パルとピル、そして物凄くオドオドしつつも、モニカもSランクの称号を受け取り、授与式は万来の拍手の中終了する。


 すると、囲み取材をしようとしていた記者を押し除けて、待望の人物が俺の目の前へ現れてくれた。


「久しぶりね! Sランクへの昇段おめでとう、トーガ・ヒューズ君!」


「ありがとうございます、ジェシカさん!」


「少し話があるのだけれど、お時間いいかしら?」


「もちろんです!」


 俺は期待を胸にジェシカさんへ付き従い、ギルドの奥にある"騎士団専用の応接室"に通される。

 ここに通されるということは、やはり!


「時間がないから要件から入るわね。トーガ・ヒューズさん、私はあなたを"王国騎士団付属魔術師"に推薦しようと考えてます。この存在はご存知で?」


 上等なソファーに腰を据え、香高い高級紅茶に一切手を付けず、ジェシカさんは話を切り出してくる。


「はい、存じております。それが俺の目標でありましたし!」


 臆せずはっきりとそう告げる。

だが不思議なことに、ジェシカさんは硬い表情のままだった。


「だと思っていたわ。私としては、すぐに貴方のことを推薦したいと思っているわ。でもね、今のままだと、正直騎士団の審査を通るかどうか怪しいのよ」


「やはり、Sランク冒険者の称号程度では足りないのでしょうか?」


 俺に問いに、ジェシカさんは首を縦に振る。


「はっきりいうとそうね。たしかに評価の一つにはなるけど、決定打とはなりえないわ」


 やはり王国魔術師というのはそれほどの名誉と実力を備えた集団なのだろう。


 確かに王国魔術師といえば、魔術学会の異端児、代々続く魔術名家の子息、幼い頃より魔術が行使できたという神童、更に異界から来たかもしれないといわれる謎の魔術師などなど、恐ろしいほどの肩書きを持った連中がゴロゴロとしている場所だ。

 そして皆、魔空の枝道の破壊やライゼン討伐など"普通のこと"と言われてしまうぐらいの、輝かしい実績を上げている。


 だから無頼漢の集まりでしかない冒険者の最高位Sランクなど、この連中の実績に比べれば、評価の一つといわれても仕方がない。

 だけど、それがわかった上で、ジェシカさんはこうして俺を呼び出してくれたということは……?


「そこで君の実績になりそうな、案件を持ってきたのよ」


 やはりジェシカさんは俺の味方なようだ。

俺は、ジェシカさんが差し出した巻物を紐解き、内容へ視線を落とす。


「人の魔物化現象……こんなことが起こっていただなんて……」


「市民には不要な心配をかけないよう、騎士団が秘匿しつつ、捜査をしている案件よ。これの捜査協力を、トーガ君にお願いしたいのよ」


「つまり、この事件の解決に貢献できれば、これが俺の実績になるということですね?」


「ええ。極秘ではあるけれど、国が主導している案件だからね。これは騎士団から正式にギルドへ依頼し、それをトーガ君が受注したということにするから、公的な証明になるはずよ」


「ありがとうございます! 謹んで、ご依頼をお受けいたします!」


 騎士団でも難儀する事件なようだが、これが王国魔術師への最後の足がかりになるのならばと、判断した上での回答だった。

それにジェシカさんが俺のことを思って、こうして話を持ちかけてくれたのだから、むげにできようもない。


「快諾ありがとうトーガ君。成果を期待しているわ!」


「ご期待に添えられるよう頑張ります!」


「そこで、君に紹介したい方がいるの」


「紹介ですか?」


「ええ、本件に関しては魔術学の観点からも調べてもらっていてね。君の場合は、その方から話を聞いた方が、捜査方針を固められるだろうと思って……」


「なるほど、確かに」


「"エマ教授"、こちらへ!」


 ジェシカさんの言った名前に、俺は一瞬我が耳を疑った。


「お、お母さん!?」


 扉が開き、そこから出てきた人物に真っ先に反応したはモニカだった。


「あら! モニカ! 最近、貴方が加入したっていうパーティーはこちらだったのね!」


 モニカと同じくアッシュグレーの髪で赤い瞳の、"エマ"という名を持つ女性が目に前に現れ、俺は激しい動揺に見舞われている。


「こちら魔術大学校より本件に関してアドバイザーとして協力してくれている"エマ・レイ教授"よ。本件に関する詳しい話は、彼女から聞いてね」


「エマ・レイです。どうぞよろしくお願いします」


 エマ・レイ教授は凄く気品のある態度で、頭を下げてくる。


ーー間違いないと思った。

今、目の前にいるのは、二十数年前、一緒に故郷の村を飛び出し、そして悲惨な目にあった"あのエマ"なのだと。

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