第30話 罪と罰は表裏一体


「うそっ……あのトーガって、ガキ、あっさりライゼン倒しちゃったんだけど……!?」


 近くの丘の上からトーガとライゼンの戦闘を見ていた、リナは目を丸くしていた。


「しかもあの魔術って、上級のライトニングブレイクじゃ……ありゃ、俺らの誘いなんて断るわなぁ……」


 エディも同意といった具合の言葉をつぶやく。


 リーダーのローレンスもまた、他の2人と同じ感想を抱いていた。

Bランクという冒険者等級にこそいるが、未だに目立った成果が挙げられていなかったローレンス一行。


(これが生まれ持っての才能と格の違いってか……くそっ!)

 

 まさか今嫉妬しているのが、先日パーティーから追放したトーガの若がえった姿だとはつゆ知らず、ローレンスは苛立たしげに、この場から離れるための一歩を踏み出す。


 そんな彼の前へ樹上から、人影が降り立ち、行手を塞いだ。


「まさかこのままトンズラ、なんてことはしないよな?」


「ト、トーガ・ヒューズ!? なんでお前がここに!?」


「なんでって、お前らが知らぬぞんぜぬ、自分は関係ないと立ち去ろうとしていたから、こっちからわざわざ出向いてやったんじゃないか」


 目の前の少年魔術師は妙な笑みを浮かべつつ、そう言い放つ。

 その奇妙な笑顔に、ローレンスは嫌な緊張感を抱き、ごくりと息を呑む。


「知らぬぞんぜぬ、って、な、なんのことだ!?」


「とぼけるな。お前、ソルジャーアントの巣をその剣で叩き切っただろ?」


「ーーっ!?」


「だから、こんな日中にソルジャーアントが現れ、村を襲った。違うか?」


「で、出鱈目をいうな! しょ、証拠はあるのか!?」


 ローレンスがそう叫ぶと、トーガ・ヒューズは待ってましたと言わんばりの笑みを浮かべ、指を鳴らす。

するとトーガの肩へ、目玉の左右に翼をつけた、不気味な怪物が舞い降りてくる。


「こいつはイービルアイという魔物でな。最近、俺のツレが仲間にしてくれた、可愛い斥候さ。名前をマスタングくんという」


 不気味な目玉の魔物は、トーガに撫でられれ、嬉しそうに目を瞬かせる。

その様に、どこか異様な雰囲気を感じ取ったローレンスは、背筋を凍らせる。


「せ、斥候!?」


「実は先日、ギルドで会った時から、あんた達の態度が気になってね。で、それからずっと、マスタングくんにお前らを見張らせていたのさ。そうしたら……」


「だ、だから何だって言うんだ! そんな奴に見られてたくらいで!」


「ちょ、ちょっと、ロー君っ!」


 と、リナに指摘されて初めて、ローレンスはうっかりトーガの口車に乗せられてしまったのだと思った。


「くく……お前は、前からそうだったな、ローレンス……少しの揺さぶりで、容易に心を乱し、ポロッと本音を言ってしまう。だから、その癖のせいで、貧乏くじを引くことが多い……」


 まるで性格を把握しているようなトーガの言葉に、ローレンスは嫌な予感を覚えた。

ありえないとは思いつつ、それでも口に出さずにはいられず……


「お、お前、まさか、あのおっさん魔術師、なのか……? やっぱりお前が、あのトーガ・ヒューズだってのか!?」


「さぁて、それはどうかね! そう思うも、思わないも、お前の自由さ!」


 突然トーガはローレンス達へ魔法の光を放った。

それを受けた途端、ローレンス達は爪先から、霞のように空間の中へ溶け始める。


「なっーー!?」


「安心しろ。今かけたのは攻撃魔法ではなく、転移魔法だ。命を奪うものじゃない」


「て、転移魔法って……いったいどこへ……!?」


 動揺するローレンス達へ、トーガは冷徹な眼差しを送ってくる。


「罪を犯したならば、相応の罰を……しかし、俺は当事者ではないので、裁く立場にはない。よって、後の判断は、被害を受けたみなさんに譲ることとするよ!」


 その言葉を最後にローレンスの視界から、トーガが消えた。

いや、正しくは、ローレンス達が、トーガの前から消えたのだ。


 そして3人が転移魔法によってたどり着いたのは、ソルジャーアントによって甚大な被害を被った、件の村の人々の輪の中。


「あいつらだ! みんな、あいつらだよ!」


 ローレンスの背後から、少年のものと思しき声が聞こえた。

すると、村人達は一斉に、ローレンス達へ敵意に満ちた視線を送り始める。


「俺、みたんだ! あいつらがソルジャーアントの巣を壊すところを!」


「やばっ! お、おい、逃げるぞ!」


 ローレンス一行は身の危険を感じ、脱兎の如く、その場から走り出す。

すると、農具や鈍器、はてや武具などで武装した村人たちが、罵詈雑言を吐きつつ、ローレンスたちを追い回し始めた。


(くそっ、とんだ貧乏くじだ! くそっ!)


 ローレンスは心の中で、何度も悪態をつきつつ、必死に逃げ惑う。

そんな中、後ろからリナの悲鳴が響き渡った。


「そうら、捕まえたぞ!」


「ちょ、やめ! 離し……んぐぅっ!?」


 村人たちはリナの口へ布切れを押し込み黙らせ、彼女を押さえつけている。


「こ、このやろう、リナを返せーーぐはっ!?」


 リナを救出しようとした、エディは後頭部を殴られ、意識を失い倒れた。


「お、おい、冗談だろ……?」


 行手を岩に邪魔されたローレンスは、遂に武装した村人たちに追い詰められてしまった。

彼はもはや逃げられないと悟り、地面へおでこを擦り付けた。


「す、すみません! ごめんなさい! わざとじゃ……がはっ!?」


 土下座をして謝るローレンスの顎を、村人のつま先が蹴り上げた。

ローレンスの前歯が折れ、宙を舞い、鼻血が宙へ綺麗な弧を描く。


「ごめんなさいだと! わざとじゃないだと!? どう考えてもわざとじゃないか!」


「ひゅー……ひゅ……あ、あへはぁ……リナがぁ……! あしょこの、おんながやれってぇ……!」


「このクソガキ……! おい、誰か縄っ持って来い! こいつらを全員縛り上げろ! 徹底的に痛めつけてやる!」


「ひゃ……ひゃめへくれぇぇぇぇぇぇぇーーーー!! うはぁぁぁぁぁぁーーーー!!」

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