第25話  お前らの仲間になんて、冗談じゃない!

「申し訳ございません。ただいま、ジェシカ・フランソワーズ様は遠征へ出ております」


 後日、王国魔術師推薦の件で、ジェシカさんを訪ねるが、詰所へ入る前に衛兵にそう言われてしまった。


「遠征ですか。お帰りは?」


「これ以上は機密事項に該当するためお答えできません」


「そうですか……」


「ですがトーガ・ヒューズ様がいらっしゃったことは、しっかりと伝えさせていただきます。どうぞご理解ください」


 これ以上、門番の騎士は俺と話すつもりはないらしい。

とはいえ、邪険にされているわけではなく、彼は素直に自分の任をまっとうしたいだけのようだ。

 俺は素直に踵を返し、フルツ騎士団の駐屯地から離れてゆく。


(遠征では仕方ないか……ジェシカさんと、王国魔導士の推薦について話を詰めたかったのだが……)


 だが居ないものは仕方がない。

どんなに若返って、かなりの実力を得たとしても、さすがに人の運命を変えることはできない。

 世の中、自分の思う通りの進まないのが常……と、いうのはおじさん時代に痛いほど経験をしている。


(ならばしばらく冒険者として活動し、名声を高めておくこととしよう。その方がジェシカさんも、より胸を張って、俺を王国魔導士に推薦できるはずだ)


 他の騎士からの王国魔術師の誘いもあるだろうが、俺は信頼できるジェシカさんからの、推薦で王国魔術師になりたい。

 あの方の名誉にもなるし、俺自身も人柄の良いジェシカさんとは末永くお付き合いをして行きたいからだ。ならばこの多少の回り道は目を瞑るものとする。


 当面の方針をそう定めた俺は、パルとピルを伴って、冒険者ギルドへ向かって行く。

発行された冒険者ライセンスを受け取るためだ。


「お、おい、来たぞ! あれが噂の……」


「あのシフォン人姉妹もだろ?」


「くそぉっ……あのガキ、きっと毎晩あのシフォン人姉妹と良いことを……!」


 やはりと言うべきか、ギルド集会場の扉を潜ると、さまざまなところからヒソヒソ話が湧き上がった。

俺もそろそろ、パルとピルみたく、こんな話が聞こえてきても、気にしないようにしないとな。


 そうしてパルとピルはEランク冒険者のライセンスと共に、"名誉タルトン人"の証書も受け取る。

 公的な資格である冒険者ライセンスを授与し、しかる手続きは事前に俺がすませていた。

今日からパルとピルはシフォン人奴隷ではなく、平民同等の資格である"名誉タルトン人の冒険者"となる。


「ありがとうございますトーガ様。ライセンスの取得ばかりか、名誉タルトン人の申請までしてくださって……」


「ありがと、とーがさま! ぎゅー!」


 パルは深々と頭を下げてお礼をいい、ピルは俺の腰元へ抱きついてきた。


「でも、近い将来、俺は2人を名誉タルトン人ではなく、シフォン人として胸を張って生きて行ける世界を作り出す……必ず!」


「では私はその夢のお手伝いをします!」


「わたしもレオパルドくんといっしょにおてつだいします!」


 そうと決まれば、早速何か依頼を受けようと思った。

ジェシカさんはいつ戻るかはわからないが、それまでに冒険者等級をあげておくべき。目標は当然、最高位のSランク以外になし!


「あ、あのっ――!」


 意気込んでいた俺の背中へ、意を結したかのような、少女の声が響いてきた。

振り返ると、アッシュグレーの長髪と、赤い瞳が特徴な神官職の少女がこちらへ近づいてきている。

 

「トーガ様になにか御用――」


 パルは神官職の彼女へ近づこうとしていたがそれを手で制し、代わりに俺が彼女へ歩み寄ってゆく。


 足を一歩踏み出すたびに、胸が激しい鼓動をあげていた。

他人だとは分かっていても、やはり目の前の少女が、幼馴染の"エマ"に見えて仕方がなかったからだ。


「こんにちは、モニカさん」


「はえっ!? な、なんで、あたしの名前を……?」


「試験の時に、名乗りましたよね……違いましたか?」


「あ、あ! いえ、合ってます……覚えていてくれて、嬉しいです……!」


 モニカは頬を真っ赤に染めて俯いた。

いかん……エマに似ているだけあって、かなり可愛い。

しかし、後ろにはパルとピルが、いるのでおいそれと態度に出すわけにはゆかないが……


「で、なにか俺に御用ですか?」


 モニカは俯き加減で、モジモジとした態度を見せてくる。

そういえば、エマはなにかいいたげな時は、こういうしぐさを良くしてたな……。


「あの、えっと……トーガ・ヒューズさん! 是非とも、あたしを貴方のパーティーに加えていただけませんか!? お願いしますっ!」


 モニカはこちらへ深く頭を下げてくる。

 さすがの俺でも、驚きを隠しきれなかったが、とりあえず話を聞いてみようとモニカを見据える。


「どうして俺の仲間に?」


「あ、あたし、神官の職なんです! 得意な神聖術は防御壁と回復です! だから、きっと、あなた方の、お役に立てるかなと思って!」


 確かに俺は魔術師、パルは格闘家、ピルはテイマー。攻撃には特化しているものの、回復や防御は少々心もとない布陣だ。

 おそらくモニカはそんな俺たちの状況を見抜いて、自分を売り込んできたのだろう。この子はなかなか優秀な人材らしい。


「あと、えっと……試験の時、助けてもらいましたし……あのおかげであたし、合格できたわけで……も、もしも期待外れって思ったら、すぐに外してもらっても構わないので! だからどうぞ、よろしくお願いしますっ!」


 そういってモニカは律義に頭をも下げてくる。

性格も素直で、ほんとに良い娘のようだ。


 それにこうして声を上げてくれたのが、エマによく似ている、モニカなのだ。

断る理由など一つもない。


「わかりました、モニカさん。ではあっちでもう少し詳しく話をしましょうか?」


「は、はいっ! ありがとうございますっ!」


「はぁーい、ちょっと道開けてねぇ〜」


と、いきなり俺のモニカの間に、聞き覚えのある声が割り込んでくる。

驚きのあまり、俺は声のした方へ視線を寄せると……


「ほら、ローくん、ご挨拶!」


「お、おう……」


 まさか、ローレンスたちが、再び俺の前へ現れるとは驚きであった。


「あーえっと、きみが先日の試験でトップ合格をした魔術師のトーガ・ヒューズ君だよね?」


「俺がトーガ・ヒューズですが、何かご用ですか?」


 このタイミングでの声掛けとは、もしやこいつらは……?


「トーガ・ヒューズ君! 君にとっての朗報だ! 君を俺らのパーティーに加えてあげるよ!」


「え!?」


 ローレンスがそう言った途端、モニカが驚きの声を上げた。

しかしそんなモニカのことなどまるで気にせず、ローレンスたちは勝手に話を進めだす。


「実は俺らみんなBランクなんだ! だから俺達と組めば、君のランク上昇にも貢献できると思うんだよ!」


 冒険者ギルドの依頼は、パーティーメンバーの各ランクの平均によって受注できるものが決まる。よって、もしこの誘いを受ければ、俺はEランクながらBランクの依頼を受けることができる。

 たしかに人生の最短距離を歩もうとしている俺にとって、この誘いもまたある種好ましいものではある。しかし――


「すみません、いきなりそんなことを言われても困ります。俺は今、そこの神官職のモニカさんと契約の話を進めていたところです」


 最初に俺に声をかけてきたのはモニカの方が先だ。

彼女を蔑ろにして話を進めるわけには行かない。


「あーそうなんだ……参ったなぁ……」


 ローレンスはちらりとリナを見やった。

するとリナは、靴音を鳴らししつつモニカへ近づいてゆく。


「あんた、ランクは?」


「あ、えっと……Eです……トーガ・ヒューズさんと同じく新人です……!」


 モニカは声を震わせつつ、そういった。

 リナは少々きつい顔立ちなので、気弱そうなモニカにとっては苦手な分類なのかもしれない。それでも頑張って言葉を出したモニカは本当に偉いと思う。


「Eねぇ……じゃあ、たいした神聖術は使えそうもないわねぇ」


 だがそんなモニカの頑張りなど、まるで気にせず、リナは彼女の言葉を一蹴した。


「あの、えっと……で、でも……!」


「あとさぁ、アンタ、あたしにビビってるでしょ?」


「っ……!?」


 図星を突かれたのか、モニカは黙りこくってしまう。

するとリナはそんなモニカを見下ろしつつ、薄い笑みを浮かべた。


「ダメよ、こんな程度でビビってちゃ。本当の冒険は、あたし以上におっかない魔物がうようよしているところなんだから」


「はい……すみません……」


「って、わけでアンタみたない未熟者は、うちにはいらないわ! さっさと諦めて、他をあたって! あたしたちが欲しいのはトーガ…ヒューズくんだけなんだから!」


「でも……!」


「んったく、しつこいわね! 早くあっち行きな! シッシッ!」


 まるで犬を追い払うかのように、モニカを無碍にするリナ。

 相変わらずこの女は、マウントを取れる相手だと高慢な態度をとるのだと思い、不愉快極まりなかった。


「なぁ、トーガくん、どうだい? そこの君の奴隷くらいだったら一緒でもいいからさ!」


 そしてそんなリナの態度を諫めず、ローレンスはさらりとそう言い、馴れ馴れしく肩を掴んできたので……

 

「お前らの仲間になんて、冗談じゃないっ!」


 俺はローレンスの手を払い除け、そう言い放った

 奴が顔を驚きで引きつらせたのは言うまでもない。

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