第22話 魔空の枝道を叩き潰せ!



「ちょ、ちょっとトーガ君、これどういうこと!? そのソードライガーは……」


ジェシカさんは腰の剣に手を回すといった、臨戦体制のままこちらへ問いかけてくる。


「ピルのテイマー能力で下僕化……いえ、お友達になったらしいので危険はありませんよ」


「ええ!? ソードライガーを!? あの凶暴で、上級テイマーでさえ手を焼くのに!?」


「まぁ、これがピルの、うちの家族の実力ですよ」


「昨夜ね、とーがさまから……お力をいただいたの! だから、この子ともお友達になれたんだよ! ねー?」


「がうぅん」


 ピルとレオパルドくんはお互いに頬を寄せ合って、愛情表現をし始めていた。

それを見てジェシカさんはようやく臨戦体制を解くのだった。


「まったく……トーガ君自身も規格外なら、そのご家族もなのね。貴方たちみたいな逸材が、まだ冒険者ライセンスを持っていなかっただなんて、そっちの方が驚きよ」


「まぁ、色々と込み入った事情がありまして……」


「でもご家族に構ってていいの? 貴方自身の試験は?」


「ああ、もうそれはとっくに」


 俺があっさりそう言ってのけると、ジェシカさんは"やっぱり"と言った具合の苦笑いを浮かべるのだった。


「あなた、その若さで本当にすごいのね……あのさ、トーガ君……」


 ジェシカさんは真面目な表情で、こちらを見つめてくる。

やはりジェシカさんは俺たちに注目してくれている。

そしておそらく、次の言葉は……


「君は知っているかな、王国騎士団付属魔術士っていう存在を……」


 ジェシカさんが言いかけたその時だった。

俺は森の精霊がざわついていることに気がついた。


「ガルルぅ!」


「なにやだ……この気配気持ち悪い!」


レオパルドくんとピルも、このただならぬ雰囲気を感じ取っているらしい。


今は試験中で、未熟者が多く集まっている。

かなり危険な状態だと判断できた。


「すみません、ジェシカさん! 話はまた後ほど! 行くぞ、ピル、レオパルド!」


「はいっ!」


「ガオォォォーン!」


俺は飛行を開始し、ピルはレオパルドくんに乗り、俺と同じ方向へ向けて走り出す。


「あ、ちょ、ちょっと! もう! バカっ!」


ジェシカさんもまた、他の騎士と合流すべく駆け出してゆくのだった。


(あれか、不穏な気配の正体は!)


 鬱蒼と生い茂る木々の中に、暗色の輝きが渦を巻いている。

運の悪いことに"魔空の枝道"が開かれてしまったらしい。


「キキキキィ! キキキィ!!」


 魔空の枝道から禍々しい魔物が次々と溢れ出て、試験の最中だった候補者たちへ襲いかかっている。


――魔空の枝道。

 巨大な魔物の巣である、魔空から枝のように伸びている小さな転移渦を、ケイキではそう呼んでいる。


 発生はランダムで、いつどこに現れるかわからない、災害とも言うべき代物だ。

現在の対処法は、発生したら、その渦へ強力な魔法を叩き込み消滅させる。

その一点のみで、これのせん滅も王国魔導士の主任務の一つである。


 このままでは試験どころではなくなってしまうし、死亡者さえも出てしまう。

俺は候補者たちへ襲いかかっている魔物の群れへ、迷わず急降下してゆく。


最初の目標は"グレーの髪色をした神官職の女の子"へ襲い掛かろうとしている、レッサーデーモン!


「させるかぁー!」


「キキィィーーっ!!」


間一髪、女の子へ襲い掛かろうとしていたレッサーデーモンを風魔法の刃で切り伏せた。


「大丈夫か、君……ーーッ!?」


「ありがとう、ございます……はぁ……」


思わず俺は、彼女の赤い瞳を見て、我が目を疑った。


 グレーの髪という共通点は確かにあった。


しかしあり得ない。


 俺が幼なじみのエマと別れたのは、もう二十年以上前のことだ。

 存命だったとしても、元の俺と同じく中年を迎えている頃合いだ。

だから、こんなにまで若いはずがない。


「あ、あの、私になにか……?」


 助けた彼女は赤い瞳を不思議そうに窄めて、こちらを見上げてきている。


(どうしてこんなところに"エマ"が!? いや、そもそもこの子は"エマ"なのか!?)


「トーガ様! 前、前!」


 幼なじみだった"エマ"によく似た少女へ見惚れていると、傍からパルの声が聞こえてきた。


 なんとか振り返りざまに、風の刃の魔法を放ち、接近していた複数のレッサーデーモンを切り捨てる。


「やっちゃぇー! レオパルドくん、ごぉー!」


「ガガガオォーン!」


 既に現場に到着していたピルは、ソードライガーのレオパルドくんを鮮やかに乗り回し、魔物を駆逐している。


 俺の後ろでは、エマにそっくりな女の子が駆けつけた王国騎士に介抱されていた。


「早く後ろへ!」


 俺はエマによく似た彼女と騎士へ、そう叫ぶ。


「わ、分かった! そら行くぞ!」


「ちょっと、待って!」


 すると神官職の少女は立ち上がるとすぐさま、ぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございます! 私、"モニカ"っていいますっ! このお礼はいずれ必ず!」


モニカは律儀にそうお礼を言うと、騎士に連れられ離脱してゆく。


(あの真面目な態度に、きれいな声……ダメだ……他人だとは分かっていても、どうしてもあの子が"エマ"に見えてしまう……)


 二十年以上も前の初恋の人。


 同時に守り切ることができず、俺の心に傷跡を残し、転落のきっかけとなってしまった彼女。


 すると、俺があまり集中できていないと感じたのか、パルがやや強めの口調で「トーガ様!」と呼んでくる。


「どうかされたのですか? 先ほどからその、少し顔色が優れませんが……?」


「あ、いや、なんでも……」


「……とりあえず、ここを乗り切りましょう。私はどうすれば?」


「パルはピルと共に候補者達の防衛を! 俺は直接、魔穴の枝道を叩く!」


「承知しました! トーガ様、お気をつけて!」


「パルもな!」


 俺はパルと別れて、再び飛行を開始する。

既に空にも無数のレッサーデーモンが沸いており、行手を塞いでいる。


「邪魔だ。うせろ! 炎の精霊よ、我へその力を貸し与えんーーファイヤーボルトっ!」


 短縮詠唱により、威力を増したファイヤーボルトが行手を塞いでいたレッサーデーモンを焼き尽くす。


 しかし少し進めばすぐさま、別のレッサーデーモンの一段が行手を塞ぎ、遅々として魔穴の枝道との距離が縮まらない。


 そうした状況に歯痒さを覚えていた時のこと、森から無数の魔力を帯びた弾丸ーー魔弾ーーが、空のレッサーデーモンへ向けて湧き出る。


「第二隊、一斉射! 撃てぇーっ!」


 ジェシカさんの指揮のもと、統制の取れた魔銃歩兵連隊が射撃を開始し、魔物を撃ち落としてゆく。


(さすがは王国騎士団だ! これならばーー!)


 俺は騎士団の射撃と、レッサーデーモンの攻撃を掻い潜り、グングンと魔穴の枝道との距離を詰めてゆく。


そしてようやく、魔空の枝道を目下に収めた。


「あの子のことは考えるのはあとだ! まずは魔空の枝道を叩き潰すっ!」



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