第21話 目覚めたピルの特技



「今、なんか白っぽいものが俺の脇を過ぎったような……?」


「な、なんだよあのシフォン人!? はえぇ!」


「美しい……」


 俺の目下では主に男性冒険者候補が鼻の下を伸ばしている。

皆一様に、彼に森の中を駆け抜けるパルに視線を奪われていたからだ。


パルは脅威的な脚力と、身の軽さで、まるで平地のように複雑な森の中をぐんぐん進み続けている。


(おっと、そこでパルの前に匂いに釣られた魔物ーーゴブリンーーが登場か。お気の毒に……)


「邪魔ですっ!」


「ごぶあっ!?」


 パルは鋭い蹴りを放ち、一体のゴブリンをあっさりと吹き飛ばした。

彼女は速度を落とすことなく、連続で蹴りを放ち、魔物を撃退して先へ進むのだった。

 ようやく事態が落ち着いたので、俺は空からパルの元へ舞い降りる。


「お見事でした」


「トーガ様! 試験はいかがで?」


 猛スピードで走り、魔物や障害物を蹴り飛ばしながらも、愛らしい笑顔を返してくれるパルだった。


「もう合格してきたよ」


「さすがトーガ様です! 素晴らしいです!」


「この先に少し険しい崖がある。そこを登ったところにベイキング草の群生地がある。君の脚力なら行けるはずだ」


「そうなのですか! ご助言まことにありがとうございます!」


 そういえば先ほどからピルの姿が見当たらない。

てっきり姉妹揃って進んでいると思っていたのだが。


「ピルは?」


「実はあの子は私より先に進んじゃってます」


「ほ、本当かそれは!?」


「どうぞあの子の活躍もご覧ください! ちなみに私が格闘技を得意とするように、あの子にも面白い特技があるんですよ」


 俺は若干ワクワクしながら、パルと別れ再び空へ戻った。

そしてピルの魔力を探りながら飛行し、そしてーー


「どいてどいてー! みんなあぶないよー! レオパルドくんがみんなを踏んづけちゃうよー!」


「がおぉぉぉん!」


 ピルはなぜか、青々とした毛と縞と、剣のように鋭い二本の牙が特徴的な大型な猛獣ーーソードライガー ーーの背中に乗って、森の中を駆け抜けている。

 ちなみにソードライガーは、セイバータイガーよりも強く凶暴な、野生の王とも言われる存在である。


「や、やぁ、ピル、ご機嫌だね……?」


「あ! とーがさま! しけんはどうでした?」


 ピルは猛獣の上で、いつもの天真爛漫な笑顔をしてみせた。


「すでに合格だ。だからピルとパルの様子を見にきたんだ」


「そうなんだ! えへへ、うれし……!」


「ところで、その……君が乗っかっているソードライガーは……?」


「なんか、いつもはこれぐらいの強い子とはすぐに仲良くなれないんですけど、今日はすんなりうまく行きました! もしかしてこれって、昨夜とーがさまからいただいた……そのぉ……バフ、のおかげ……かな?」


 ピルは頬を真っ赤に染めながら、そう答える。

どうやらパルの言っていたピルの特技とは"テイマー能力"のことだったらしい。


「乗ってみます? 気持ちいいですよ?」


 獰猛なソードライガーの背中の上に乗るなど、絶対に経験できないことだ。

俺は喜んで猛獣の背中へ舞い降りる。


「ガルルルぅっ!」


びっくりしたのか、ソードライガーの“レオパルドくん”は歯茎までをも晒し、唸りを上げるも、


「おこっちゃ、め! とーがさまはわたしのだいじな人! だからレオパルド君にとってもだいじなお方!」


「キュゥーん……!」


 ピルにそう言われると、ソードライガーは愛くるしい唸りを上げたのだった。

しかも、すでに"レオパルドくん"と名付けているとは、ピルのテイマー能力恐るべし!


 それに……ソードライガーの体毛はとても、いや、想像以上に柔らかくて、気持ちいい! さながら、巨大な猫と言っても差支えのない心地よさだ。


「いっけぇー! レオパルドくん!」


「ガアァァァー!」


 ピルと俺を乗せたソードライガーの【レオパルドくん】は、馬車以上の速度で森の中を走り始めた。

さすがはこの山の猛獣だけあって、複雑な地形などなんのその。

 他の候補者をどんどん追い抜いて、ぐんぐん森の奥にまで進んでゆく。


「ピル! あの竹林の向こうにベイキング草があるぞ!」


「わかりました! レオパルドくん、やっちゃいなさい!」


「ガオォォォーン!」


 レオパルドくんは、鉈のように鈍重で鋭い前足の爪で、竹林を叩き開いた。

背の高い竹がバサバサと切り倒され、どんどん平地へ変化してゆく。

 やがて切り倒され、折り重なる竹の残骸の中に、白いベイキング草を見つけたピルはレオパルドくんの背中から飛び降りた。


「ベイキング草、ゲットしましたぁー!」


「ガオォォォーン!!」


「おめでとう。でも、これを持ち帰るまで合格じゃないからな?」


「はぁい! あ、あの、とーがさま……この子は、レオパルドくんはそのぉ……」


 ピルは伺うような視線で、こちらを見上げてきた。

何を言わんとしているかは、なんとなくわかる。

 俺自身もせっかく、このソードライガーと親しくなれたのだから。


「こいつは……いや、レオパルドくんはピルの大事な友達なんだよな?」


「はい! だから、ええっと……」


「キューン……」


 レオパルドくんもそんなつぶらな瞳で見つめずとも、君の気持ちはわかっているつもりだ。というか、こんな目で見つめられて、酷い選択などできるものか!


「これから何処に住むかは決めていないが……レオパルドくんが不自由しない住まいを選ぶこととしよう!」


「じゃあ!」


「グルルル!?」


「レオパルドくん、これからもピルの大事なお友達として頼んだぞ!」


「やったぁ! 良かったね、レオパルドくん!」


「キュキューン!」


 ピルは喜んでくれたし、レオパルドくんにいたっては、お腹を晒して背中を地面へぐりぐり押し付けている。どうやらこのソードライガーは、俺のことさえも主人と認めてくれたようだ。

 まさかソードライガーと一緒に暮らすことを考えるだなんて……前の絶望的な人生では考えられないことだった。

と、そんな時、


「ソードライガーは危険よ! 今すぐ離れて……って、トーガ君!?」


「こんにちは、ジェシカさん。今日もお仕事お疲れ様です」


 きっと、ジェシカさんはソードライガーの咆哮と、竹林の崩壊の様子を見て駆けつけてきてくれたのだろう。

 もちろん、彼女がスタッフ参加していることは資料から確認済みだ。


 これは王国魔術師を目指すにあたっての、最高の機会に他ならない!


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