第11話 パルの意外な特技


「トーガ様、私が引きますよ……?」


 荷車を引く俺へ、パルはそう聞いてきた。


 この荷車はパル達が囚われていた壊滅した行商団が所持していたものだ。

これに昨日氷づけにしたボン・ボン盗賊団の死体を乗せて運んでいる。

死体を騎士団の詰所へ持って行かねば、報奨金が支払われないからだ。


 もしもこの遺体の件がなかったら、転移魔法で一っ飛びなのだが……


「大丈夫だよ。それにこんなものパルに引かせられないって」


 俺はやんわりパルの提案へ断りを入れる。

重いし、第一運んでいるのは死体なのだから、パルにこんなものを運ばせるわけには行かない。


「やはりさすがに……! 失礼します!」


 そういうとパルは荷車の取手を潜り、俺の肩へぴったり身を寄せてくる。


「だから大丈夫だって」


「そうは行きません! だってトーガ様は私たちのご主人様なんですから!」


 肩から彼女の熱を、綺麗な髪からは花のような香りを感じ取る。

すると意図せず、昨晩の熱い逢瀬が頭を過ぎり、胸が大きく鳴りはじめた。


あたらめて思うが……俺はこんなに綺麗で可愛い子と昨晩何度も、何度も……


「でも、なんか、ちょっと……ドキドキしてしまいますね……」


 パルは頬を僅かに赤くし、嬉し恥ずかしといった様子で微笑んでくれている。

どうやら俺と同じ気持ちだったらしい。


それにしても出会った頃とはえらい変わりようで、ずいぶん懐いてくれたと思う。

やはりあの行為は、男女にとって最高のコミュニケーションなのだろう。


「とーがさまとお姉ちゃん、なにかあった……?」


 と、荷車に乗せた氷塊の上から、やや不満げな妹のピルの声が降り注ぐ。


「あ、いや! と、特別なことは何も! これから一緒に頑張ろうなという話を……な、なぁパル!?」


「え、ええ! よ、夜遅くまでトーガ様とご一緒して、素敵な人だなぁってわかって、それで……!」


 おいおい、パルよ……そんなのわかる人が聞けば、わかってしまうような言い方を……


「ずっるいなぁ、お姉ちゃんばっかり!」


「ご、ごめんね! 今度はちゃんと誘うーーッ!?」


 それまで明るく振る舞っていたパルが、険しい表情を浮かべた。

氷上のピルも。

 当然、魔力経路が最適化されたことで、勘が鋭くなった俺も、である。


「ごぶるるる……!』


 目の前に現れたのは複数体のゴブリンだった。

奴らはダラダラと涎を垂らしつつ、いやらしい目をパルとピルへ注いでいる。


 全くもって、不快極まりない。


「去れ、魔物。この二人はお前達が手を出していいような存在ではない」


俺は手をかざし、僅かに魔力経路を解放しながら、ゴブリンへ低い声をぶつける。


「ごぶ!? ぶるるるぅぅぅーーっ!!」


 途端、ゴブリンどもは武器さえも放り出して、一目散に目の前から姿を消してゆく。


 ゴブリンは知能が低いものの、人間よりも魔力の感受性が強いと聞く。

だったらこうして魔力の気配をあててやれば勝手に逃げ出し、無用な戦いを避けることができる。むろん、若返る前の俺では無理な芸当であった。


「とーがさま、すっごい! でも、ちょっと怖かった……」


 魔力への感受性が特に強いというピルは、僅かに体を震わせていた。

少し発した魔力が強すぎたのかもしれない。


「ごめんなさいトーガ様……お手を煩わせてしまって……」


 そしてパルはすごく申し訳なさそうに、言ってくる始末。


「これぐらいたいしたことないさ。パルとピルを守るのは俺の役目だしね」


「ですが……」


パルはどこか納得ゆかない雰囲気を醸し出しているのだった。


ーーそれにしても、今日はやたらと魔物の出現が多かった。

まぁ、ほとんどは俺が気配を放つだけで、逃げて行ったのだけれど。

しかし……


「がるるる……!」


 やがて俺たちの行手を塞ぐように、複数体の鋭い牙を持つ獰猛な獣ーーセイバータイガーが姿を表す。

こいつらは野獣なので、魔力の感受性はないに等しい。

よって、撃退するには本当に魔術を放つ必要がある。


(でも、セイバータイガーごとき今の俺に取っては雑魚同然。さっさと退治して……)」


と考え、荷車から手を離そうとした時のこと。


「お、おいパル!?」


パルは先んじて取手を離し、セイバータイガーの前へ立つ。


「お下がりくださいトーガ様。さすがにもう貴方のお手を煩わせるわけには行きません!」


「いや、だから大丈夫だって!」


「それに私自身、確かめたいことがあるんです」


「確かめるって何ーーっ!?」


 突然、パルの背中がフッと目の前から消失した。


「せいっ!」


「きゃうううん!!」


 次いで聞こえたパルの勇ましい掛け声と、セイバータイガーの悲鳴。

なんとパルはたった一撃の掌底で、大きなセイバータイガーを軽々と突き飛ばしていたのだ。


「やっぱり……! これなら、つまらないことでトーガ様のお力を使わせずに済む!」


 パルは軽やかなステップを踏みセイバータイガーの群れへ突っ込んだ。

爪も、牙も、鮮やかな、しかも最小限度の動作でかわすパル。

とても素人の動きには見えない。


「久々のお姉ちゃんすっごーい! がんばれぇー!」


 ピルはさも当然かのように姉へ熱烈な声援を送っている。


「これは一体……?」


「お姉ちゃんはね、すっごく強いの! 特に格闘術が! 国にいた時も、お姉ちゃんに勝ったことのある男の人いないんだぁ! みんなへっぽこ!」


 まさか、あのお淑やかで、少しおっとりとしたパルにそんな特技が……

だからパルのお尻はあんなに引き締まっていて、腰はくびれて……と、……いかん! 俺はこんな時にまで何をっ!!


「これでラストっ! はぃぃっ!」


 パルの鋭いハイキックが最後のセイバータイガーの顔面へ叩き込まれ、長い牙をへし折った。

 さすがのセイバータイガーも、たまらずその場から走り去ってゆく。


 パルは呼吸を整え残心を取ると、こちらへ駆け寄り、傅いた。


「トーガ様、ご覧いただけましたか!? 私の実力を!?」


「す、凄いな、正直……」


「この先露払いはお任せください! このパルがトーガ様の剣となりましょう!」


「い、良いのか?」


「はい! この程度の雑魚にまで、トーガ様のお手を煩わせるわけには参りません! ご安心ください! さきほどご覧いただいた通り、私、意外と強いですから!」


 意外とというか、かなり……なにせセイバータイガーを素手で圧倒してしまう実力の持ち主なのだから。


 と、穏やかな空気はそこまで。


「きゃっ!? ト、トーガ様!?」


 咄嗟にパルを抱きかかえ、風の精霊の力を借りて高く飛び上がり、そのまま滞空し続ける。

 先程までパルが傅いていたところには、複数のセイバータイガーの爪の軌跡が刻まれていた。


「なるほど。パルにやられて悔しくて仲間を連れてきたんだな。油断大敵だぞ、パル?」


「すみません……」


 目下のセイバータイガーたちは、空中にいる俺たちへ向けて、威嚇の咆哮をあげている。そんなセイバータイガーの群れへ向け、適当にまとめた風の魔力を放った。


「きゃうんっ!」


 獰猛なセイバータイガーがまるで猫のような声をあげて、盛大に吹き飛ぶ。

ついでに地面も深く抉れてしまっていたが、まぁ、ここは森の中なので良しとしよう。


「獣たちよ、これ以上の抵抗は無意味だ。去れっ! さもなくば!」


 空中からそう声を浴びせかけ、手中に風を収束させる。

さすがのセイバータイガーたちもバカではなかったらしく、文字と通りしっぽを巻いて逃げ出すのだった。


「パル、君が強くて勇敢なのは十分にわかった。でも、君は女の子で、更に俺にとっては大事な人なんだ。だから、くれぐれも怪我をするようなことはしないでくれよ?」


「トーガ様……ありがとうございますっ! やっぱりあなたはかっこいいですっ!」


「お、おい!?」


 ピルから見えていないことを良いことに、パルは幸せそうにはにかみながら、俺の頬へキスをしてくれる。


 まいったな……この調子だと、今夜も……?


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