第10話 後悔するローレンス一行


「おいおい! ローレンス! この状況どうすんだよ!?」


 戦士職のエディは岩陰に隠れ、グリフォンの火炎攻撃から身を守りつつそう激昂する。


「嫌よこんなところで死ぬなんて……嫌よ、絶対に……!」


 野伏で恋人のリナはすでに戦意を喪失し、ローレンスの隣で震えるばかり。


(クソっ……たかが魔術師のおっさんが一人いなくなっただけでこれかよ……!)


 ローレンスは今更ながら、こういう状況の時は、決まってトーガが自ら危険を犯して魔物に立ち向かっていたと思いだしていた。

 どんなにダメージを受けようとも、トーガはローレンスたちに花を持たせるべく、行動をしていたのだ。

 しかし今更、その事実に気づいたところでもう遅い。

そしてこのまま、岩陰に隠れ続けていても、いずれやられてしまうのは明白。


(何かこの窮地を脱する手段は……そうだ、あれだ!)


 幸いグリフォンの背後には雨水を貯めるために作られた大きな水瓶を要する貯水塔がある。


「リナ! 今すぐあの貯水塔の水瓶を弓で打ち抜け!」


「わ、私が!? 嫌よ! こんな火炎の中! 髪が燃えちゃうわ!」


「髪とかこの際どうでも良いだろうがよ! 死んじまっちゃ元も子もねぇ!」


 するとリナはエディの怒りを受け、震えるのをやめた。


「ああもう、やれば良いんでしょやれば! 代わりにエディ! あんたこの火炎から私を守りなさいよ!」


「うえぇ!? お、俺が!?」


「あんたは盾役(タンク)なんだからやりなさいよ!」


「ああもう、わぁったよ! やりゃいいんだろ、やりゃあ!!」


「い、行くぞ! エディ、リナ!」


 ようやく三人の意思は固まった。

そしてローレンスの合図で、三人は作戦を実行に移す。


「ぬおぉぉぉぉ!!」


 リナを守るように大盾を持ったエディが立ち上がった。

ミスリル製の盾が一瞬、グリフォンの火炎を分断。


「あ、当たってぇー!!」


 その隙にリナは矢を放ち、水瓶を撃ち抜く。

矢が水瓶へ突き刺さり、次の瞬間"バシャン!"と決壊をし始めた。

そして滝のようの大量の水がグリフォンへ降り注ぎ、火炎攻撃を打ち消す。


「し、死ねぇぇぇ!!」


「GAAAAAーー!!」


 その隙に飛び出したローレンスはロングソードの鋒をグリフォンの眉間へ思い切り突き立てた。

グリフォンは地面へバタンと倒れるも、未だに生きており、爪を振り回している。


「し、しつけぇえんだよ!」


「うわぁぁぁーー!!」


 岩陰から斧を持ったエディと、ナイフを逆手に持ったリナが飛び出した。

三人はもがき苦しむグリフォンの至る所を殴り、突き刺し、切り裂く。

結果として三人の命は助かり、戦闘は勝利となったのだが……


「ああ、ちくしょう! こんなんじゃ素材化できねぇじゃんか!!」


 エディは自らグリフォンをズタズタに引き裂いたくせに、そう憤る。

彼のいう通り、こんな肉塊にしてしまったグリフォンの素材など買い手がつくはずもない。


「わぁーん……くっさぁ……この装備お気に入りだったのにぃ……!」


 リナは血みどろになった装備にゲンナリした様子を見せている。

もしも今の装備を今後も使用するつもりなら、金属の部分はまだしも、布の部分は総取り替えが必要でかなりの金がかかるのは明らかだった。


「と、とりあえず命が助かっただけでも良しとしようぜ、二人とも……」


 リーダーとして他の二人をそう宥めたローレンスだったが、内心は穏やかではなかった。

なぜならば……


「君たち、とんでもないことをしでかしてくれたね?」


 冒険者ギルドへ戻り、グリフォン討伐の報告をすると、受付係に代わってギルドマスターが彼の前へ姿を現す。


「貯水用の水瓶を壊したそうじゃないか。今年はかんばつが酷いというのに全く……」


「い、いや! どうして俺たちが壊したって証拠が……?」


「言い訳をしないでいただきたい! 定点観測員が、そこの野伏せの女が、弓で水瓶を撃ち抜く瞬間を確認しているのだよ!」


「あうっ……」


「全く……自分たちの実力も計れず、無謀なクエストに挑戦するからこういうことになるのだ」


 ギルドマスターは懐から、巻物を取り出し、ローレンスへ突きつけた。


「こ、これは……?」


「責任を持って破壊した貯水塔を修繕していただきたい」


「な、なにこの額!? あの貯水塔そんなにするの!?」


撃ち抜いた本人であるリナは提示された額を見て、顔を真っ青に染めている。

ケチなエディは話に加わらず、自分は関係のないふりをし続けているのだった。


 愕然とするローレンス一行。

そんな彼らへ向けて、ギルドマスターは笑みを送る。


「しかし私も鬼ではない。特例で分割も認めよう。毎回、これぐらいの額ならば大丈夫なんじゃないか?」


 ギルドマスターは別紙に分割額と返済回数を記入し、ローレンスへ提案する。


(コイツ……金利で儲けようとしてやがるな。足下見やがって……!)


 分割は日々のパーティー運営に支障を来さない額ではあるが、トータルで考えると余計な金を支払うことになる。

とはいえ、一括支払いは、それこそ明日の食うものさえ困ってしまう額である。


「どうするのかね、ローレンス君?」


「くっ……ぶ、分割で、お願いします……」



●●●



「ねぇねぇ、早くさー新しい魔術師探してよー。こんなんやってらんないよぉー!」


 討伐報告と借金の手続きを終え、ローレンス一行はようやく食堂で一息をついていた。

そんな中発せられたのが、今のリナの一言である。


「だよな。おいローレンス、ちゃんと探してんだろうな?」


 エディはガツガツと肉を齧りながら、偉そうにローレンスへそういう。

彼は地元にいた頃から、面倒なことは全てローレンスへなすりつける奴である。


「まぁ、一応。でも魔術師だし……」


ローレンスが言い淀むのも無理はなかった。


 魔術師とは誰でもなれるものではない。まずは魔力経路という見えない素質があるかないかで、なれるかなれないかの判断を下される。

 故に、いくら低ランクで実力不足ではあろうとも、魔術師であったトーガは、未だに冒険者として大きな成果を上げていない、ローレンスたちにとっては希少な存在だった。

 だが愚かなこの若者たちは、そのことに全く気がついてはいない。


「あのさーいっそ、あの臭いおじさんでも良いからまた魔術師拾ってよー」


「おっ、良いね! あのおっさん、相当困ってたからホイホイ付いてくんじゃね?」


「でしょ! だからさ、ローレンスぅ〜」


「いや、それは……あははは……」


 ローレンスは内心怒りを堪えつつ愛想笑いを浮かべる。


(お前らだってあのおっさんをクビにするの賛成だったじゃんか! それを今更……)


 エディとリナからトーガを外して欲しいというわがまま。

ローレンス自身も更なる高みを目指して、トーガとの決別を決意したのだが……どうやらその判断は間違っていたらしい。


 借金、仲間のわがまま、自分の判断ミスがローレンス自身をイラだたせている。

しかし苛立ちの原因はこれだけではなく……


「ちょっとエディ、口にパンのカスがついてるよ?」


「おお、悪いぃな!」


 なぜかここ最近、エディとリナの距離が妙に近いように見えてしまう。

もっとも、この三人は幼馴染なので、今のようなやり取りは日常茶飯事なのだが……


(まさかリナは恋人の俺を差し置いてエディと……? まさか、そんなことないよな……?)


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