第2話 若返った!? 魔術師トーガ

「死後の世界は、こういう姿で過ごすのか……!?」


 実際、誰も死後の世界へ行き、戻ってきたことなどないのだから、わかるはずが無い。


「とりあえず元いた場所へ戻ってみるか……?」


 泉から出て、元のところへ戻ると、そこには俺が落としたザックや、中身の荷物が散乱していた。

岩壁には俺のと思しき乾いた血がべっとりと付いている。

更に地面には、刃を真っ赤に染めた短剣ーーアゾットが転がっていた


「たしか俺はこの短剣で腹を突いて自害を……」


 俺は自分の腹も確認してみた。 

 腹は相変わらず、自分でも見惚れてしまうほどのシックスパックがあるだけ。

アゾットでの刺し傷は一切見当たらない。


(あのアゾットという短剣は、なにか回復作用のある呪具だったのだろうか? どれ、解析してみるか……)


 アゾットを手に取り、己の魔力経路を解放した。

そしてそこへ、光の精霊の降臨を願う。


「光の精霊よ、我に真を読み解く力を与えーーっ!?」」


 完全に詠唱を終える前に、驚くべき速さで、魔術が発動し、解析結果が脳裏へ浮かんだ。


 なんとなく、俺の魔力経路に降臨した光の精霊が、今笑っていたような……?


 とりあえず、精霊のことは隅に置いておき、俺は脳裏に浮かんだ解析結果を読み込んでゆく。

 解析結果……アゾットにはなんら魔力の痕跡は無く、ありふれた短剣だとわかった。

しかし、驚くのはそこではなく、


「なんだったんだ、今の速度は……?」


 俺程度の実力では、少なくとしばらくの間対象へ集中しなければ、解析結果がでないはずだ。

しかもこんなに早く、こんな精度で解析が成功したことなどない。

ならば次の実験と思い、ザックから小瓶に入ったポーションを取り出す。


(これは武器類とは違って複数の薬品を組み合わせた、複雑なものだ。これでどうなるか……)


「光の精霊……ーーんんっ!?」


 詠唱の途中で、ポーションの複雑な解析結果が脳裏へ瞬時に表示された。

相変わらず光の精霊は、朗らかな雰囲気で、俺に魔術の力を貸し与えてくれていた。


(一部の才能に溢れた魔術師はある程度の術であれば、その存在を意識するだけで、精霊が意を汲んで術を発動させてくれる……無詠唱発動が可能なのだと聞いたことがあるが……)


 更にアゾットの時に比べ、魔術発動が早まったのは、俺の身体にある魔力経路が解析魔法自体を瞬時に覚えたかららしい。

確かに、天才的で、"生まれつき上等な魔力経路"を持つものは、そうなる傾向があると論文で読んでことはあったが……

 ちなみにいくら若い頃に将来を有望視されていた俺でも、ここまでの才能はなかった。


「なぜ急にこんなことに……ふーむ……」


何故か俺には圧倒的に上等な魔力経路が備わっていた。

それに、先ほどから魔術のことよりも気になることが……


「あー、あー、いー! 俺はトーガ! おお、やはり……!」


 懐かしい声が岩壁に反響する。

数十年に及ぶヤケ酒のせいで、ガラガラになっていた俺の声が、昔の透き通るようなものへ戻っていたのだ。

更に嬉しいことに……!


「右足が……! 俺の足が動くぞっ……!」


 数十年の間、ずっと不自由だった右足がしっかりと地面を踏みしめていた。

飛んでも、跳ねても痛みはなく、足が怪我を負わされる前のように自由自在に動く。

これほど嬉しいことはなかった。


 圧倒的な魔力、若返った体、そして自由を取り戻した右足。

これが夢なのか、現実なのかは、正直分からない。

しかし、心が、体が湧き立っている。そのことだけははっきりわかった。


 まずはこの沸き立ちに身を委ねたい。

これが夢だろうと、死後の世界だろうと、現実だろうと関係ない。

 俺は今、魔術を撃ちたくてウズウズしている!


「試してみるか……!」


 俺はひょいと荷物を担いだ。

そしてアゾットを腰の鞘に収めて、自由に動くようになった右足で最初の一歩を踏み出す。


 最適化・最強化され感覚が鋭くなった魔力経路が、魔術の試し撃ちにはお誂え向きな魔物の存在を知らせてくれていたからだ!

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