癒される話【急】

「ヒロキ先生、この■■書、■■■した方が」 

 ……なんだろう。よく思い出せない。

 あなたの顔も、言葉も、ブツブツと耳障りな音を立てて飛んでは消えてしまいます。

 僕はあなたをよく知っている筈なのに。

 僕は――僕は、そう。


 僕のクラスの子供たちは、よく纏まっており本当にみんな仲良しだ。

 子供たちは仲良く僕を攻撃してくる。

 いつからか僕の声には反応しなくなり、その小さな手足で僕の身体のあちこちを痛めつけ、絵本や積み木を投げつけてくるようになった。

 知らぬ間に、泥やクレヨンや、何かの汚物を塗り付けられていたこともあった。

 子供たちにとって僕は透明人間であり、的当てゲームの的であり、乱暴に扱っているうちに壊れてしまっても構わない、使い捨ての玩具だった。


 小さな痛みを感じているうちに、それはいつしか大きなとなって、僕を過去に引きずり込もうとする。

 抵抗すればするほど克服したはずの過去が頭をもたげ、顔を出し、その真っ黒な腕を伸ばして僕を掴み、ゆっくりと飲み込んでしまうのだ。そして嘲笑うかのように、この心を塗り潰してしまう。


 お前は何も変わってなどいない。

 あの頃のまま、惨めで、矮小で、虐げられるだけのちっぽけな存在なのだ。


 ――怖い。

 僕は、僕を苛む『小さな子供たち』が恐ろしかった。


 けれどこのままでいい筈がない。

 子供たちにとってこれは正常な生活ではないのだ。だから一日でも早く修正しなければ。

 それは僕が、他の誰でもない僕自身がやらなければいけないことだ。

 僕は僕の信念に基づいて『先生』になったのだから、僕が子供たちを導かなければ、子供たちを、僕が、子供たちを、恐ろしい、子供たちを、元の可愛い子供たちに戻さなければ。


「ちょっ、痛いよ、ヒロキ……」

 彼女が僕の背中をタップした。どうやら僕は力いっぱい彼女を抱きしめていたようだった。

 彼女の弾力ある双丘が僕の胸に圧し潰されて、苦しそうに身悶えている。

 ごめんごめんと笑いながら僕は彼女と体勢を入れ替え、ベッドに仰臥したそのぽっちゃりとした腹を見下ろすように、ゆっくりと彼女の膝を割り開いた。

 乱れたブラウス。胸元を飾る白蝶貝のボタンをひとつひとつ丁寧に外すと、光沢のあるキャミソールを押し上げるように魅惑の谷間が自己主張してくる。


 ああ、素晴しい。

 彼女だけでいい。

 彼女とふたりだけでいられれば、僕はもうそれだけで十分だ。

 余計な物は何ひとついらない。

 僕は誘惑に抗えず、深い谷間に顔を埋めると、汗の匂いが混じったその甘美な香りに安堵の吐息を漏らした。


「だから待ってってば。話を聞いて」

 勿体ぶるように彼女が僕の頭を撫でた。

「ヒロキも喜ぶ話よ。きっと……」

 僕はうっとりと目を瞑り、鈴が転がるようなその声音に耳を傾けながら、彼女のいちばん弱いポイントに指を滑り込ませる。

 ピクリと内股を震わせながらも、彼女は僕の邪な指を諫めるように自分の指を絡ませると、僕の手を導くように柔らかな両手で包み込み、そっと自らの下腹部にのせた。


「子供ができたの」


 僕はその言葉に弾かれて身体を起こした。

 見下ろすと、彼女は愛おしそうに、僕の手ごと下腹部の辺りを撫で回している。

 言葉も出ない僕を見上げるその艶然とした微笑みは、オレンジ色のルームライトと僕が作り出す影を浴びて、これまで見たことのない生物イキモノの貌をしていた。


 ——あれ、でも、今夜はサングリア飲んでたよね?

 思わず確認するような僕の声音は、自分でも失笑するほどに上擦っている。

「あれはモクテルよ。わたしの分だけノンアルにしたの。気分を味わいたくて。だって今夜はお祝いだもの」

 僕の疑問に笑顔で答える彼女は、こうも言った。

「喜んでくれるでしょ。わたしたちの子供。ヒロキ先生、子供大好きだもんね!」


 部屋に充満したアロマオイルの甘ったるい臭いに吐き気がした。

 ああ、頭に霧がかかる。

 頭に、霧が。

「ヒ■■先生、■■なもの残す■■■」

 そう、あなたがおっしゃるとおり僕は子供たちの先生です。

 僕は子供が大好きです。

 僕は困難に打ち克ちました。

 だから。


 今回もちゃんと克服しなければ。

 そうだ。

 ぼくはやればできることを知っている。

 現状を打破するために自分で考え諦めず挫けなければ困難に打ち克つことができるのだ。

 僕は己を鼓舞するように、きつくきつく拳を握り締めた。


 そして僕は、これ以上彼女が余計な言葉を紡がないように、そのブヨブヨと弛んだ醜い脂肪だらけの胎に向かって握った拳を振り下ろ





  了

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