「カレーライス」、日本とイギリスの華麗なる友情

 いらっしゃいませ!

 今回は日本式のカレーライスについてお話しましょう。


 実は、少しハラハラしながら書いています。

 なぜなら、カレーライスを語るとなると、日本だけでなく、生まれ故郷であるインドや、経由地であるイギリスとの歴史について語らねばならないからです。


 カレーライスには食文化について論争の火種がふんだんに揃っており、逆に言えば、みんなで楽しく議論するのが楽しみなテーマにもなり得るのです。



# 日本の国民食?


 2022年のことです。

 とある海外の旅行サイトが公開した「世界の伝統料理ランキング」で、日本のカレーライス(Karē)が1位に輝きました。

 このランキングには驚いた人も多かったようですが、実は日本人も驚きました。


 これに対して、日本の有名インド料理シェフが「カレーといえばインドでしょうに」と苦言を呈しており、これもちょっとした話題となりました。

 このシェフは、大変尊敬できる素晴らしい方です。

 筆者はブログを通じてこのシェフとやり取りした経験がありまして、この方がどれほどインド料理文化を正しく広めようとしているかをよく知っています。


 ですが、これについてはちょっとだけ反論があります。

 というのも、日本のカレーライスは、インド料理ではなくイギリス料理が元になっているからです。

 件のランキングでも、インドのカレー(Curry)とは表記も異なり、カレー(Karē)となっており、完全に別ものとみなされています。


 だからランキングを見た日本人は、カレーの人気には驚いたものの、カレーを日本のものだと受け止められていることについてはあまり違和感はなかったように思います。


 Wikipedia で「カレーライス」を調べてみても、そこには「日本人の国民食」とはっきりと書かれています。

 実際、「日本の国民食を5個上げて」と質問してみれば、大抵の日本人はその中にカレーを入れるのではないでしょうか。


 こんなにも日本人にとってカレーが国民食と受け入れられているのは、学校給食の人気メニューだからというのも理由の一つかもしれません。

 第二次世界大戦終戦後、物資がなかった時代に、給食のカレーは子どもたちに熱狂的に受け入れられました。


 このような歴史もあり、日本人にとってカレーライスは、完全に私達の日常の中に組み込まれたものであり、外国料理ではないのです。



# 日本のカレーのルーツ


 カレーがインド生まれの料理であることに疑念はありません。

 筆者もインドカレーは大好物で、お気に入りのインド料理店もあるほか、趣味でインドカレーを作ったりもします。


 しかし、歴史的に見れば日本がカレーを学んだのは、イギリスでした。

 イギリスのカレーは自国のシチューがベースになっており、本場インドのものとは異なりルーで濃度がつけられています。

 また、スパイスも専用のミックススパイスを使うのが一般的です。


 こうした「イギリスを経由したインド料理」であるカレーは1860年頃に日本に伝わります。

 これをいち早く採用したのは、日本帝国軍でした。

 栄養価が高く、一度に大量に作って配給できるカレーは、軍のメニューとしてはうってつけだったのでしょう。

 特にイギリスに近代的な軍事運用を学んでいた海軍では定番の食事となり、今でも自衛隊では部隊ごとに独自のカレーのレシピがあると聞きます。

「横須賀海軍カレー」という名物もあり、今も人気を博しています。



 このように、日本において「カレーライス」といえば、イギリスからわたってきた料理が元になっています。

 もちろん、それらのカレーがインド料理が元になっていることはよく理解しています。

 だからこそ、日本人は「カレーライス」といえば日本のカレーを、そして本場のカレーは敬意をこめて「インドカレー」と分けて呼んでいます。

 日本人は外国料理に対して原理主義的なところがありますので、インドだけでなくタイやネパール、ベトナムなど他の国のカレーともきちんと区分けがなされます。


 日本人にとって「カレーライス」のルーツはイギリスであり、同時に本場インドのカレーとは区別されているのです。


 - 日本のカレー(簡単バージョン)のレシピはこちら

 - 日本のカレー(本格バージョン)のレシピの一例はこちら



# カツカレー


 ところで、海外で日本風のカレーライスが人気になるにはかなり時間がかかりました。

 2008年には、日本風のカレーライスを熱愛するアメリカ人記者が書いた、ニューヨークにできた日本風カレーライス専門店を熱狂的に支持する記事が話題になり、その中でも「日本以外で日本風のカレーライスを食べることは難しい」と書かれています。


 長く人気が低迷していた日本のカレーライスですが、これを再評価して人気に火をつけたのもイギリスでした。

 ロンドンのとあるストリートフード店で「カツカレー」が大人気になり、そこから火がついて日本風のカレーライスは世界中で爆発的な人気者になりました。


 ロンドンといえばインド料理店が多く、歴史的にもインドと関わりが深い土地ですが、完全なニューカマーとして日本のカレーが受け入れられました。


 この時、一番の牽引役になったのはカツカレー、つまり PANKO をまぶした揚げ物をトッピングした超ジャンクなカレーライスです。


 日本料理といえば「ヘルシー」で、ちょっとお高く止まった食べ物というイメージだったと聞きますが、ガツンとヘビーなカツカレーはジャンクフードを愛する若者を中心に受け入れられ、今では人気は留まるところを知りません。


 イスラム教徒の多いイギリスにおいてカツカレーのカツはチキンカツが一般的です。

 しかし日本でかつカレーといえば、ほぼ間違いなくトンカツを指し、チキンカツの場合は「チキンカツカレー」と別表記になります。

 今では世界中で人気のカツカレーですが、それでもチキンカツカレーは日本人にとっては「トンカツよりはちょっとヘルシー」なイメージだったりします。


 - とんかつのレシピはこちら

 - とんかつについての記事はこちら



# 日本のカレーのバリエーション


 こうして常にイギリスとの関係がある日本のカレーですが、日本にはもっと驚くほどのスタイルやバリエーションがあります。

 その一つ一つを取り上げるのは現実的ではありませんが、最後に代表的なスタイルである「スープカレー」についてだけ紹介しておきましょう。


 スープカレーとは、だし文化である日本で発展した完全に新しいスタイルのカレーです。

 1990年代に北海道で産まれたそれは、ほとんど(あるいは全く)とろみが付いていないスープ状のもので、スプーンに乗せたご飯をスープに浸しながら食べるのが一般的です。


 ラーメンと同じようにお店ごとのスープの個性を楽しむ、これまでにないスタイルのカレーはじわじわとファンが増えており、近い将来ラーメンのような世界に誇るメニューになっているかもしれません。


 筆者個人としては「インド料理と日本料理の融合したカレー」と感じます。

 これまで日本のカレーライスといえばイギリスのカレーの影響が強かったのですが、ここに来て本場インド料理の DNA が全面に出てきたように思います。


 もし機会があれば、ぜひ一度お試しください。

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