第23話 神様らしくなった神様

「あれー?ジョンソンくんは?」


 ひとりシロツメクサを食んでいた私は、びっくりして振り返った。


「なんだ、神様か」


「なんだとは、なんですか」


 動物愛護の神が、和服の袖をひらめかし、腕を組む。


「私、頑張ってレベルアップしたんですから」


 言われてみれば、髪の毛が長くなっている。前は肩までだったのに、腰まで伸びていた。


「大先輩たちに怒られ過ぎて、さすがにこたえて修行をしてきたんです」


 よく見たら、顔つきも大人っぽくなっている。神のレベルアップは、見た目の成長に現れるのだな。


「それで、何をしに来たんだ?」


「良いお知らせを持ってきたの!」


 神が指を振ると、どこからかドラムロールが聞こえる。


「これがレベルアップした私の能力よ!」


 神が腕を突き上げると、シンバルと共に紙吹雪がふわっと舞い上がった。


「あなたは、人間に生まれ変わることが決定しました!!!!!!!」


 仰々しく前振りしといて紙吹雪だけかよ、というツッコミを置き去りに、神が高らかに宣言した。


「なんだ、急に……」


「修行の成果で、生命の神様に訊かなくても、自分で見えるようになったんです。あなたの徳、人間に生まれ変わるに値します!」


 神が拍手をする。

 ……いや勘違いじゃないか?


「私は何もしていない」


「そうね。でも実はすごいことしてるの。だってすごいことあったでしょ、自覚あるくらいのこと!」


 神様は口を鯉のようにパクパク動かす。眉を上げ下げしてこっちをうかがってくる顔が、ちょっとウザい。


「恋を叶えるとかなんとかってこと?」


「ピンポンピンポンピンポン!!!!」


 パフパフパフ、とまた出所が不明の音が聞こえる。


「飼われているうさぎは、年中発情期。でもあなたとジョンソンが出会って、そういうカンジにはならなかったでしょ?そこに秘密があるんです」


 言われてみれば……。


 不思議なことだが、うさぎの本能に対する認識はあるのに、まったく自覚がなかった。


「あなたは前世が人間なのにうさぎに生まれ変わったイレギュラーだから、不思議な力が備わっていたんです」


「ほうほう」


「その能力とはっ……」


 しつこくドラムロールを始めようとするので、「スッと言ってくれ」と制止する。


「もう。ノリ悪いんだからあ」


 と口をとがらせる。こういうところは成長してないな……。


「その能力とはですね、存在するはずだった発情期を恋パウダーに変え、周囲に振りまくってことなんです」


 斜め上をいくファンタジックさに、私は閉口した。


「あなたの性別はメス。ジョンソンはオスです。きちんと成熟してましたから、出会えばかわいいベイビーが産まれたはずでした……。でも、あなたの力で、発情期は恋パウダーに変身!あなたたちに出会う人間の恋が叶っていったのは、あなたの恋パウダーのおかげだったんです」


「その、恋パウダーを作ったことが、私の徳だってことか?」


「そっちじゃないわ。孤独な人々の間を繋げ、幸福をもたらした功績よ。恋パウダーをつくるのはあなたの能力だけど、ジョンソンと出会わなければ発動しなかったものです。だから、ジョンソンも人間に生まれ変われるように取り計らっている最中よ」


「ぜひ、伝えてやってくれ」


 喜ぶ顔が目に浮かぶ。


「ええ。様子を見がてら、行ってくるわ。あなたと違って反応が良いから、楽しみよ」


「一言余計だぞ」


「めんごめんご」


 と相変わらずの古臭さで、ペロッと舌を出した。


「で、あなたは、人を食べたらもう二度と人間には生まれ変われないって話があったじゃない。今回の徳でそれがプラマイゼロになったわ。大抵の罪なら全部帳消し!だから安心して人間を食べなさい」


 神は、めちゃくちゃスッキリした顔をしていた。そりゃ、私に人食いの能力を与えることによって、前世の罪を繰り返させるというミスを犯したんだもんな。キレイさっぱりなかったことにできたのだから、まあ大したものである。


「ちゃ~んと修行したから、こんなこともできるようになった私。どう?ビジュアルも上がったし」


 くるりと回って見せる。装身具が清らかな音を立てた。長い髪の毛が、街灯の下で弧を描く。


「綺麗になったな」


「キャー!ありがと!」


 投げキッスをしてくる。3Ⅾみたいに、ハートが宙に浮かんだ。


 無駄な演出を量産するな。


「それじゃね!ジョンソンくんにはあなたのこと、ちゃんと伝えておくから。また来るね~」


 シャラン、という音と共に、神が身を翻す。宙に姿が消えると同時に、金銀の粉がキラキラと舞った。


 神様の去った公園は、静寂が濃くなったような気がした。


 私は本当に、元ご主人様を食べていいのだ。


 鼓動が速くなり、胸が破けそうになる。


 あの家にいた時間は、お互いにとって安らかなものだった。元ご主人様が仕事に行っている間、私は寝ていて、帰ってくるときがちょうど目覚めのときだった。疲れた笑みを浮かべて、私をかわいがってくれた。その時間が何よりの癒しだとも、言ってくれていたのに。


 どうして私を捨てたのだろう。


 確かに抱いている憎しみの先には、悲しみがあった。


 もっと一緒にいたかったのに。離れる理由なんてなかったのに。


 闇が、いつもより深く感じる。落ち着かず、公園内を跳ねてまわる。


 思えば、この公園でたくさんの人に出会ってきた。


 登校できない女の子や、運命の出会いを果たしたサラリーマン。恋するギャルが、噂の発端だったな。うさぎ大好き少年が、恋する2人の間に入ってくれたっけ。


 そういえば、遊んでくれた浪人生は今どうしているのだろう。最近見ないが、若者が集まってきたせいで近寄りにくくなってしまったのだろうか。


 妖怪とも話をした。私がただのうさぎでないことを見抜いていたが、それが発情期を恋パウダーに変えるなんてみょうちきりんな力だってことは、知っていたのだろうか。


 唯一、ライオンに変身してしまいそうになった、腹立たしい子供もいたな。ジョンソンを引き取りたいという話をしていたが、ぼやぼやしている間に別の所へ行ってしまったぞ。


 そう、私の知らない所へ……。


 私は、暗闇の中で立ち尽くす。


 1人になった今、私がやるべきことなんて、分かりきっていた。


 覚悟を決めて、やり遂げるしかない。


 自分が望んだことなのだから。

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