第21話 うさぎに集う若者たち
「うさぎちゃーん!私たちの恋を叶えてくれー!」
「ちょ、恥ずかしいからやめてよぉ!」
「だって見つからないじゃん!」
「呼んだって、うさぎには分からないって」
「うさぎ様うさぎ様、お願いします。私の恋を叶えてくださいませ」
「世界観が昔話なのよ。はりきって数珠持ってくるのも意味わかんないしさ」
「でもおぬしも噂につられてきたんでしょ?」
「そ、そうだけど……」
「数珠、もう1つあるけども」
「……」
「うわ女子ばっかり」
「ここでナンパもありじゃね?」
「お前由衣ちゃんがいいって言ってただろ」
「でもあの子の方が可愛いかも」
「おい」
「うさぎってほんとにこの辺にいるのー?」
「全然見つからないね」
「小さいのかな?」
「こういうサイズらしいよ」
「え、これ誰が撮った写真?」
「拾い画だよ」
「今日もっすか……」
ジョンソンが目をしばしばさせる。
ここ1週間、本当に人が増えた。
ただ公園がにぎわっているだけならともかく、私たちを目当てにくる人が増えたのだ。
なんでも、「恋を叶えてくれるうさぎがいる」という噂が広まっているらしい。勘の良いジョンソンが言ったことが、本当になったわけだ。
若者ばっかりで、本当にうるさい。
私たちはご飯を食べながら眠るほど、寝不足だった。
茂みの奥の植え込みに寝床を作って正解だった。西日がちょうどさえぎられるので、影になって見つけにくいようだ。
ただ、1回見つけられたら噂で広まってしまうだろうから、他の寝床候補に見当をつけておかなければならない。夜の内に探さねば。
「うさぎちゃーん!私たちを見捨てないでえーっ!」
さっきからうるさいな。覚えたぞ。ポニテのお前。
「だから、うさぎは臆病だから、大きい声を出すとダメなんだよ」
隣の、メガネをかけた子がカバンをあさる。
「きっとお腹を空かせてるから、これを見せたら来てくれるんじゃないかな」
メガネの子が取り出したのは、お待ちかねの……。
「に、にんじん!!!」
私たちは声をそろえて跳びあがった。
「どうする、ジョンソン」
「行くしかないっす」
「バレるぞ。大騒ぎになる」
「んでも、食べたくないっすか?」
「最近、食事が睡眠タイムになっちゃってるからな」
「僕、食べたくてしょうがないっす……」
ジョンソンが、フラフラと茂みから出る。
「は、早まるな!」
声かけも空しく、ジョンソンは脱兎のごとく茂みから駆け出る。
瞬間、恐ろしいほどの歓声が上がって、人の群れが押し寄せてきた。
「ぎ、ぎゃあああああああ!!!!!」
ジョンソンはめちゃくちゃに逃げ回る。私はハラハラと見守った。なにせ、人間の数が多い。おまけに野次馬も集まってきて、現場はちょっとした芸能人が現れたかのようになっていた。
「ジョンソン!うまく隠れるんだ!」
「やだっす怖いっす助けてください!なむなむだぶつ、なむなむだぶつ!」
すっかりパニックになっているぞ。私の声も、届いてないだろう。
ジョンソンが、人垣の向こうに行ってしまう。私も私で、頭が真っ白になっていた。どうしたら良いのか、全くわからない。もし間違えて、人に踏まれてしまったらどうしよう。遊具にぶつかってしまったら。最悪の事態がフラッシュのように次々と浮かぶ。
どれくらい、時が経っただろう。
日の傾きを見ると、たぶんほんの少しだ。
ただ、嫌な時間というのは、びっくりするほど長く感じるものだった。
お願いだ。ジョンソン。無事でいてくれ……。
私は祈るように、目をぎゅっと瞑った。
「いなくなっちゃったねー」
「どこ行ったんだろ」
「でも、見れたから、私たちの恋叶っちゃうかも」
「わ、写真撮れてた。見て!」
「まじか!送って」
「お、俺もいい?」
私は、そっと目を開けた。
人が、だんだんと引いていく。
野次馬も若者たちも、全員帰ったようだ。いつもの公園が戻ってくる。
でも、ジョンソンがいない。
太陽が、ゆっくりと沈んでいく。カラスの声が、せわしなく響き渡る。
ジョンソンを探しに行きたくてたまらないが、私は動くことができなかった。
おまけに、人間がこっちに歩いてくる音がする。私は耳を塞ぐように縮こまった。下手に動いたら、見つかる。また騒ぎになったら、どうしよう……。
「先輩!」
足音が来ている方と、声が聞こえてきた方が、一致した。
私は思わず顔を上げる。
歩いてくる人を見て、体が氷漬けになったみたいに固まった。
目の上で切りそろえた前髪。長い睫毛にふちどられた瞳。枝のように細い手足。
暗がりでも、分かる。
元ご主人様だった。
さっきまで冷たかった体が、カッと熱くなる。今思えば、聞きなれた足音だった。なぜ気づかなかったのだろう。どうしてご主人様がジョンソンを抱いているんだ。ご主人様は何をしに来たんだろう。うさぎの噂を聞きつけて見にきたのだろうか。もしかして、私のことを拾いに来た?
ご主人様は――。
違う。
もうご主人様じゃない。
あれは、私を捨てた人間だ。
かちり、と、どこからともなくスイッチの音がする。
目の前が真っ赤になる。鼓膜が破れるほど、鼓動が強くなる。体をじんじんと締めつける血管が膨張して、体が大きくなるような錯覚を覚える。
ああ、私は、ライオンになろうとしている。
元ご主人様を食べるために。
「……い、せんぱい、先輩!」
ジョンソンの声に、ハッと視界が戻る。
「大丈夫っすかあ?すごい顔してましたが」
「……」
全然、大丈夫じゃなかった。
「私、今……」
ジョンソンの無事を安堵したいのに、それを超えるようなショックで声をかけられなかった。
「首につけてる飾り、ちょっと光ってますよ」
言われてみれば、神様にもらったシロツメクサの首輪が熱くなっていた。
「もしかして、人を食べようと、してたんですか」
いつもの勘の良い発言に、私は長い溜息をついた。
強張っていた体から力が抜けて、いくぶん落ち着く。
私は、小さく頷いた。
「あの人……元ご主人様だった」
「ええ!そうなんっすね。すごいお世話になりましたよ!追いかけられてる僕を抱えて、騒ぎが収まるまで隠れててくれたんっす」
「そういう、ことだったのか……」
なんとなく気まずい空気が流れる。
「優しい人っすね」
「私を捨てた人間だと思ったら、憎しみが、止まらなくなって」
「まあ気持ちは分かりますよ。でも先輩。食べたら、人間に生まれ変われなくなっちゃいますよ」
と、強い声で言う。
「今日みたいなことがあると、やっぱ人間がいいなって思いますね!こーんなに小さい動物を、無邪気に追いかけられるご身分なんですから!」
ジョンソンがフンと鼻を鳴らす。
生まれ変わりの話を思い出して、一度は落ち着いた私の頭が、ごっちゃごちゃになってきた。
誰を食べようか、と吟味していたころが懐かしい。
私は最初から、元ご主人様が食べたかったのだ。
人間が憎いんじゃない。あの人が憎い。
今度はもう、止められないかもしれない。
「先輩……」
「ご飯、食べるか」
心配そうなジョンソンに、私は空元気で言った。
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