16



 カーテンを閉め切った暗い部屋に呼び鈴の音が響く。

 居留守を使おうと思った。どうせ定期購入や宗教の勧誘だろう。もし本当に大事な用のある相手が訪ねてきていたとしたら、事前に何か連絡を寄越してくるはずだ。

 まぁ今は、ほとんどの相手からの連絡を絶っているが。

 布団の中で早川は、早くチャイムが鳴り終わるように念じた。

 しかしそれは一向に鳴りやまない。

「………………?」

 いつになく執拗な勧誘である。早川は布団を頭から被った。

「こんにちはー!」

 ついに玄関の向こうの人物は声を上げ始めた。女児のような声だった。そんな知り合いはいない。部屋を間違えているのだろうか。

 早川はさすがに布団から抜け出て、玄関へ向かう。

 重くなった身体では、布団から玄関までの道のりすら長く感じられた。

「……どちらさま?」

 鍵は開けず、ドア越しに呼びかける。

「あれっ、間違えたかなぁ~……えっと、友達の部屋に遊びに行きたいんですけど、部屋が分からなくなってしまってぇ~。佐藤ちゃんの部屋はどこでしょう?」

 女児は困った様子でドア前に往生しているようだった。

面倒な来客もあったものである。

「……分かった、いま開けるから……」

 しかし迷っている子供相手にドア越しにあれこれ言うのも薄情に思えるし、家の前で幼女に話しかけられ続けるというのも近所からの目に関わる問題なので、仕方なく対応することにした。

 早川はドアを押し開ける。数日振りの日光が目に刺さる。

「……あれ」

 ドアの外には、予期していたような子供がいなかった。

 それどころか、誰の姿もない。

「………………?」

 早川が混乱していると、

「やぁ早川。こんにちは」

 ドア脇からひょっこりと、得体のしれない女が現れた。

「っ……!」

 謎の人物の出現に、早川が焦ってドアを閉めようとする。しかし何者かが、細長い何かを鋭く差し出してきたので、ドアはそれを挟んでしまい閉まらなくなる。

 よく見ると、謎の女の脇にはもう一人の女がいた。もう一人の方が細い枝のようなものをドアに噛ませていた。

「逃げないでよ。大家さんから竹箒を借りてきて正解だった」

 大きい方の女がマスクを上げつつ言う。

「そして棒術に長けたお友達もね」

「こんなことをするために剣道を習ってるんじゃないんですけど……」

 箒を挟んでできた僅かな隙間に手をかけ、大きい方の女がドアをこじ開けてくる。

「ひぃっ……だ、誰だお前ら!」

「今だよ、突撃!」

 女がそう合図したかと思えば、今度はドアの裏に隠れていた男二人が飛び出し、ドアを完全にこじ開け、室内に突入してきた。

 その二人は、早川にとって馴染みの相手だった。

「鳴村! 木霊! ど、どうして⁉」

 動揺する早川などお構いなしに、鳴村と木霊は室内を漁りまわる。

「神使さん、洗面所にありました! 大量の風邪薬!」

「頭痛薬から解熱剤から、ちょ、どんだけあんだよ!」

「ばっ、お前ら、それは……!」

 予想通り、大量の市販薬が出てきたようだ。

 早川は困惑から一転、重罪が発覚した罪人のように真っ青になっている。汗だくになって、若干震えていた。

 玄関に立っていた猫背はそれを見かねて、立ち尽くしている早川のもとへと寄る。

「別に犯罪ってわけじゃないんだし、そう気を落としなさんな。大事になる前で良かった。さ、お医者様に相談だよ、早川」

 早川はなお不安の残る目つきで猫背を見上げる。

「さ、さっきの声の主は、あんただったのか」

 女児らしい人影は無い。猫背の演技に早川はまんまと釣られたのだ。

「鼻詰まりなもんでね。なかなか良い演技だったでしょ?」

「猫背さんの女児声、鳥肌ものでした」

「それってどういう意味……っくしょ」

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