15
*
「最後に早川と連絡を取ったのはいつ⁉」
猫背はFeelin’ Blueの部室の扉を勢いよく押し開けた。やはり部室でドラムを叩いていた鳴村がピタリと止まる。
「えっと、神使さん、でしたっけ」
「一週間と一日ぶりだね。あれから早川とは連絡を取った?」
猫背はマスクを顎に下げつつ問う。
「い、いえ、特には」
鳴村は突然の来客に困惑しているようだった。
「たしかバンドメンバーはもう一人いたよね。その人と早川はどうだろう」
「いや~木霊の方からも、特にそういう話は聞いてないっすね。っつーか、なんでそんな必死なんすか」
猫背はドラムセットにずかずかと近づくと、譜面台に開かれていた楽譜をバッと取り上げた。
「ちょっと」
「『OrDinary OverDose』。代表曲だね」
猫背は楽譜を畳み、鳴村に突き出す。
「単刀直入聞くけど、早川がオーバードーズをしてるとか、そういう話は今まであった?」
「おっ、ODっすか?」
突拍子のない発言に、鳴村は目を白黒させる。
「実は先週、彼の家の近くで彼自身を見かけたんだけどね、すっごい不健康そうな見た目になってたの。顔色悪いし、内臓もいわしてそうな感じで」
「いやぁ~、それだけでODとは断定できないんじゃないっすか?」
「ゴミ袋から風邪薬のパッケージも見つけたし、薬局で薬を買う早川も見かけたよ」
鳴村は突如現れた情報を必死に整理するように顎に手を当てる。
猫背はごちゃついた室内を見回した。いつしかのライブで撮ったであろう集合写真などが貼ってある。金髪の早川も当然映っていた。ピースをしている。
「会わなくなる前の早川に、兆候とかあったかな。例えば……バンドがうまくいかないとか、彼女と別れたとか」
「さぁ、特には……そりゃ一緒に飲みに行くこともあったりしたけど、プライベートの全部を共有してたわけじゃないんで」
まぁ実際、ODの動機にはあまり興味が無かったのでよいのだが。
「……神使さん、でもその、早川がそういうことをしてるっていうのは、こう、確実なことなんですか? まさか、今のが証拠の全てだってんじゃないでしょうね。それだけで決めるのは……」
鳴村はおずおずと、それでいて確かな疑念を猫背に向けてくる。猫背はパンツのポケットに手を突っ込む。
「君、Twitterくらいやってるよね。@riv_ss〇〇〇〇で検索してみ」
「riv……? ちょ、もっかいお願いします」
鳴村が検索する前に、猫背は自分の携帯の画面を鳴村に突き出した。
「これ見て」
そこには、あるアカウントからの投稿があった。
文言はシンプルだ。『キメます。』その四文字だけ。
そして添付された画像は、薄暗い部屋で、市販の風邪薬の箱にピースを掲げた者の写真だった。
ピースサインの中指には銀色のリングが通されている。
「早川が薬を買った日の深夜に投稿されていたものだよ。薬の品種も同じ」
「あっ、この指輪! 早川がいつも付けてるやつ!」
「やっぱり、こいつは早川なんだね」
アカウントに鍵を掛けないとは、ネットリテラシーの欠けていることだ。
原因は知らないが、早川は何らかの要因でオーバードーズを始めた。しかしそれをバンドメンバーには伝えていなかった。咎められると思ったのだろうか。
こっそりと行ってバレていないうちはよかったのだが、件の副作用によりバンドの演奏に支障が出るほどになってしまった。
それでメンバーや、演奏を聴いた誰かに問い詰められることを恐れて、学校に来なくなってしまったのだろう。
「あの、神使さん、分かったってことは、今から早川の家まで行くんすよね……?」
鳴村は遠慮がちに尋ねる。
「うん」
「じゃあ俺がわざわざ早川のもとへ行かなくても……」
「……何?」
猫背は横目で鳴村を睨む。鳴村の肩がわずかに跳ねた。
「女の子一人で男の部屋に入るのはリスキーだよ」
「でも、皆で押しかけて、もしなんかの勘違いだったら……」
鳴村は言いづらそうに、しかし目を逸らさずに言う。
「勘違いだったら私が恥をかくだけなんだから良いじゃないか。本当に恐ろしいのは、事態が深刻だったときだよ」
鳴村はペダルを見つめる。染められた前髪が垂れた。
「……なんであいつの面倒を、俺が見なきゃいけないんすか。あんな、俺たちを裏切ったあいつを。薬で苦しんでたらそりゃ気の毒っすけど、俺があいつを救う義理なんて無いっすよ」
「……呆れた。私がいつ、義理で動けと言ったよ」
猫背は息を吐くと、ずんと一歩踏み出した。パーソナルスペースを大いに侵食され、鳴村は若干仰け反る。身動ぎで、シンバルがシャリと揺れた。
猫背は腰に手を当て、前かがみになって鳴村に迫る。
「友達だから助けろって言ってんじゃなくて、人が死にそうだから助けろって言ってんの。君、もしこのまま二度と早川に会えなくなったとして、その事実を抱えたまま百歳まで生きる覚悟あんの?」
「………………!」
「……分かったなら木霊にも電話して、二人で早川の家まで行きな。取り越し苦労かもしんないけど、それで済むのが一番なんだから」
鳴村は携帯を取り出し、電話をかける。数回のコールの内に、相手は出たようだ。鳴村は一言二言を交わすと、頷いて電話を切る
「木霊と現地集合になりました。でも、俺らが凸って、あいつ家から出てくるかな……」
確かに、バンドの演奏を全てバックレて音信不通となった相手である。それもオーバードーズの発覚を恐れてのことだろう。早川としてはバンドメンバーに合わせる顔などあったものではないはずだ。鳴村の不安ももっともである。
しかし猫背はそんなことはお構いなしといった風に、フッと笑う。
「そこは任せなさい。策ならあるから」
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