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動画タイトルは猫背の大学名と「新歓ライブ Feelin’ Blue」というもの。
曲はバンドの代表曲たる『OrDinary OverDose』だった。
「♪~~~……」
荒々しい前奏から、曲が始まる。猫背と累は口を挟まずに鑑賞した。
四分半ほどの演奏が終わる。
「……下手だったね」
「……そうですね。音痴でした」
それが早川の歌唱だった。バンドを始めたばかりの素人なら納得できるレベルであり、歴戦のグループの曲には思えないといった感じである。
「他人のミスを責めるのは気が退けますけど、ちょっと他の曲との完成度が違いますね」
「う~ん……同じ曲の上手なバージョンが上がってるからね。差も顕著だ」
猫背は腕を組んで動画を眺める。
歌が急に下手になる。そりゃ歌っているのが人間なので、日によって上手い下手はあるだろう。しかし、こうもガックリと質が落ちるものだろうか?
そもそも、歌が下手になるというのは何が起きているのか。何が要因でそのような変化が起こるのか?
早川は何か身体に不調でも抱えていたのだろうか。しかし歌が下手になる症状など聞いたことがない。
猫背がボーっと考え込んでいると、
「……猫背さん、音楽とか詳しくなさそうですよね」
「おっ、そう見えるかい?」
「なんとなく、雰囲気で」
累は猫背に対し、それなりに失礼なことを口走った。
猫背はそんな累に向けてにやっと笑うと立ち上がり、身を翻して雑多な物が積まれた山を漁り始めた。累は不思議そうにその様を眺める。
「舐めてもらっちゃ困る。これでも楽器できるんだよ、私は」
猫背はガサゴソと山に手を突っ込み、何かを引きずり出した。
「じゃんっ」
その手に握られていたのは。
「……オカリナ?」
「たしか一年? のときに買ったんだ」
灰色のプラスチック製の、いわゆるオーソドックスなオカリナ。猫背は音孔を押さえると、オカリナの吹き口を咥える。
「見ててみ、いや、聴いててみ」
累は黙って聞く姿勢をとる。猫背はオカリナに息を吹き込んだ。
『♪~……』
「………………」
「………………」
なんとも言えない、微妙な旋律が部屋に響き渡った。
「なんか、「ぱょ~」みたいな音しましたけど、何の音ですか?」
「ドだよ」
「なんでドすらまともに吹けないのに自信満々?」
累が呆れたように首を傾げる。猫背も首を傾げてオカリナを見つめる。
「おかしいなぁ。おととしくらいはちゃんと音が鳴ったのに」
「大抵の人間は三年ぶりにやることを失敗すると思いますよ……っていうか」
累はオカリナを拭く猫背に迫る。
「いつ切り出そうかずっと考えてたんですけど、この部屋散らかりすぎじゃないです? 何でできたゴミ山からオカリナ取り出してんですか。先週に掃除したばっかりなんですけど」
「えぇ~まだそんなにだよ」
猫背は改めて自分の部屋を見まわす。確かに先週の金曜日に累と一緒に掃除したときよりは汚くなってしまったが、まだ掃除するほどではないと思っていた。むしろこれからが正念場というか、本番というか。
「まだ着る服に困ってもないし」
「普通の人間は着る服に困る前に洗濯をするんですよ。っていうか、なんで服が“片付ける対象”なんですか。普通脱いだ服は床にぶん投げとくものじゃないです」
累は胸ポケットから髪留めを取り出すと、長い黒髪を肩あたりの高さで縛った。
「掃除の時間ですね」
「えぇ~やだ~」
「私だって嫌ですよ!」
それから、累は猛烈に部屋の掃除をした。部屋主である猫背をビシバシ使いながら。
掃除が終わるころには、猫背のコーヒーは冷めきっていた。
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