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 累が食料を抱えて部屋に入ると、なんだか聞き慣れない音楽が鳴っていた。

「やぁ累ちゃん、こんにちは」

 テーブルの前に胡坐をかいていた猫背が顔を上げる。

「こんにちは……何ですかこの音楽、ロック?」

 制服姿の累はリビングのドアの前で一瞬立ち止まる。部屋には例のごとく、参考書や猫背が脱いだ服などが散らかっていた。累はそんなに綺麗ではない床のうち空いているスペースを探して、テーブルの対面に正座した。

 猫背はスマホの音量を少し下げる。

「これはFeelin’ Blueの曲だよ。あの子らYouTubeに自分たちの演奏を上げてた」

 累も猫背のスマホを覗き込む。Feelin’ Blueの公式チャンネルが、彼らの演奏を流していた。ライブハウスでのものや、学祭の公演もある。

「ちょっと待ってね。今コーヒー淹れるから」

「あ、ありがとうございます」

 猫背がインスタントコーヒーを用意する間、累は黙って演奏を聴いていた。むしろ一曲が終わると次の動画を再生してくれており、室内にBGMが途切れることはなかった。

 猫背がマグカップを二つ持って着席する。累はお辞儀をしてからカップを受け取った。

「普通に上手ですね。このバンド」

 コーヒーを一口飲んだ累が口を開く。

「っぽいよねぇ」

「確か、直近のライブでボーカルがヘマしたから解散の危機なんでしたっけ」

「いや解散とまでは言ってなかったけど、新しいボーカルを探してるみたいなことは言ってたね。ドラムの子が」

 しばし、流れている曲を聴いてみる。今流れているのは『OrDinary OverDose』という、バンドの代表曲のようだった。確かに他の曲よりも再生回数が多い。

 それでも百回程度だが。

 演奏が終わる。拍手の中で、バンドメンバーたちが決めポーズのようなものをしていた。

 猫背はさらに複数の曲を続けて再生した。当たり前だが、ひたすら早川が歌っている。歌唱するメンバーは彼だけなのだ。

「……聴いてて鳥肌が立つ曲ばかりだねぇ」

「? どういうことですか?」

 猫背は二の腕をさすると、思わず机に頬杖を突いた。

「サブカル大学生が好きそうなリリックばっかりで眩暈がしそうだよ……」

 猫背は画面をスクロールする。動画のコメント欄には歌詞が掲載されていた。

「それって具体的に、どんな歌詞なんでしょうか」

「鬱っぽいっていうか頽廃的っていうかね。道徳とかを信じないタイプの歌詞だよ。二言目にはセックス、薬物、自殺、セックス、オーバードーズ、セックス、セックス」

 累はマグカップを両手で持ったまま瞬きをしている。

「Feelin’ Blueもそれに漏れずって感じ。同じような曲ばかり、よく飽きないもんよ」

 猫背はマグカップの縁をなぞる。湯気で指が少し湿った。

「累ちゃんはちゃんとした音楽を聴きなね」

「はい……でも歌詞はともかく。このボーカルの人、声は綺麗ですね」

 動画ではボーカルの早川が軽やかにラスサビを歌い上げているところだった。

「こんなに上手な人が、新歓ライブでは音痴だったとのことですけど、信じられないというか」

 累はカップを置くと、パンと両の手のひらを合わせた。

「そうだ。その、問題の新歓ライブでの演奏はアップされてないんですか?」

「それがねぇ……なんとあるんだよ」

「あるんですか」

「今までは早川の歌声をインプットしてたんだ。さ、問題の下手な歌を聴いてみようじゃないか」

 猫背はチャンネルの最新動画をタップする。

「あ広告ないんですね」

「ふっふっふ、プレミアム」

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