6
事の発端は、四月の頭に行われた新歓イベントでのことだという。
Feelin’ Blueはそれなりに評判の良いバンドであり、ライブハウスでの演奏以外でも、校内のイベントでの演奏によるファンも多かったそうだ。
新入生に部活やサークルの紹介をする新歓イベントでは、軽音部の目玉企画だったという。
「そしたらあいつ、音程外しまくりで、もう演奏はめちゃくちゃでしたよ」
「ふぅん……」
しかし、その目玉企画は盛大に失敗したようだった。
空いている椅子に腰掛けて話を聞いてた猫背は、背中を丸めて頬杖を突いた。
「人気バンドなんでしょ? ってことは、普段は上手かったんだ」
「自分で言うのもアレっすけどね。でも新歓ライブはひどいもんでした」
「下手だったのは早川だけ?」
「はい。俺も木霊も、あの日は悪くないパフォーマンスだったと思います。ただ早川はなんかめっちゃ下手で」
鳴村は首を触りつつ言う。猫背は首を傾げた。
「う~ん、たとえ直近の演奏がダメだったとしても、ライブの予定を全部蹴っちゃうのはやりすぎなんじゃないの?」
「俺もそうは思いますよ。でも他にどうしようもなくなっちゃって」
鳴村はまた怒りを思い出したように語気を強める。
「来ないんすよ、早川のやつが! 練習に! それに俺とか木霊が連絡しても全然出てくれなくて。外にも出てないみたいだし、これじゃライブは休まざるを得ないっつーか」
「………………」
猫背は脳内で友人の顔を思い浮かべる。
どうすんだ。今回の件、なかなか面倒だぞ。
ガキのお守りをやってる場合じゃないんだけどな。
「練習に来ないって、ここに来てないってこと?」
「いやそれがライブの次の日から、大学にも来てないらしいっす。」
「えっと確認なんだけど、早川は生きてるの?」
「いっ、そりゃまぁ生きてますよ。知り合いの知り合いくらいとは連絡とってるみたいだし、ちょいちょい家から出ることもあるっぽいっす」
なるほど。少なくとも警察のお世話になることは無さそうだけれど。
「ただ部室には顔を出さないと」
「はい。もう何が何だか」
それは私の台詞だ。
ライブで失敗した後に、大学にも来なくなった? ミスしたショックで軽い鬱に入っているのだろうか。
「大失敗した新歓ライブの前に、早川に変わった様子とか無かったわけ? 早川が風邪引いて、喉いわしてたとか」
猫背はとりあえず思いついたことを質問してみる。
「いやぁ~特に風邪っぽい感じはしなかったっつーか、咳とかもしてなかったっすし。それに早川の歌は喉痛で声が出なかったっつーよりは、なんつーかな、こう……」
鳴村は言葉を探す。
「なんかこう、音程がめちゃくちゃだったんですよ。でも声は出てました。あれっすよ。カラオケで声は出てるけど音痴な人っていますよね。そんな感じっす」
「あ~……成程?」
カラオケに行く機会のない猫背には今一つピンとこない例えだったが。
確かに、不思議な話だ。実力ある人気バンドが、本番で急にガタガタになるなんて。
緊張していたのだろうか。いや、ライブハウスで何度も演奏しているようなバンドが、いまさら新入生相手に緊張するだろうか。
「う~ん………………」
「………………」
互いに黙り込んでしまう。
「………………」
「……一応言っときますけど、別に俺らが特に早川を叱ったとか、そういうことはしてないんすよ」
猫背が考え込んでいると、今度は鳴村の方から証言してくれる。
「木霊ともずっと相談してるんすよね……別に俺らは、早川が音外しまくってたことには怒ってません。人間だし、たまには下手な日もあるでしょ。でも」
鳴村はドラムセットの奥で手を組む
「一回ミスしただけで何も言わずにどっか行って、謝りもせずライブハウスへの連絡も全部俺ら任せで、それがどうかと思うんすよねぇ~……」
鳴村の憤りももっともだ。猫背は足を組みなおした。
「分かった分かった。バイトしてる友達のためにも、君らのためにも、早川が何を考えてるかを考えてみようじゃないか」
猫背の提案にしかし、鳴村はあまり乗り気ではなかった。
「いや、別に俺らの分は良いですけど……」
「はえっ?」
気合を入れてみたところで捜査の意気込みを否定され、猫背は伸びをした姿勢で固まる。
「なんでよ。早川に戻ってきてほしくないの」
「いや、どっちでも良いっつーか……」
鳴村は言いにくいことを口にするか迷っているように逡巡したが、やがて口を開いた。
「木霊と話し合って、新メンバーを迎えようかって話をしてるんすよ。早川が復帰したとして、今回みたいなトラブルがまた起こるのも面倒っすから」
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