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 あちこちから重低音が響いてくる。振動で、胃の中の水まで揺蕩ってしまいそうだ。

 猫背は数日振りに大学に登校した。三年生の後期までに卒業に必要な単位を集めきり、さらに興味のある授業もあらかた参加しつくしてしまったので、大学にはとんと用事が無かったのである。そして今は就職に向けた国家試験の勉強で家に籠りきりになっているので、ますます学校から足が遠のいていた。

 まぁ今日は土曜であるので、学業に勤しんでいた時期でも大学に用は無かっただろうが。

 猫背がいるのは構内でも外れの方にある、部室・サークル棟であった。ちょうど新歓の季節であり、休日であってもそれなりに賑わっている。若々しい子が多い。

 活気のある人だかりの中を、マスク姿の猫背がうろつく。マスク無しでの外出は自殺行為だ。

 ここらの区画は音楽系のサークルが多いので、アンプとやらから放たれる音が耳に痛かった。

「こんにちは~ギターどうですか?」

 勧誘も熱烈に行われている。

「あの、えっと、こんにちは~……?」

「……はい?」

 周囲を眺めていて気がつかなかった。いつのまにか新歓の客引きに捕まっていた。

「ギター、どうですか?」

「ごめん、私四年なんだ」

「あっ、さーせん」

 猫背が指を立てて「四」を示すと、客引きギターマンはとぼとぼと去っていく。

(私みたいなくたびれた新入生がいるかよ)

 彼も見る目が無い。こんなにヨレヨレな一年生がいたら心配になる。

 長居するとさらに新歓の客引きに捕まってしまいそうで、猫背は早々に目的の場所に行くことにした。

「エー、A102がFeelin’ Blueの部室ね……あった、ここだ」

 長屋のような構造の部室・サークル棟の一室である。屋外に面した扉には、テープで作られた角角とした文字で「Feelin’ Blue」という文字があった。窓ガラスには内外から様々なバンドのポスターが貼られており、内部の様子を窺うことはできない。

(うわー、青春サブカル全開って感じ。入りたくねぇ~)

 とは言っても、ここまで来て引き返すわけにもいかない。猫背は意を決して扉をノックした。返事が無いので、問答無用で押し開ける。

「っ、こんにちはー」

 扉を開けた途端、猛烈な音の奔流。己の細い声では太刀打ちできないと悟り、猫背は大声で挨拶をした。

「……いらっしゃい、新入生の子?」

 部室内は、ドラムセットに座っている男が一人いるだけだった。ピンクの頭。あれが鳴村だろう。鳴村は「スタタタッ・シャーン」みたいな感じで演奏を納めた後にスティックをしまった。来客があってもそれやるんだね。

「いや、私は四年の神使っていう者だよ。神使猫背」

「二年の鳴村っすけど、ね、猫背?」

「うん。ね、こ、ぜ。本名だよ。変な名前だよねぇ」

 猫背は部室を見回す。複数あるCDラックははちきれんばかりである。本棚にも漫画が限界まで詰められている。壁や天井にはバンドのポスターやレコードのジャケットが貼られており、総じて何もないスペースが無かった。忙しい印象を受ける部屋だ。

 累ちゃんからしてみれば、私の部屋もこう見えているのだろうか。

「君、土曜でも練習してるんだ。熱心だね」

「はぁ、ありがとうございます。まぁ練習しないと上手くならないんで」

 鳴村はとりあえず問いに答えつつも、怪訝な表情のままである。猫背はマスクを顎まで下げた。

「単刀直入に言うね。ライブハウスの予約を全部蹴ったんだって?」

「……なんで知ってるんすか。っつーか、あなたと俺らに何のつながりが?」

 鳴村困惑。そりゃそうだ。

「順を追って説明するね。私の友人に、あそこのライブハウスでバイトしてる子がいて———」


「あー納得っす。いやホント、あのハコの店長には申し訳ないと思ってるっす」

 猫背の話が終わると、鳴村は腕を組んでうんうんと唸った。

「Feelin’ Blueはさ、どうして出演できないの」

「それもこれも、早川が悪いんすよ! あいつ、もう全然練習に来なくなって!」

 鳴村は急に目を見開いて憤る。早川。このバンドのボーカルの名だ。

「……っあ、すみません。あなたに怒ってもしょうがないっすよね」

「いいのいいの、それより、その早川の話を知りたいな」

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