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 事の発端は数日前、猫背が大学の友達と一緒に猫カフェに遊びに行ったときのことだった。

「なんかバ先のライブハウスがさぁ、予約がスカスカで困ってるんだよね」

 友人が猫じゃらしを振りながら言う。

「スカスカ。お客さんがいないの?」

「いや違くて、いないのは演者の方なんだって」

 テーブルによじ登ってくるキジトラをあやしつつ、友人が溜息を吐く。

「演者ってつまり、そのライブハウスで演りたいっていうバンドが全然いないってこと?」

「そう。常連のバンドがいっぱいシフトを入れてたんだけど、急に全部ドタキャンしちゃってさ。店長もホント困っててー」

 友人は空いている方の手でスマホを弄り、なにやら画面を見せてくる。

 SNSのアカウントだった。

「これ。Feelin’ Blueってバンドなんだけどさ。大学生バンド」

「いや聞いても分からんて。私バンドは分からんし」

「猫背ちゃんの大学のバンドなのよ」

 猫背がアメショを撫でる手が、ピタリと止まる。

「……まさか、調べろって?」

「まさかぁ。猫背ちゃんにそんな行動力があるとは思ってないよ」

「言ってくれんじゃんおう」

「でもでも、Feelin’ Blueのウワサくらいはあるとうれしいかな~って。私もいろんなところに話聞きに行ったりしたいけど、どうも毎日実験があって忙しくて。ホラ、猫背ちゃんは今ヒマでしょ?」

「試験勉強に追われてるから大学に行ってないだけで、暇じゃあないんだけど……」

 とはいえ、来年には院進を控えた彼女よりは忙しくないはずだ。

 猫背は猫の顎下を撫でつつ記憶を掘り起こす。しかし部活やサークルに所属しておらず、そもそも大学にも滅多に登校しない猫背は何も手がかりを持っていなかった。

「ごめん。何にもない。でもその話は頭に入れておくわ。次大学に行くときは調べてみる」

「ありがとー☆ このままバ先が閑古鳥だと私の収入なくなっちゃうから、頼んだ!」



「……っていうことがあってね。今そのバンドについて調べ中なんだ」

 食卓の上にその紙を広げ、猫背は説明した。紙の中央の円には大きな文字で「Feelin’ Blue」と書かれている。

 累も少しは興味を惹かれたようで、紙を覗き込む。

「ふ~ん……それで、何か分かったんですか?」

「基本的なことしか分かってないんだなこれが。Feelin’ Blueのメンバーは男三人。いずれも弊学の二年生。文学部の早川がVo、理学部の木霊がGt、経済学部の鳴村がDr」

 猫背は机上に携帯を取り出すと、SNSの画面を映した。

「公式Twitterもやってるんだね。写真もある」

 リングをはめた指でピースしてる金髪が早川、鼻ピの黒髪が木霊、ピンク髪のタンクトップが鳴村とのことだ。

「……この人たちが急にライブを休んだ理由を突き留めないといけないんですね。猫背さんのご友人のために」

「そう。それで、急遽明日に彼らの部室に行くことになってしまって。いやー行きたくない」

 猫背はようやくコーヒーを一口飲んだ。

「あちっ」

 そしてまた仰け反った。

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