第20話
入学式の日。屋上から飛び降りようとした。
理由はいじめにあっていたから、では無い。
それは要因の一つであって決してそれが全てではなかった。
それでは理由はなんなのかと聞かれたら、単純に辛かったんだと思う。
中学生の時、両親は離婚した。
原因も知らないまま父親に引き取られた。
親との関係が悪い訳ではない。
うちの父はいつも働いていて、二人暮しとなった今、家事はだいたいやらされている。けれど1人が好きな自分にとってそれは“ささいな問題”だった。
父は家に帰ってくると「今日も学費のために働いてきました」と言うような恩着せがましく言い放つのだ。「私だって高校に行きたい訳じゃない」とは思っても言ってしまえば怒鳴られ余計に機嫌を損なわせてしまうだけだと分かっていたため言えずにいた。
父は私に「こう生きて欲しい」というのを押し付けてくる節がある。昭和の人間と言うやつなのだろう。
女の子ならこうするべきだ。女の子なんだから家事はできた方がいい。そう言って興味もないピアノを習わされたり、家事全般は私がやるようになった。
けれどそれも我慢出来る程度のものだと考えている。
これまで親の前では召使いのように働き、何も言わない娘というのは親からしたらさぞ理想の子だろう。
中学校では同じ陸上部の先輩の告白を断った。
良い人ではあった。紳士に向き合って、面と向かって告白をしてくれた誠実な先輩。
それに対して私は陸上と勉強、家事など恋愛に現を抜かす暇は無かった。
そんな人と好きでもないのに付き合ってもいいのだろうか?と考えるとOKは出せなかった。
すると後日、どこからかあらぬ噂を流されるようになり、部内だけでなく学内で避けられるようになり居場所を失った。
小岩井さんはパパ活がどうとか、性病がやばいとか、金を払えば…など。
もっとレパートリーが無いのかと嘲笑うこと位しか私には出来なかった。嘲笑われているのは私なのに…。
主犯格はどうやらその妹の様で、兄と走る予定だった長距離のレギュラー枠を私に取られたのが気に食わないらしい。
顧問の先生に相談するも、「先生にチクったな!」と報復され悪化する一方。部活の退部届けを提出すると、「この理由では辞めさせられない」と断られたので、一刻も早く辞めたかった私は適当な理由を書いて部活はそのまま辞めた。
学校でもそのまま居場所をなくし一人孤独になるも意外と大したことはなく、それもまた“ささいな問題”となった。
主犯がその告白してきた先輩の妹だったと分かったのはその時だったが、そんなことは今更どうでもよかった。
親に相談も出来ず、家にすら居場所がなかった。私の唯一無二の居場所は放課後の西日の差す、四畳半の自室のみ。
些細な問題ばかりが積もり、部活をやめて何をすればいいの分からなくなった私は、ただ漠然と病み、ただ漠然と恐怖を感じる様になった。
そしてある日。
そんな蓄積された問題が、私の理性という精神の箱に圧力をかけた。
腸が煮えくり返るような感覚なんてものではなく、心臓が煮える自分を感じた。
慣用句の怒りを表す言葉とは違う。腹の奥底、溝内の奥から、熱が、感情が、涙や鼻水が、その日の夕食が、フツフツと胸の内からマグマのように込み上げてきた。
トイレの便座と向かい合っている時に分かった。
私に居場所なんて無いんだ。
死ぬしかないんだ。
吐いた吐瀉物をトイレの前に座り込みながら腕を伸ばして流す。
トイレの水面に写る自分と睨めっこをする。けれど逆光のせいか、自分の顔は真っ黒でどんな顔をしているのか分からなかった。
「ああ、せっかく親子丼作ったのに…。」
トイレの中でそう呟く。狭い個室の反響音が私に1人だと自覚させた。
その日から私は死について考えるようになった。
人が死んでは行けない理由?
誰かが悲しむから?
悲しむなら父だけ、私がいなくなって生活出来ずに不幸になって欲しい。
誰かに迷惑がかかるから?
死んだあとの迷惑なんて知ったことではない。
もし仮に虐めてきたヤツらや傍観していた奴らが責任問題で不幸になるならそれは報復だ。
死にたがってる今日は誰かが生きたかった明日なんだ?
生きたがる人と同じくらい死にたがる人もいるだろうに…。
いくら考えても答えは出ない。それでもやっぱり死ぬのは怖くって結局まだ生きてる。
ある日、人が恐怖に思うものの共通点を本で読んだ。
「分からないもの」「知らないもの」を人は恐怖に思うらしい。
なら今じゃないどこかに行ける死は、もしかしたらほんとに、永遠に寝てるだけかもしれない。死は救済かもしれない。意識がばったりと無くなるだけかもしれないし、もしかしたら生きる方が辛いのかもしれない。
無音になると考え事をしてしまうため、イヤホンをしてずっと音楽を聞いた。生きる為にこの世界から逃げてきた。
今まで嫌いじゃなかった勉強も辞めてしまった。生きる為に今を犠牲にする勉強は明日生きてるかも分からない自分にとっては無意味な物のような気がして、ある日から集中できなくなっていた。
毎日「死にたい。」「死のう。」「生きてる意味」なんて検索サイトで調べてみる。
きっと死ぬための勇気ときっかけが必要だったから探していたのだろう。
そして見つけた音楽が、もう少し生きてくれと言うから入学式までは生きてみることにした。
高校生になると多様性は無くなる。
自分に似た人ばかりになる。という言葉を鵜呑みにしたかったが、中高一貫の学校には関係が無いような気がした。
にもかかわらず、自分が高校を変えるということは出来なかった。
父親は私が高校でどんな扱いをされているのかを知る筈もない。唐突に違う高校に行きたいと言い出すことはきっと父は望まないし、理由を聞かれてもなんと答えればいいか思いつかなかった。
入学式当日。教室に入ると既にザワつくほどには周りは仲が良さそうで、「運命的な何かが私を変えてくれるかも」と思っていたが、そんなことはなさそうだった。
椅子に座り背もたれに体を預けて天井を見つめる。
「やっぱダメみたいやな…。」
しかし周りの生徒たちを遠巻きに見ていると、なにかと知らない生徒ばかり。きっと他の中学から来た人たちなのだろう。
そうだ。高校から入学してきた人となら仲良くできるかもしれない……!
虐めの主犯そうだったひとも同じクラスにはいないみたいだった。
そう思ったのもつかの間。
前の席で中学の頃の同級生が見ない顔の人に私の噂話をしているのが聞こえた。
ーー嗚呼、あぁあっ、アカン…。アカンかったんやな…。
入学式自体は保健室で過ごして放課後には屋上から飛び降りよう。
できるだけ見せつけるように。
わかりやすいように、トラウマになるように…。
夕焼けに照らされる自分の影。
自室に差し込む光とは全然異なり、「嗚呼、こんなに綺麗やったんやな」と1人でつぶやく。
こんな風景の中死ねるなら、私の人生は悪いものではなかったのだろうと思えた。
自分より高い場所に木も建物も無く、ただただ空が広い。
大きく息を吸うと春にもかかわらずまだ冷たい空気が肺を冷やし頭をクリアにしてくれる。
風が心地よい。
頭が冷えてなお自分の選択肢には自殺しかないと思えた。
辛かった、でもそれ以上の何か。その言葉だけでは足りない感情の正体が分からなかったことだけがこの世界の悔いだ。
小さく足音が聞こえた。
誰かが来てくれた。
「友達になろう」と言ってくれた。
真剣なのに時々垣間見えるアホらしさが面白くってつい笑ってしまいそうになる。
「これが運命か!」と思った。
寂しかったんだ。私は、
こうして彼と私の1年という契約が始まった。
それからは居場所のなかった私に彼は居場所をくれた。
笑って私を迎え入れてくれた。
もしかしたら下心で優しくしているのかもと思ったがそんなことどうでもよかった。ただただ寂しさを埋めてくれる誰かで良かった。
それから素直で嘘のつけない彼の性格や、生真面目でもたくさん私を笑わせようと尽くしてくれる姿を見て「誰でもよかった」から「彼で良かった」に変わって行った。
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