第19話
夏休み直前の定期テスト最終日。
すべてのテストが終わり次に来るのは月曜日からのテスト返却のみとなり、四日ほどの休みが与えられた。
そんな皆が心待ちにしていた放課後に、蓮は大空によって職員室へ呼び出されていた。
相変わらず畳張りで、クーラーだけは過剰に効いている部屋に招かれた蓮。
大空はそんな蓮の日々の仕打ちを見て、部屋に入り座るや否や、途端に声を荒げた。
「今日までだぞ。」
腕を組んで不機嫌そうにそういう大空は、いつかした「期限を決める期限」について言及した。
「わかってます……。体育祭くらいまで待ってくれませんか?」
「俺は待てる。いじめられるのは俺じゃないからな……。けど、耐えるのはお前たちなんだぞ?」
「……はい。」
「どういう考えなんだ……。」
「僕が陰キャだからいじめられるんだったら、僕が陽キャになればいいんです。」
大空は頭上に?を浮かばせるように首をかしげる。
「僕、頑張って目立ってでしゃばってみます。それでいい成績とって、文武両道を見せつけます。体育の授業とかも頑張ってみて、威厳って言うのを手に入れてみようと思います……。そしたら誰もいじめられない。」
「それ、意味があるのか……?」
大空は蓮の運動神経がおおよそ人並みであることを知っていた。けれど「だから無理だ。」というっているわけではない。
それを行って本当にいじめがなくなることになるのか、という疑問。
蓮自身も十中八九うまくいかないだろうと理解はしていた。
「結局はただの自己満です……。」
「それじゃあ……!」
「でも、やれる事をやりたいと思うんです。自分の力でできることをやって、やれることを増やしたいんだ……。これからもずっと……、」
――小岩井を守れるように……。
大空の言葉を遮り、蓮は敬語も忘れて言い放った。
生徒指導室は畳のせいか音は反響せず、完全なる静寂が部屋を包み込む。
2人は自身の意地とプライドをかけて睨み合う。
「……、虐められるのは辛いぞ……。」
「……知ってますよ、今も辛いですもん。」
「まだまだエスカレートしていくかもしれない、エスカレート仕切っていない今が潮時なのかもしれない……。」
「分かってます……。」
大空の瞳の奥からは真剣さが窺える。きっと本当に蓮のことを思って動いてくれているのだろう。しばらく見つめ合うと、大空はようやく折れた様で聞こえるように大きくため息をした。
「意地の悪いやつだ……。耐えられなくなってから泣きつくなよな……?」
「はい!」
「なんでそんなにうれしそうなんだよ。」
家に帰るとまだ午後3時。
蓮は久しぶりにノートを開いた。
ノートの表紙には「小岩井愛の生存戦略」と書かれている。
カーテンの隙間からノートに、チンダル現象を起こして光の筋が伸びている。
蓮は表紙の文字を大きく塗りつぶした。
「これからは僕ら二人の生存戦略だ……。」
翌週の月曜日。
二人は色んな種類のスポーツができるアミューズメントパークの入口で待ち合わせした。
――友達と遊びに行くなんてよく良く考えれば久しぶりだな……。最後に行ったのは……。
そう考え思い返してみるも、記憶にない。
中学時代は話しかけてくれた人は居たが、あの頃は自分も尖っていて煙たがっていたため遊んだ記憶が無い。
小学時代の後半なんて一人ぼっちだった記憶しかない。
――あれ?今回が初めてか!?
思わず集合時間なんて忘れてトイレに駆け込む蓮。
「大丈夫か?この格好……。」
いつも通りの少し長めの髪型に、速乾に優れた淡いベージュのフード付きトレーナー。動きやすいという理由で選んだ横にラインの入った黒いジャージ。
「わ!超普通じゃん……!いや、普通でよかった……。」
心配して見に来たからと言って特に服装が変わる訳でもないのにバカバカしい。
そんなことを考えながら集合場所である建物の入口に戻ると、ひときは目立つ少女がたっていた。
上下淡い水色のセットアップで、かといって目立つ色ではないジャージ。
――これ顔良くないと着られないだろ……。
立っているだけでかなり浮くその少女を見て近付くのに多少の罪悪感や周りへの後ろめたさを感じながら話しかけに行く。
「おっす……。ごめんトイレいってたわ。」
「ん?私も来たところやから大丈夫やで。」
「そのー、可愛らしい服装してると思います。」
「え?この格好……ガチ過ぎたかな?変……?」
「んや、大丈夫!かわいい、めっちゃ可愛い!」
そう言うとその少女ははにかんで「ジャージやで?」と言って笑う。
入場の列に並ぶ2人。
「ところで走る体力と他のスポーツの体力というものは違うものだと思うんやけど……」
気に食わないと言った顔で彼女はそう言いった。
「まぁまぁ、今回は小岩井に運動させるために来たんだ。」
「私に?なんで?」
「運動には不安な気分を軽減してくれる効果があるんだ。ちなみにがん予防にもなるんだぜ!」
「でた、植田の謎知識。」
そう言って小岩井に説明して見せたものの、蓮には他にもこのアミューズメントに来た理由があった。
それは今後体育で行うであろう種目の練習を少しでも先にしておきたかったのだ。
そつなく、程よく運動が良ければ「なんでもできる人」に一歩つながる。
その考えの下、蓮は張り切って券売機でフルタイムのコースを選んで入場する。思っていたよりは安かったがそれでも高校一年生の自分には高いと感じた。
入場して30分後。
「はぁはぁはぁはぁ……。」
最初は何の気なしにバスケから始めようって言ったのが間違えだった。
考えれば走って跳ねて、投げるなんてなかなかに全身を使うスポーツを最初にやるべきではないというのは明白なのだろう。
入場して一時間経たずに既に2人ともダウン。
休憩室の漫画コーナーで2人はドリンクバーのジュースを選びながら話をした。
「小岩井は中学の時何部だったん?」
「私は幽霊部員だった。植田は?」
「僕は剣道部……。」
お互いにアミューズメントなんて関係のない部活だったせいでこのが話題終了。
「なんでフリータイムにしたんや……、」
「ま、漫画読むため?」
蓮は小岩井に大きな溜め息をつかれた。
漫画のコーナーにはいくつか小さなソファがあり、汗が乾くのを待ってから並んで座った。
10分くらいすると、小岩井は「勿体ないから遊びに行かん?」と提案をする。
「も、もちろん……!」
次に向かったのはバスケなんて走って飛ぶのとは違い、バッティングセンターだった。
「小岩井は野球とか好きなのか?」
「んや、全然知らん。」
「僕は昔やってたぞ!……とは言っても小学生のときだったけど……。」
「まぁ見とけ!」と言って息巻いてバッターボックスに立つ。
バットを力いっぱい握って精一杯に振り抜くと、きちんと空振りをした。
その様子を見て小岩井は噴き出すように笑い、蓮は自分の顔が赤くなるのを感じた。
「いや!当てるだけならできるから!任せろ!」
振り返って彼女を見ると口元に手を当てて笑っていて、自分の顔が赤くなっているのが恥ずかしいからか、その可愛らしい仕草を見たからか自身でも分からなくなっていた。
次の二球目は野球を習っていた時によく言われていた、体の力を抜いて打つというのに挑戦してみる。
当時言われた時は小学校低学年ということもあり、言うことをあまり聞いていなかった記憶があった。
そのため、今でも「それやってどう変わるんだ?」という疑問が残る。とりあえず当時に言われた通りに構えて、当時に言われた通りに振り切る。
するときちんと時速100キロの玉が金属バットに当たり、金属バット特有の気持ちのいい音が鳴った。
「おお!当たると楽しいかも!?」
当たった嬉しさからテンションが上がって後ろを振り向くと、小岩井は蓮にカメラを向けていた。
とりあえず笑ってピースしてみせる。
「これ動画やで~……」
「動画かい!?」
恥ずかしい。思わず両手で顔を隠してしまったが、その様子を見て小岩井はケラケラと笑っている。
蓮は機械が投げる残りの8球は難なく当てることが出来、かっこいいところを見せられたと安堵する。
小岩井の番になり、蓮は仕返しとして自分もカメラを向けてみる。
2,3球しか当たらなかったが、振りかぶる度気恥しそうにヘラヘラ笑いながらピースを返してくれたのがのが可愛かった。
まだ入って2時間ほどしか経っていないにも関わらず、「また来たいな」なんて思ってしまった。
その後もバレーでひたすらラリーをしたり、エアホッケーやリズムゲームをやっているうちに疲れて漫画スペースに戻ってきてしまった二人。
「ソファーどこもいっぱいやな。」
小岩井が残念そうにそう話す。
蓮はどこかに座れる良いところはないかと周りを見渡すとカラオケスペースが空いていることに気が付く。
「カラオケ行くか!」
「うん。」
一般的なカラオケの部屋よりも一回り小さかった。1人用の小さなソファが2ずつ2組あるのと、小さい机がひとつ置いてあるだけ。
自分は何も考えずモニター近くの椅子に座る。
もう片方のソファに小岩井は座る。
意図せず密室に二人きりになってしまったこの状況へ少し小岩井に対して申し訳なく感じる。
向こうの様子を横目で覗うも、小岩井は意識していないようでソファに体を預けてだらしなく座っていた。その様子からは相当疲れていることが窺えた。
変に意識しているのが自分だけだと思うとなんとも言えない気持ちになる。
「小岩井、なにか歌う?それとも休憩するか?」
――休憩してる横で爆音で歌うのは申し訳ないしな……。
そう思っていると小岩井は持ってきたドリンクバーのメロンソーダが入ったコップを浴びるように逆さにして飲みほし、決心したように「歌う!」と目を輝かせて答えた。
――そ、そんなに歌うの好きなのか……?
「植田。先歌ってるからメロンソーダ取ってきて。」
と言われてコップを突き出された。
急なそのテンションに尻込みして部屋を出る蓮。
小岩井が言ったその小さなワガママに自分はつい嬉しくなってしまう。主張の少ない彼女が主張するというのはそれだけでなんだか嬉しかった。
部屋に戻ると間奏がなっていた。
今の高校生ならだれもが聞いたことあるような有名な曲。
フォールやビブラートなど沢山声は揺れてるのにとても堂々とした歌声。
綺麗な声だった。
いつもの小岩井からは想像のつかないはっきりした声は、恐らく発声が違うのだろうか?
歌っている最中はなんだか歌の邪魔をしてはいけない気がして手拍子をしなかったが、歌い終わる頃には自然と拍手していた。
プロの歌を生で聞くとパワフルだと言うが「こういうことか!」と納得出来るほどには、歌が上手い。というかもはや別の人だ。
「植田もなんか入れた?」
「あ、いや、まだ!」
このレベルの後に歌うのはなんだか恥ずかしかったが、歌わない方が悪いと感じ直ぐに思いつく国民的な男性アイドルの曲を入れて歌う。
歌いながら多少自分が下手で申し訳なくなってきたが、相手がうまいのが悪いと割り切って歌いきる。
最初はお互いポップな曲を歌っていたが、どこからが流れが変わりバラード系に変わってきた。
1時間歌う頃には小岩井は眠ってしまっていた。
――あと三十分部屋借りてるし寝かしとくか……。
まだ入ってから三、四時間程しか入っていなかったにもかかわらず疲れ果ててしまった彼女を見て、今日が人生初の友達との遊びであることを思い出す。
ソファで横たわる彼女は口を半開きにしてパクパクを口を動かしていた。
可愛らしいと思って触れようと思ったが、その瞬間小岩井とキスしたあの日の事を思い出した。
自分の唇を人差し指で触ってみる。
――僕たちは付き合ってるのだろうか……?
キスまでしたのなら一般的には付き合っているのかもしれない。しかし、状況が状況だった。
きっと彼女から見た自分はそれほどまでに危うい存在だったのだろう。
――あれが僕を元気づけるためにやったことだとしたら……。
そんなマイナスなことばかり考えてしまう。いつの間にか眉間にしわが寄っていた。
いつの間にか自分も寝てしまっていたようで、カラオケルームの五分前の電話で二人は起きた。
「……ーーん!これからどうしよ……?」
わざとらしく伸びをする彼女。
「このまま運動に戻ったら怪我しそうだし目覚ましに漫画のところ戻るか……。」
そうしてカラオケを出ると、予定通りしばらく漫画コーナーに入り浸り、お互いの好きなマンガを交換して過ごした。
なんだかんだで多くの時間を漫画コーナーですごしながら、フリータイムの時間を2、3時間ほど残してアミューズメントパークを出ることにした。
昼の二時頃。
まだ日は高く、夕方を知らせる気配すら感じさせない晴天だった。
「小岩井……、またいつか来ような?」
「まぁ、でも次は3時間コースでええな。」
「それは僕もそう思った。」
そのまま一階にあるフードコートで二人はうどんを啜る。
「小岩井はなんでそんなに歌がうまいんだ?」
「ん?」
口いっぱいに入れたうどんを噛みながら返事をする小岩井。
「歌だよ。歌。めっちゃうまかったじゃん……。」
「ん~、むはいまめみめまままめ!」
小岩井は口元を手で隠しながら返事をする。
「んあ?なんて?」
そう聞き返すと残りわずかだったうどんを啜り呑み込んでから返事をした。
「昔から歌手に憧れて真似してたんよね!」
「学ぶは真似ぶ……ね……。」
二人のデートは日が沈むまで続いた。
夕方六時を少し回るころ。空は紫が濃くなっていく。
小岩井を自宅まで送った蓮は手を振って家へ入ろうとする小岩井を呼び止めた。
「な、なぁ小岩井!」
「ん?」
いつもの相変わらずそっけない返事。
蓮は持っていたカバンの中から小さな紙袋を取り出した。
それは茶色い紙袋。
「……!」
それに気が付いた小岩井は駆け足で蓮のもとまで近づいた。
瞳孔が開いていて、蓮が爆弾でも持っているかのような表情で歩み寄ってくる小岩井は、蓮が差し出す紙袋の手前までやってくると子供を抱えるように優しく両手で受け取った。
袋を開ける小岩井。
「そんな怖い顔しないでよ……。落ちてたの拾っただけなんだから。」
「……。」
中に入れていたのはいつか捨てられていた紙袋のキーホルダーだった。
彼女の表情は一気に力が抜けたようで、紙袋からそれを取り出すといつくしむように柔らかな笑みを作る。
小岩井は何も言わず頭を蓮の胸へ預ける。
蓮は予想以上の反応をする小岩井の背中に手を回していいのか葛藤しながら、恐る恐る両手を忍ばせた。
小岩井の長く艶やかな髪を撫でながら必死に自分の心臓を落ち着かせようとする蓮。
腕と胴体で感じる彼女はやっぱり小さくて女の子であることを再確認する。
ーー力強く抱きしめたら砕けそう
そう思いながらも蓮は我慢できずに力強く抱きしめた。
ようやく小岩井が口を開く。
「ありがとう」
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