第14話
「ごめん!弁当箱用意出来なくって……。今日弁当ないわ!」
そう言われたのは約束をした翌日の朝だった。
六月真っ只中ということもあり、空は相変わらずどんよりとして曇っている。
「まぁ一応お金もってきてたし大丈夫よ!」
珍しく焦った顔を見せる小岩井に落ち込む顔を見せまいと、そう言って笑ってみせた。
しかし笑いを返したのは意外にも小岩井ではなく、近くで話を聞いていた二人組の女性とだった。
「『大丈夫よ!』やってさ……!」
「くっ……ふふふ……、聞こえとるって……!」
女性とのうちの片方が仰々しい程にふざけて蓮の口調を真似した。
ここ最近こう言ったイジりが増えてきた気がする。
そう明確に意識し始めたのはここ二週間当たりだろうか。けれど、蓮は仕方の無いことだとかんがえていた。
関西に住む人にとってこの喋り方はさぞおかしいのだろう。中学時代も同じようにイジられた記憶がある。
前にも言ったように今は友達が新しくなる時期で、他人との共通点を無理にでも探したかったのだろう。
そうやって出来た新たな話題が「変わった喋り方をする生徒」というものだ。
無視して聞こえないふりをする蓮。
「んじゃ明日にでも買いに行こ。」
普通に話すと都度、過剰にイントネーションを真似てバカにする二人組。
「わかった!んじゃ明日の放課後やな!」
小岩井は聞こえていないのか聞こえないふりなのかは分からないような返事をする。
蓮は延々と真似されるのに耐えかねて二人に、馬鹿にされる恥ずかしさや憤りを感じさせないよう近付いた。
「どうしたの?僕の真似?」
蓮が尋ねると少女達は聞かれるのを待っていたように不遜な笑みを浮かべて
「別に植田くんの話してへんで!」
「そうそう!自意識過剰やわ!」
と言って頑なに認めなかった。
正直『自意識過剰』という言葉で憤慨しそうになったが、無駄だと思いそのままその場を後にする。
「なんやアイツら……なんか感じ悪いな…………。植田?」
「ん?なんでもないよ。大丈夫……。」
小岩井もさすがに気がついていた様だったが、これ以上何も言わない蓮に特に追求する事は無かった。
「小岩井……、やっぱ弁当箱買いに行くの今日行こうぜ。」
「ん?ええけど……。」
昼休み。購買競走を勝ち抜き蓮はすぐ教室に戻ってこれた。
教室では小岩井が先に使い古された淡い紺色の巾着から紺色の弁当箱を取り出して蓮が帰ってくるのを待っていた。
「小岩井、先食べてて良かったのに。」
「まぁこういうのは一緒に食べるのがええねん。それに一人で食べるのってなんだか恥ずいやん……。」
小岩井は自分で言って恥ずかしく思っているのか、耳を真っ赤にして目線がチラつかないようにただ一点を見つめていた。
――また助けられた……。
一度は蓮が対人関係の少なさから小岩井を避けてしまった時、仲直りの時もそうだが、彼女の勇気がなければきっと僕らの関係は終わっていただろう。
そして今回蓮は自分のクラスでの立場が一変してしまい、それでも近くにいてくれる小岩井は、蓮の心の支えになっていた。
「植田はどんな弁当箱がええん?」
「弁当箱かー、持ってないからなー。あんまり想像つかないや。強いて言うなら小岩井が使ってるやつなんて無難でかっこいいと思うけどな。」
それを聞いた彼女は眉毛を吊り上げて少し驚いた表情を見せる。
――最近小岩井の表情が一段と柔らかくなったような気がする。
「んじゃこれ使う?なら私の弁当箱買ってーや!」
「え……!いいのか!?でもそれ、思い入れとかあるんじゃ……。」
「別に捨てる訳やないし!それにコレお父さんのお下がりやから!」
「そか……、んじゃ小岩井の弁当箱買いに行くか!」
そうして蓮は食す機会の減るであろうチョココロネとメロンパンを味わうのだった。
相変わらずのクラスの女子数名によるイジりを無視して長かった一日が終わり放課後を迎えた。
ずっと雲がかっていた空もところどころオレンジが透けて見え、過ごしやすい天気となっていた。
彼女と二人で歩いていると、今日一日散々にイジられた自分も耐えきってよかったと思える。
学校から少し離れたショッピングモールにやってきた。
そこそこの大きさの店内にはオリジナルブランドの店以外にも多くの店が並んでおり、その内の一つの雑貨屋に入る。
「なんかオシャレな所に入っちゃったな……。」
「植田はあんまりこういうとこ来なさそうやもんな。」
「よく分かってんねー」
オシャレとは無縁そうという煽りだったかもしれないが、実際来ないのだから否定しようもない。
周りを見渡すと女性しかいないことに気がついて蓮は少しバツの悪いような居づらさを感じる。
前のめりに商品を検討する彼女の姿は甲斐甲斐しく、それでも持ってるバックを床に置くのは嫌そうで「カバンもとっか?」と声をかけた。
「ご苦労……!」
といって小岩井はカバンを渡す。
バックを持つと、重さとその輪郭から置き勉していないことがわかった。前まではペラペラで持っているだけのバックだったのがちゃんと役割を果たしていて少しだけ蓮は安心する。
ブレザー姿で今まで注視することが少なかったが、色んな棚に目移りする彼女の華奢で自分に比べて一段と小さな後姿を見て、改めて彼女が女性であることを認識した。
喜ぶ彼女の横顔。
まだ帰るつもりでもないのに『また来たいな』なんて心の中で呟いていた。
そんな遠い目をしている蓮に気がついたのか、小岩井は蓮に無茶ぶりをする。
「なぁ!植田が選んでや……!」
「うぇえ!?、ぼ、僕!?」
不意な無理難題に驚いてしまった。
「自分で使うのだろ?楽しそうに探してたじゃん!」
「んやんやー私じゃ種類多すぎて迷っちゃうから……!だからさ!植田がここでビシッ!と選んでや!」
相変わらず前のめりで煌めく視線を蓮に向ける小岩井。
蓮はあまりの眩しさに「これが弁当箱目線か……。」なんてふざけたことを考えながら小岩井にカバンを返した。
「女の子っぽいので頼むで!」
「女の子っぽいの……?そんな無理難題……。」
せめて何と何で悩んでいるのか教えて欲しいものだ。
――女の子っぽい……。と言えばピンク……。となると……。
「これ……、とか……、どうです?」
恐る恐る蓮は店内に並ぶ弁当箱のうちの一つを手に取り提案した。
「真っピンクやん!絶対それは無いって……!」
大爆笑の彼女に蓮は恥ずかしくなり俯いてから顔をあげられない。
ピンクの中でも子供らしい濃いピンクではなく、桜に牛乳を混ぜたような薄くて淡いピンクを選んだが、それでもセンスは無かったようだ。
「まぁでもおもろいしコレにするわ!」
文句を言いながらも嬉しそうに商品を手に取る彼女の姿を見て蓮は安堵した。
「弁当箱入れる袋はどれにする?」
「え?そっかそれも買うのか。」
「当たり前やん!」
蓮はピンクと黒はさすがに合わないと感じて、近くにあった水色の巾着を手に取った。
「へー水色が好きなんや。意外やな?」
「え?これ僕が使うのか?」
「当たり前やん!植田が買うねんから植田が使うねんで?」
「それじゃ……」
それじゃあ、違うの。と言いかけた。
「んや、これにするよ。」
「?」
蓮の行動を不思議に思う小岩井。
「こっち使ってる僕の方が面白いだろ?」
そう言い放つ蓮に小岩井は彼女らしい「んははは」と特徴的な笑い方をして見せた。
蓮は小岩井に選んだピンクの弁当箱を手に取りレジへ向かう。
――これ、買うのもなかなか恥ずかしいな……。
会計中、バーコードリーダーに商品が読み取られるのを横目に蓮はレジ前においてあるキーホルダーへ目が行った。
帰り道。
午後6時半の外は夏の差し掛かりということもあり日は少し伸びていたものの、紫色の空は夜が近いことを教えている。
流石に女生徒1人を遅くまで付き合わせたのに一人で帰らせることは蓮の中で是非と出来ず、家の近くまで送ることにした。
普段降りない駅で降り。普段歩かない道を歩く。
全く知らない場所なのに、彼女が約3年半通い続けた道だと思うと少しだけ親近感が湧いてくる。
「家見えてきたわ。植田、送ってくれてありがとう。」
「んや、こちらこそ今後ともよろしくお願いいたします。」
「なんでそんな他人行儀なん?」
彼女は口もとを隠してクスクスと笑う。
彼女に笑われるのは別に不快だとは思わなかった。
「あ、そうだ!小岩井……。コレ……。」
蓮はさっき弁当箱を買った雑貨屋で見かけたキーホルダーを小岩井に渡す。
紙袋に入ったそれを受け取った小岩井は「今開けてもええ?」と尋ね、蓮は無言でうなずいた。
少し頬を赤らめるその姿を見て、蓮は開封される前からすでに満足してしまう。
小岩井は丁寧に紙袋の口についたセロファンをはがして袋を開けた。
「って、なんでやねん!」
紙袋から出てきたのは同じ焦げ茶色の紙袋のキーホルダー。
蓮は我慢していた笑いをついに堪えることが出来ず噴き出してしまう。
「いや、ね……?ほんとに可愛いと思って買ったんだけどさ……!」
「いや、まぁ可愛いねんけどな!?紙袋から紙袋って……!」
そう言って怒ったようにツッコミを入れる彼女も耐えきれず笑いだしてしまう。
午後七時になるころ。流れでそのまま談笑していた二人だったが、小岩井が「夕飯を作らなきゃ!」と言い帰ることに。
「僕もそろそろ帰らないと……!」
母の帰る時間は大体9時頃だったため、時間を忘れて話していた蓮も夕飯をつくるため、急いで家に帰らなければならなかった。
「植田!今日はありがと!でも明日はちょっと私も弁当やないから、月曜日にまた作って持ってくわな!」
てっきり明日から弁当だと思い内心ウキウキしていた蓮は、落ち込んだ事がバレないよう「おう!」と元気に返事をして小岩井を見送った。
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