友情?・努力・勝利
第12話
五月も終わり六月になった時、気がついた。
この学校に入学して既に8ヶ月くらい経っていてもおかしくないような気すらしていたが、実際のところ入学してからまだ僅か二ヶ月しかたっていないということに。
六月と言えば長い雨の時期と、それによって同じように気分が落ちクラスの雰囲気が悪くなると言うのもこの時期の風物詩だ。
原因は恐らく雨だけではなく、入学してから二ヶ月ともなると「席が近いだけの友達」から「本当に仲良くできる友達」というのが分かるからだ。
そうなれば元々居たグループを抜け出して新しいグループを形成するという行為が始まり、置いて行かれた孤独感。
置いて行った罪悪感。
どこにも入れない疎外感。
そういった空気がクラス中に充満する。
朝一にもかかわらずクラスの皆疲れきったような顔をしているのを横目に関係の無いと思い切っている自分は相も変わらず小岩井と話していた。
「今日は江川君話しかけて来やんね……?」
頬杖をしてふと思いついたかのように言い出す彼女。
「んあ?ああ、昨日色々話してさ。今度陸上部の記録会でリベンジマッチすることになったんだよ。だからじゃね?」
時系列で言えばそれよりかなり前から話す機会は減っていたが、「そういう時期」と思い込むことにしていた。
「そんな勝てるわけないやん!?」
「まぁやってみないことには分かんないって!負けるつもりで挑むやつがいるもんか!」
「そんな少年漫画みたいな……!それに負けるつもりで挑む人もおるやろ。」
驚いた彼女は定位置だった頬杖の上の顔を少しだけ浮かして驚いている様子だった。
「んじゃ計算するけどさ?中学の時のマラソンで3キロ走らされた時のタイムが17分だったから、これを自分の最大値だと仮定してよ?一キロ当たりのタイムが五分半だから……。」
蓮はこの計算を口で言いながら蓮のタイムを思い出す。
小岩井も一緒になって一生懸命考えてくれていたが……。
「あれ?タイム足りなくね?」
「あかんやん……!」
「あの、今日からめっちゃ走ります。」
「昨日から頑張るべきやったな。」
くだらない話をしていると教室の扉がガラガラと音を立てて開いた。
教室に入って来た先生は大きな箱を持っていてそれを見た生徒は皆学校生活における重要イベントを思い出した。
そしてそれは蓮が完全に念頭になかったイベントだった。
「はーい。今日の一限は理科なので、その時間で席替えやっちゃうぞ~。」
蓮はつい頭を抱えてしまう。
表情がコロコロと変わる蓮を見て、小岩井は面白くなり思わず吹き出して笑ってしまう。
「何笑ってんだよ……!?」
「いや……、だって……!なんか植田可愛くって……!」
笑いを必死に堪えようとしながら言う彼女。
蓮は恥ずかしくなり赤くなる顔を背けて窓の外を見る。
「怒らんといてって……!また植田と近くなれるとええな!」
恥ずかしさと嬉しさと、何か甘い感情が複雑に入り混じるのを感じた蓮は「おう」と返事をするのが精一杯でしばらく前を向くことが出来なかった。
「それじゃこれから席替えのクジ配っていくから、番号引いたら黒板に書いてある番号に移動してくれ!」
そういうと先生は蓮の列の最前列から順に箱を持ってくじを渡してまわりだす。
前から五列目の蓮の順番はあっという間に来てしまう。
くじを引く瞬間。
少しの希望と、現状が変わってしまうという恐怖。これからの出会いに心躍らせながらくじを引き抜く。
小中学校のいつを振り返ってもこんなにも席替えで気持ちが揺さぶられることは無かっただろう。
――良い位置につけますように!優しい人が近くにいますように!小岩井と近い席でありますように!
引いたくじには2という文字。
黒板を見ると今小岩井が座っている席とおんなじ場所らしい。
ひとまず良い位置を取れたことに蓮は安堵した。しかし次は小岩井の番。
小岩井が良い結果でないのなら結局は良い場所とは言い切れない。
順番が来た小岩井はゆっくりとくじの箱に手を伸ばす。
――席が離れるのは嫌だ。もっと一緒に居たかった。
六月の友達が変わる時期など自分には関係がないと思っていたが、周りの生徒たちがこんな気持ちで日々を過ごしているのだと思うと鬱憤がたまることにも納得せざるを得ない。
蓮はくじを取り出した小岩井を見てすぐさま頭突きをするように机に突っ伏した。
その挙動に小岩井は驚き、「どないしたん?」と尋ねる。
「んや!なんか見てられなくて!」
小岩井は言っている意味が分からない様子だったが箱を持っていた先生は「なっはっは!」と独特な笑い方をしていた。
くじを引き終わった小岩井は特に番号については何も言わなかった。
自分も何となく離れてしまうことを察して黒板の座席表を眺める。
一番後ろの席。窓から2番目の2と書かれた座席。その両隣は片方が入学式から一度も来ていない生徒で、もう一人が9番の誰か。
小岩井の様子を見るも特になんともないといった表情で、自分が仰々しい反応をしているのだろうかと不安になる。
悲しんでもいない代わりに喜んでもいないその表情を見て、何となく違う席であることは理解できた。
いざ席替え実行の時。
隣に移動するだけだったのですぐに終わり、蓮は隣の生徒を待つ。
右隣には誰もいないことが確定していたので、もともと自分のいた席に誰がいるかによってこの学生生活における大切なひと月の青春が決まるといっても過言ではない。
蓮の二つ右の席に江川がやって来た。その前の席に座る小岩井。
江川は嬉しそうに前の席の小岩井に話しかけている。
最近知ったこのイラつきはどうやら嫉妬と言うらしい。
すごく自分勝手なことは分かっているが、友達の少ない蓮にとってほとんど唯一の存在である小岩井。蓮は小岩井にとっても自分が唯一の親友でありたいと思っていた。
――【注釈】これは恋ではありません……。
誰かが聞いているわけでもないのは分かっていたが心の中でそう否定する。
そして隣の席に来たのは内田莉央であった。
「そんなあからさまに嫌な顔せんといてや……。」
「ん、嗚呼、ごめん……なさい。」
「そんな素直に謝れる子やったっけ?」
「……。」
よく良く考えれば話すのはこれで二回目。
あの頃は確かに素直でなかった自負がある。
蓮は見たくないものを視界から避ける為に机へ突っ伏す。
「そこ小岩井さんの席やったやんな……?植田くんって好きな子のリコーダーとか舐めるタイプなん?」
「違う!」
蓮は勢いよく上体を起こしながら言う。
軽くため息をつく内田。
逆に知り合いの内田で良かったと自分に言い聞かせる蓮。
ふと小岩井の見ていた景色を知りたいと、何となく思った蓮は小岩井の良くしていた頬杖を真似てみて内田のいる席を眺める。
内田は蓮の奥を見ていたようでばったりと視線があってしまった。
なんだか蓮はすぐに視線を逸らすと負けた気がしてしまい、そのまま見つめ合う事を継続する。
「ねぇ、」
内田が睨み合いの静寂の中口を開き、蓮は一瞬戸惑いを見せながら「おう」と返事をした。
「小岩井さんの事、好きなん?」
「……。」
「素直は美徳やって良く大空先生も言っとるで?」
「……。まぁ、好きかは分からないけど……、僕……アイツくらいしか自信もって友達って言えない……。」
相変わらずお互いに視線は他に移らない。
「植田くんはズルする人の事どう思う?」
「なんだその抽象的な質問……」
「ええから答えてや?」
「ま、まぁズルの内容による。誰も不幸にならないずるならなんとも思わない……。」
再び睨み合いの静寂が訪れる。
不敵な笑みを浮かべる内田が何を企んでいるのか分からない。
睨み合いの時間は凡そ30秒程度だったにもかかわらず、とてつもなく長く感じた。
そんな冷戦の末、内田は小さく嘆息を漏らすと、「私行ってくるわ!」と言って席を立ち小岩井のもとへ向かう。
――まさかさっきの発言伝えに行くのか!?
そう思って止めに行こうと思ったが、彼女の行動の方がひと足早く、二人は既に教室を出て行ってしまっていた。
なんの話しをしてるんだろう。と不安になったが三十秒もすると二人とも教室に戻ってきた。
二人はすぐに荷物をまとめると、小岩井と内田は席を入れ替え始める。
「おいおい!二人とも!席の入れ替えは禁止だぞ!」
大空先生がそう言って注意をするが、悪びれもなく内田が「9と6を間違えただけです!」と言ったので大空もそれ以上は追求できなかった。
きっとこれを可能にしたのは彼女がこれまで優等生として過ごしてきたからだろう。
再び隣の席となった小岩井と目が合う。
窓際の彼女はいつもとは逆の手で頬杖をついていた。いつもと席が入れ替わったのだから当たり前だ。
それでもまた彼女がこちらを見てくれるのが嬉しくて、晴れてきた空と一緒並ぶ彼女がなんだか神々しくて、ひねくれている自分はやっぱり少しだけ情けなくなった。
蓮は授業中にクラスのグループチャットから内田へ、フレンド申請とお礼の一言を送った。
彼女からは大きな「?」が返ってきた。
――神様仏様内田様だよ、ホントに……。
今回の席替えはきっとクラスの雰囲気が少しだけ変わるものだと思った。
新たな友達を見つける機会であったり、これまでのしがらみから開放される機会であったり。
以前までの関係が永遠に続くわけがないように、これからの縁も同様にいつ終わるのかなんて分からない。
これまで席替えになんの思い入れもなかった蓮にとって、初めての胸の昂る席替え。
きっとこんな小さなイベントに先生が何かしら考えを持っているなんてことは無いのかもしれないが、蓮には発見がいっぱいだった。
「小岩井……。」
「ん?」
彼女はいつものように鼻から漏れだすような応答と眉毛と目線だけで返事をする。
僕は今が今しかないのなら、勇気なんて待ってられなかった。
「今度どっか遊びに行こ。」
「……。……うん。」
緊張のあまり彼女の顔は見れなかったが、その声音が喜んでくれていそうで良かったと蓮は安心した。
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