第6話
よくある少年漫画には、絶対にありえないものあるあると言うものが個人的にある。第一位はもちろん異世界転生だ。
その中でもナンバー伍位にありそうな展開第一位。
「これから入部試験を行う!」
蓮は入る気もない陸上部に、校舎から部室棟へと続く廊下で正座をさせられて、その入部試験とやらを課されていた。
漫画においてもそうだが、そもそもなんで試験を行うのか理解ができない。
恐らく意見として「強豪だから。」などが挙げられるが、練習についていけないようなものは劣等感から勝手に辞めていくだろう。
――いや、それなら辞める時に腹いせで爪痕を残すやつもいるからな……。
自分が練習についていけなかっただけにも関わらず、他にも理由があるように自分に言い訳をして、全てを他人のせいにして辞めていく人もいる。
そう思うとやはり強豪の部活動に限っては合理的なのかもしれない。けれど、そもそも部活側が新入部員を拒否するなんて聞いたことがない。
それに陸上部などという完全個人種目の集まりの部活ではないか。
さらに加えてこの学校の部活は全体的に強豪ではない。なんなら入学から一ヶ月と少したった今、新入部員は二人だけらしい。
――ここまで考えると逆に落ちてみたくなったな……。
「お、江川きたか!こいつのスペックを教えてくれ!」
「おっす先輩!」
日焼けをしたおそらく3年生の主将らしき生徒と蓮を置いてチームTシャツに着替えてきた江川。
江川は悪びれもなく蓮の話を始めたが、今このような状況になってるのは元はと言えばコイツのせいだったりする。
体力測定が終わったその日、江川は蓮に「お前足速いな!陸上部こいよ!」と言われ、江川のマシンガントークに陰キャの蓮は断る隙を突けず今に至る。
「そうか!蓮は朔より足が速いのか!それじゃあ合格やな!」
ガッハッハッと体育会系か大柄の海賊団の船長でしか使わないような笑い方をしてみせる主将に「いきなり呼び捨てか……。」と少し不快になる。
――といつか、こいつ50メートル7秒台だろ……。
「蓮!お前、入部試験受けに来たってことは体操服位は持ってきたんだろ!」
「い、一応持ってますけど……」
体力測定の後だった蓮が持っていない訳もなかった。試験を受けに来た訳では無いと伝えようとしたが、それを遮るように「着替えてこい!」と怒られて蓮は小走りで更衣室へと向かった。
既に疲れ果てている蓮のもとに江川が走ってやってきた。
「急にごめんな!試験するなんて聞いてなくってさ……!気まぐれな部長でさ……!ちゃんと体力測定の後だからって一緒に言いに行こう!」
「んや、いいよ軽く走る程度だろ……?」
「んやんや!あの先輩は……。」
江川が言いかけていた所に先輩がやってきて「着替え終わってるんやったらはよこい!」と怒られた。
入部もしていないのに主将面してくる先輩に多少のめんどくささを感じながら学校の校門までやってきた。
「え?なんで校門なんですか……?」
「あ?何を言ってんだ?蓮はシャトルランの成績が良かったから来たんだろ……?」
当たり前のように返事をする先輩に蓮は殴りたい気持ちを押し殺して「ちなみに距離は……?」と訊ねた。
「一周一キロだな。まぁ俺についてこればいいさ!」
シャトルランがあったことを知っている先輩には用意した言い訳も無駄だと思い、諦めてスタート位置へとついた蓮。
「Heyマネさん!」と、陽気に先輩はマネージャーを呼び出しストップウォッチを用意させた。
「んじゃ莉央ちゃん!5週走るから記録お願いね!江川!お前走れ!」
先輩は江川へくぎを刺す様に「手を抜いたら分かってんな?」と耳打ちをする。
それが聞こえていたのか、江川と共にそのマネージャーらしき女子生徒は「は、はい!」と緊張が伝わるような返事をする。恐らく新入生なのだろう。
――ってか僕はこれから5キロも走んの……?
小さく細いスタートの合図と同時にスタート音が小さくピッと鳴る。
よく良く考えればシン体力測定の時、江川は体力に自信があると言っていた。あの時は悲惨な結果だったから、どれくらい速いのか見るのはこれが初めてだ。
スタートと同時に駆け出す二人。始まってそうそうに少し置いていかれたものの、蓮は江川の背中をペースメーカーとして必死に追いかける。
結果だけ先に話すと大差だった。シャトルランを言い訳に出来ないほどだ。
2週目が終わる頃になると必死に食らいついていた蓮を江川は呆気なく引き剥がし、いつの間にか江川の背中は見えなくなっていた。
5週を走りきったタイムは30分と少し。江川との差は5分だった。
さっきまでシャトルランの結果が良くて浮かれていた自分が恥ずかしくなる。
――さっきまで僕……、江川に向かって「どれぐらい速いのか見るのは初めてだ……。」なんて思ってたのか!?こんな結果なのに……!?
ゴールすると皆が拍手で迎えてくれたが、蓮としてはそれどころでは無い。
「というか……、大空先生……、陸部だったんですか……。」
先生は返事をすることなく「おつかれぃ」とだけ言う。
「蓮君……。今回の合否やが……、なんと……」
膝に手を着き肩を上下させる蓮。その肩に手を置いて気にもならない結果発表をしだす先輩。
「ご……、」
「ご……?」
――もう合格の「ご」まで言ってもうてるやん……。
蓮にはそんなツッコミする余裕もなかった。
「うかくや……!合格……!おめでとう!」
また皆主将につられて拍手をする。
「まぁ一キロ六分と……、特別足が早いという訳では無いが、ビギナーが5キロ走りきるってだけで十分やな!」
「合否基準あったんですね……。」
主将はまたガハハと笑い、莉央と呼ばれていたマネージャーが一枚のプリントを持ってきた。
「はい。入部届けだ。」
「……。」
なかなか手を伸ばそうとしない蓮にマネージャーが戸惑う。
「莉央。蓮は疲れてるらしいから、そこにプリント置いといてくれ。」
先生が溜息交じりにそう言うと、近くに置いてあったベンチへプリントが置かれる。
これを受け取ってもいいのだろうか?
部活に入るのは嫌じゃない。せっかくできた友達と同じ部活に入れたら楽しいだろう。
「……先生。僕……陸上部には入りません……。」
マネージャー慌てふためき、先生はただ腕を組んで考え事をしていた。
――体力も出来てない一年が1キロ平均6分……。体力測定もあってこの結果なら……。体力がついてコンディションさえ完璧ならもっと……。
そんなことを考えていた大空先生は蓮に「入る気はないか?」と再度提案してみるも、蓮にとっては何を考えていたかなど知る由もない。
「…………。」
蓮は先生の真剣な眼差しを受け止めきれず、視線を避けてしまう。
「お、おい蓮。もしかして、俺に負けたから気落ちしちゃったか?」
心配に見せかけて半分煽りも混ぜた高等テクニックをかます江川。
「ま、まぁそうっちゃそうだ。」
こういう時はついつい天邪鬼スピリットで同意してしまう。しかし蓮にとっては逆張りでもなんでもなく本心であった。
「別に僕は陸上部に入るほど、特別走るのが好きなわけじゃないからな……。」
そう言い切ると心が少し軽くなったはずなのに、江川の顔を見てどこか胸にしこりが出来たように違和感があった。
結局蓮は陸上部には入らなかった。
そうして今日全ての学校イベントが終わる。蓮は教室のロッカーにカバンを忘れていたのを思い出しカバンを取りに戻ることにした。
午後16時半の廊下には夕日が差し込む。
窓からはテニス部の何を言っているのか分からない掛け声が聞こえてきた。
疲れきったライトは床の模様を見つめるように俯きながら歩く。
正直自分は夕方というのは好きではない。
なぜなら綺麗な夕日が無条件で、今日という物語をエンディングに連れて行っているようだったからだ。
人の居ない廊下はものすら少ない為か、やけに足音の反響が強く一人なのを強調する。
階段を上る足は酷く重く、教室のある二階に着くとまた息が上がりそうだった。
蓮は散々な言われようと、足を引きずってしまう程の疲労感に心から「部活なんてしてたまるか!」と誓った。
ガラガラと音を立てて教室の扉を開く。
窓際の列の一番後ろの座席。いつも座っている蓮の座席に黒髪の少女が座っていた。
夕日に照らされたその横顔を見て、思わず息を飲んでしまう。
「何してんの?小岩井……。」
「ん?、んえ!?なんでまだおるん!?」
小岩井も蓮がまだ学校にいるとは思っていなかった様で慌てて席を立ち上がる。
「んや、座ってていいよ。僕はバック忘れてただけ……。」
「あー、そっか、今日江川くんに連れてかれとったもんな……。」
蓮は「そうそう」と簡単な返事をしながら荷物をまとめて黒いリュックサックを背負う。
「帰るか?」
蓮は小岩井に訊ねた。彼女は少し考えた様子で「もうちょっと残ろうかな……。」と返事をした。
蓮は夕日を浴びる彼女を見て、彼女と出会った時のことを思い出した。
――入学式で飛び降りようとしたってことは、家庭環境に問題があるのか……?
長期休み明けには自殺率が高まるとよく聞くが、彼女の場合は高校という新生活だ。そんなタイミングで決行しようと考えるのは学校以外のところに問題があるのだろうか?
蓮はそう推察しながら、彼女を一人にしてはいけない気がして「それじゃ僕もちょっと残ろ。正直歩くのもキツイくらいだし……。」と、咄嗟に言い訳を作って一緒にいることにした。
「走ったの見てたでー、最後の方ヘロヘロやったな……。」
「うるせぇー!こちとらシン体力測定もあって疲れてたんだよ……!」
小悪魔のように笑う彼女に蓮は少し安心した。
「早かったやろ?」
「ん?あー、うん。なんか見られてたと思ったら恥ずいな……。ってかサックが足速いの知ってたの?」
「まぁ昔から有名やしな……。」
蓮は自分に『友達が少ないから』知らないだけだと思った。だからそういった噂話などを知らないのだと……。
そう考えた瞬間にひとつ矛盾が生まれた。
「お前も友達いないのによく知ってんな……?」
「まぁ、私中学もここやしな。」
ここに来て重要情報。
中学もこの学校ということは小岩井に友達がいない理由とかワンチャンこの学校内で聞けば、わかる可能性があるということだ。
――もっと早く教えてよ……。
とはいってもそれを知れたところで誰に話を聞けるのかという問題。
蓮は平然を装い小岩井の席に座り、顔を突っ伏して寝たフリをする。
お互いに何も喋らず、それでも気まずくはなく、心地の良い時間が流れる。
20分ほどが経ち、夕陽が沈み切る間際に彼女はようやく口を開いた。
教室は暗く、彼女の顔が上手く見えない。
「初めて会った時のこと思い出すな……。」
「んえ、ああ、そんなふうに言うけど、言っても先々月だな。あの時はもっと明るかったよな。」
「きっと屋上だったから明るかったんやろ……。」
蓮は「そっか……そうかもな」と、曖昧な返事をする。
「そういや小岩井は自殺志願者だったもんな……。今でも死にたくなるのか?」
デリカシーに欠けた質問だったと、発言した瞬間から後悔をする蓮は小さく「ごめん。」とつぶやいた。
暫く返事を待ってみたが、どうやら返答はなかったようで、蓮は自分のカバンを拾って鞄の中身を整理し始める。
すると高校一年生対象の全国統一模試の自己採点表が出てきた。
「そういや小岩井はテストどうだったんだ?」
机に頬杖を着いて外を眺めていた小岩井は、テストの話になると途端に項垂れて机に顔を押し付けるように埋める。
「アカンかったんよー!」
その様子に思わず蓮は噴き出すように笑ってしまう。
「何笑っとんねん!」
「いや!だって小岩井って勉強できそうじゃん!」
「出来んで悪かったな!?」
さっきまでの空気感とは裏腹についつい面白くなって笑いが止まらない蓮。そしてそれにつられるように笑いだしてしまう小岩井。
「んはは!んじゃ、僕が教えてやるよ勉強。」
ようやく笑いが収まる頃に蓮はそう言って提案する。
「いや、私も勉強出来ひん方ちゃうねんで?これでも中学二年生までは学年でもずっと一桁順位やったし!」
この中学は中学二年生までで大体の中学範囲を終わらせているため、恐らく全国的にも頭はいい方だったんだろう。
「でも今は僕の方が頭良いんだろ?」
「植田は何点やったん……?」
「いや、僕だけ見せるのはフェアじゃないだろう……。」
「それじゃ植田……。いっせーのーで!ってやろ?」
蓮は無言で突き出すように表を見せつける。自己採点表のため順位は書いていなかったが、蓮はどの科目も9割前後をとっており恐らく高順位であることが窺えた。
それに対して小岩井は国語や英語はとれていたが、数学や理科などが壊滅的だった。
科目から見るに本当に彼女は中学まで勉強していたのだろう。
「小岩井……、やっぱ中間も近いし一緒に勉強しようぜ……?」
「うん……。」
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