第5話
小岩井が身体測定に行っている間、蓮はまだ測定していなかった種目の測定に独りで回る。
江川は改めて見ているとクラスの陽キャのようだったので、声をかけるのは恐れ多く思った。きっとそう言った精神性が友達の少なさに繋がっているのだろう。
そもそも友達の定義とはなんだろうか?
実際にはお互いに「友達になろう!」なんて明確な定義付けが日々行われてい訳では無い。そう思うと曖昧で、正確な定義付けは難しい。
自分が思うにその『友達の定義』というのは相互の認識の問題にあるのだと思う。
というのもあからさまに仲のいい、SNSによくある付き合う前のカップル漫画を例にだそう。
あの関係値を恋人ではないにしろ友達と呼ぶのは簡単な事だ。けれど今日初めて話した人や、友達に紹介された友達など、ここら辺は友達と呼んでも良いのだろうか?どちらかと言うと友達と言うより顔見知りの方が近いだろう。
ではお互いに友達と思えば友達なのだろうか。
それはそうか。
「友達って思ったら友達か……。」
ということはお互いに友達だと認識した時に友達になるのだろう。
クラスメイト全員を友達という人もいるが、アイツは見た感じそういう奴だろう。
「ってことは友達じゃん……。」
シャトルラン以外の全ての種目を考え事をしながら淡々と済ませる。
全てが終わるとつかの間の自由時間のようだった。体育館の外へと繋がる扉の近くに座り込み、風を浴びて空を仰いだ。
――そういや、小岩井はなんで友達少ないんだろ……?
純粋に浮かんだ疑問。
逆になぜこれまでちゃんと調べなかったのが謎なくらいだ。
艶やかな長い黒髪に、鋭くも気だるげな目。身長も恐らく160程度で男子はみんな好きそうな気もする。
「やっぱ性格って大事なんだな……。」
謎のプライドの高さや、欠落したまでの素直さを思い出し物思いにふける蓮。
すると唐突に後頭部へ『パコン!』という音と共に痛みが訪れる。
反射的に後ろを振り返ると小岩井が居た。
「いったいなぁ!?何すんだよ……!?」
「さぁね……。知らんわボケ。」
そう言いながら隣に座る小岩井。
お互いに多少の疲れからか、特に話すことはなくただボーッと周りの様子を眺めていた。
気まずさも感じることが無く、きっと小岩井も同じ様な気持ちなんだろうと勝手に考えて横目に彼女の様子を伺う。
どうやらこの空間を平穏な空間と思っていたのは蓮だけのようで、小岩井は怪訝な様子であからさまに拗ねていた。
「んな、ど、どうしたんだよ……!?なんかしたか!?」
「はん!どうせ私は性格悪いですよ……!」
「……!?」
どうやら独り言になっていたようで、それを聞かれたらしい。
「いや、!?そ、それはー……。その、小岩井ってさ?友達居なじゃん?なんでかなーって!」
次は普通に傷付けてしまったようで刺々しかった態度が一変し、彼女はしおらしくなる。
「あー!違う違う!そうじゃなくって……、あのー、見た目とか美人じゃん……?」
背中を向ける小岩井だったが、背中越しに少しだけ反応したのが見えた。
――よし、この方向性で慰めていこう……!
「可愛くって美人なのにどうしてかなーって……思って……。」
猫耳か尻尾でも生えてるんじゃないかと思う程に後ろ姿からでも分かりやすい彼女は、どうやら機嫌が戻ったようで向けていた背中を元の方向へと戻してくれた。
「なんで友達いないんだろうなー……。」
どうやら最後に余計なことを言ってしまったようだ。返事のない彼女の様子を機嫌を窺うようにまた横目で見る。
彼女は落ち込みもせず、怒りもせず、鬱屈とした表情でただ遠くを眺めていた。
謝るのもおかしいと思い、蓮はただ無言で同じように遠くを眺める事にした。
しばらく時間が経つと、ようやくシャトルランが始まるようで、G組の出席番号前半のメンバーが先に、並び一斉に走り始めた。
そしてこういう場面で一番ウザイのが江川だった。
「うぇい!うぇい!いぇーーい!」
ホップステップジャンプと余裕そうな表情をして飛び跳ねながら走り始めた。
――あー!いるいる!シャトルランの最初の最初で暇だからってふざけるやつ!
例年なら「あー、なんかいるなー」というレベルで自分には関係なかったために無視をしていたのだが、今年に限っては違う。
「お前邪魔!!」
「うぇーい!そんな怒んなってばー!」
わざと蓮の周りで飛び跳ねる江川。そしてそれを割と真剣に嫌がる蓮。またそしてそれを横目に笑いを隠す小岩井。またまたそしてそれを見て嬉しがって余計鬱陶しくなる江川。
蓮にとっての負の悪循環がここには完成されていた。
徐々にスピードが上がってきた頃だった。
小岩井は飽きたようでもう笑っておらず、蓮はイライラが頂点に達しており、江川は辞めるタイミング見誤って辞めるにやめられなくなった頃。
他の生徒たちが真剣に走り始めた頃。
遂に疲れ果てた江川が自分の足に躓いて転んだ。目の前に倒れた江川を避けきれなかった蓮も彼を蹴飛ばすように躓いて江川へ覆い被さるようにして転んだ。
二人して急いで起き上がろうとしたため、蓮はもう一度バランスを崩して倒れてしまい、二人の測定はそこで終わってしまった。
腕を組んで遠巻きに見ていた体育兼、生徒指導の先生からも「そこ!何してんだ!」と怒られる始末。
――コイツほんとに殴り倒してやろうか……。
そう思い腸が煮えくり返るような心情で江川の方を見ると、既に落ち込んでいるようだった。
その様子を見た蓮は怒るに怒れず、「まぁ成績には関係ないから落ち込むな……。」と言って江川と自分自身を慰める事にした。
「サック、気持ちが上がっても、ラインは超えないようにな?」
「はい……。」
蓮は真剣に落ち込む江川の頭を一度強めに叩いて、「これで終わり!」とだけ言ってその場を離れるのだった。
体育館の中は応援と歓声で溢れており、蓮も負けじと小岩井のいる列まできて応援をする。
最初は叫ぶのが恥ずかしく、中途半端な声量で応援していた。けれど周りの声量に掻き消されてしまうため、蓮も声を荒らげて叫んで応援をする。
「小岩井ー!頑張れー!!」
ようやく彼女の耳まで届いたようで、彼女は右手でピースサインを作って折り返して行った。結果は76回と女子の中ではダントツの成績だった。
「小岩井!お前スゴすぎだろ!?」
「そんなことないって〜、植田も走ってたらこれくらい走ってたって〜!」
まるでこの反応を期待していたように締りのない顔で必死に喜びを隠そうとする小岩井。
――何だこの生き物、可愛いな……。
するとどこからか自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。声の主は先生の様だ。
「お前は次走れ!」
思わぬリベンジマッチの機会に蓮は先生に礼を言い、小岩井に「負けないからな!」とライバル宣言をした。
「おう!」
男勝りな返事をしてニッと、はにかんでみせる小岩井。蓮はそれに答えるようにして笑ってみせると小走りでスタートラインを目指す。
さっきとは違う状況のせいかスタートまでのアナウンスが前回よりも緊張を迫るように聞こえる。
既に動悸が速くなり、強く打ち付けられているように感じて走る前から疲れてしまいそうだった。
ゆっくりとしたペースで始まる音階から無慈悲さや冷酷さを感じて、一人で走るのが辛いだけじゃなく怖かった。
応援の声が聞こえるが、誰も自分に向けて応援していないことは分かっている。と卑屈になってしまう。
――足がまた縺れてしまいそうだ……。なんでこんなに弱いんだろう……。
脚が重いというより、靴がズンと重くなったように感じ、足を上手く動かせない。
落ち込む隙もないほどに心臓が高鳴り、思考が真っ白になる。
その時だった。
「アイボー!頑張れー!」
自分を応援する声が聞こえる。自分を呼んでくれる人がいた。
走っていた脳に酸素が入ったようで思考にかかるモヤが少し晴れたような気がした。
少しだけ早くなった音階に気が付き、急いで折り返す。するとさっき一緒にいた場所に小岩井はまだ座っていて、こちらをじっと見ていた。
目が合うと右手を高くあげて大きく振る少女。
それに恥ずかしくなって一瞬だけわかるように手を小さくあげた。
――素直じゃないのは僕の方だったかもな……。
そこからは音階のスピードについて行くのに必死だった。
結果は121回。
クラスで一番かは分からないが、一緒に走ったグループの中では一番だった。
ヘロヘロになりながら小岩井の元に戻ると、小岩井の足元で横たわる。
「やっぱ植田の方が凄いやん。流石はハイスペ。」
「はは。ハイスペって……何だよ……?」
息を切らしながら返事をする蓮に、なぜだか少し含みを持たせるような言い方で小岩井は返事をする。
「さっきそこの女子たちがそう話してたで?」
蓮は「そっか〜、」と小さく返事をして『やっぱ素直じゃないな……』なんて思った。
「小岩井のお陰だよ。あと僕の相棒の……。」
「アイボウ?」
小岩井は何の話か分からず、オウム返しで聞き返す。するとタイミングよくアイツが走ってやってきた。
「アイボー……!」
小岩井は誰のことか理解したようで「あーね」と鼻で笑いながら返事をする。
「そ……、僕の友達。」
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