第3話
この学校は中高一貫で、可笑しな行事が一年を通して何個かあったりする。
今現在こうしてポリ袋と、火ばさみを持っているのもその可笑しな行事の一環であり、決して自分から上下体操服でゴミ拾いをしたいと言い出したわけではない。
この行事の何が良くないかを一つずつ説明しよう。
まず一つ目、新入生同士の親交を深めるためという名目で行われるこの行事は、入学早々に行われるのにもかかわらず三人一組を各自で作れと言う。
そうなると次は自分たちの周りの人間をかき集めてグループが作成される。
ともなれば……だ。
前の席がインフルの後に交通事故で入院中の誰かで、横の席が友達のいない小岩井である現在。
角の席に座る生徒には選ぶ権利が無い。
ここまで長いこと時間をかけて説明したが、ここから二つ目。
一番の問題は『三人組が作りづらい』ということではない。三人組が出来なかったグループの三人目が誰になるのかという話だ。
隣のクラスと合同で行われるため、校庭には約70人の生徒が集まって体育座りをさせられていた。
蓮はその中でも前から六人目と中途半端な場所に位置しているにもかかわらず、ばっちりと担任の大空真先生と目があいウィンクをされた。
察しの良い人なら分かるだろう。というより学校内で比較的ボッチになりやすい人なら何度か体感したことがあるだろう。
「はーい!それじゃG組の皆さんはこちらでグループごとに分かれてー。」
まだ20代らしいその男性は身長が172センチとまるで平均を表すような人物だった。
少し釣り目の顔は特に特徴もなく、いうなれば普通。
教師らしくないまるで小学生が成長したかのような性格。かといってノリが特別悪いわけでもない。
三人一組の一人のメンバーがこんな生徒ならどれほどよかったか。
ただ唯一の欠点。
この人は先生だ。
「なんで僕たち、先生と一緒なんですか?」
「なんだー?嫌か?……こんなのでも何度か他の生徒に誘われたんだぞ?」
「誘われて参加するのと、余ったところに参加してるのじゃ意味が違いますよ……。」
小岩井はというと片方のひじを大事にもう片方の手で支えて俯いている。
喋る気はなさそうだ。
そんな様子の小岩井を見て先生は困ったように笑っていた。
そりゃ先生と三人ともなれば多少は気持ちが落ち込みはするだろうが、ここまで落ち込むとは思っていなかった。
――どんまいだ小岩井。僕たちに友達がいないのが悪い……。
仮に他の生徒となったら僕が小岩井のポジションに立っていた事だろう。そう思うと関係値の少ない他の生徒と一緒にならなくて良かったとも思える。
先生は明らかに気落ちした二人の様子を見て一度ため息をついて「さて、行くか……」と二人を連れ出すのだった。
小岩井は開始二十分で既に飽きた様子を見せる。
「あー、なんでボランティアなんてせなアカンのやろ……。」
「一日一善とか言うし、なんか良い事するとストレス値とか下がって精神衛生にいいらしいよ?」
「出た、植田の謎知識……。」と小岩井は気だるげにツッコミを入れて火バサミをカチカチ鳴らしながら歩いている。
「まぁ、やるんじゃなくてやらされてるこれは、校長先生が一人で気持ちよくなってるだけだと思うけどな……。」
眉を寄せて終始困り顔で会話を聞いていた先生だが、突然「いや、それは違うぞ?」と、口を開いた。
「今の校長は4年前に赴任したらしいから、開校以来やってるこの行事には関係ないぞ?」
先生の話を聞いて「んじゃ、この行事誰得だよ……。」と思ったのはきっと蓮だけではないだろう。
小岩井もそんな顔をしていた。
「そんな顔するなよ二人とも……!俺だって思ってんだ!」
その話を聞いて小岩井が何かを思いついたかのように眉を釣りあげて「んじゃ先生もサボりませんか?」と提案しだした。
――何を言ってるんだ?この子。
先生はその提案に片手で後頭部を掻きながら、ため息混じりに『ダメだ』と答えた。
「そんなこと教師側がしていいわけが無いだろ!」
小岩井は口を尖らせて拗ねたような顔をする。
――え?なに?ここ2人めっちゃ仲良いじゃん……!?
「はぁ、仕方ない……。クラスで一番ゴミを集めれたらジュースくらい奢ってあげるさ……」
小岩井は計画通りことが運んだようで一瞬不敵な笑みを浮かべると、それを隠すようにわざとらしくは無邪気に喜んでみせた。
先生と小岩井の関係性が上手く掴めず、困惑していると、先生は蓮の頭にポンと手を置いて「内緒だからな?」と囁いた。
――この先生、絶対彼女いそう……。
蓮は心の中で勝手にそう決めつけるのだった。
「よし、小岩井!まずはクラスで一番を取るぞ!」
そう蓮が意気込んでみせると先生は微笑み、小岩井は困惑しながら「お、おう。」と返事をした。
先生に彼女がいるのか問題は気になるが一旦置いておくとして、今一番重要なのは先生にジュースを奢ってもらえるということだ。
やはりバイトのしてない高校一年生からしたらジュースだって高価なものなのだ。
それに一度してしまったことは二度目になると抵抗は薄れるものだ。今回奢ってもらうことが出来れば今後の高校生活三年間で断続的に奢ってもらえる可能性がある。
「よし!それじゃあ先生!小岩井!効率良く三手に分かれましょう!」
「「なんでやねん。」」
小岩井はボケに笑ってくれたが、先生にはあまり通じなかったようだった。
――人間の距離感って難しい。どっかに参考書はないのかね……?
「なんのために火バサミと袋が三つ渡されてると思ってるんですか!?」
「分別のためだ!」
ダメだ。先生が全部真剣にツッコミを入れてくれるからついついボケたくなってしまう。
「それじゃあ植田君は缶で小岩井さんはタバコの吸殻とかほかの燃えるゴミお願い。先生はペットボトル集めるから。」
――ここで「タバコは効率悪いのでやめましょう!」とか言ったら次は怒られるんだろうな……。
蓮はそんな消化しきれないボケを心の内に秘めておくのだった。
いつだったか心理学の動画を探している時に、面白いエピソードトークよりも参加出来る会話の方が楽しく感じる。という傾向があることをしり、蓮は積極的に二人に会話を振りながらゴミを集めた。
蓮が遠くに見つけたゴミに駆け寄っていく隙を見て大空は小岩井に尋ねる。
「植田っていつもあんな感じなのか?」
「そうですねー。いっつもって言われても会ってからまだ2週間経ってないですから、中学のこととかはあんまり分からないですけど……。でもいつもああやって楽しそうですよ。」
「中学の成績表には『穏やかな性格で礼儀正しい子』って書いてあったんだが……。」
大空先生は後頭部を片手で掻きながら、「意外だなぁ」と、そう呟いた。
「せんせー!お金落ちてたんですけどどうしたらいいですか!」
遠くから蓮が大空を呼ぶ。
「いくらー?」
「五百円ですー!」
「そういうのは言わずに隠し持っとけば良いんだ!」
大声で返事を返す先生は会話が一段落するとため息混じりに肩を落とした。疲れていそうだったが、その顔は笑顔で先生自身楽しんでいるのだろうと小岩井は感じた。
「せんせー!」
「次はなんだー!」
「なんかネギ落ちてます!持って帰っていいですかー?」
「はぁ!?」
大空先生は小岩井に「ちょっと様子みてくる。」と言ってその場を離れ、小岩井はその場で小さな紙ゴミやタバコ、謎のカツラなど集めてゴミ袋に続々と入れていく。
――あんなんやのに植田も中学はボッチやったんやな……。
ふと植田の方を見ると、青ネギを片手に持った少年と声を出して笑っている担任の姿があった。
「ええなァ……。」
今の無邪気に笑うあんな少年の姿からは想像できない、中学時代の成績表。
あの評価を聞くに、中学時代は学校が好きではなかったのだろう。にもかかわらず今が全てと言えるほどに輝いて見える彼はどうやって変わることが出来たのだろう。
そう思うと自然と口から言葉が漏れていた。
授業二時間分に及ぶボランティアの時間が終わると、なんだかんだクラスの人達は自分たちの仲良しグループができたみたいだった。
蓮は若干の羨ましさを感じ、荷物を持ったままの蓮がその姿を眺めてしまう。すると小岩井が少し落ち込んだ様子をしているのに気が付いた。
「向こう行きたかったよな……?ごめんな?」
何かと思えば、そう言って謝り出す小岩井。
「ははは!馬鹿だなぁ!僕に友達がいるように見えたか!?」
「なんでそんな自信満々なん!?」
わざとらしくハキハキと笑って見せた蓮に小岩井はいつも通りの様子で安心したようだった。
「それに、お前も友達だからな……。あん中のヤツらとやってる事にはそう大差ないさ!」
「んはは!確かにそうやね……!」
放課後になる。電車内はそこそこ空いていて、2人は並んで座ることが出来た。
先生に貰ったビタミンCの含まれた炭酸ジュースを片手に蓮はウトウトして船を漕いでいた。
最寄り駅が近く、お互いに部活動に興味がなかった二人はどちらかが誘うなんてことはなく自然と一緒に帰るようになっていた。
リュックを抱いて眠りにつく蓮。
小岩井はそんな蓮を観察してみるが、蓮の目元がメガネで隠れていたためよく見えなかった。
蓮のほんの少しだけ開いている口元と力みも覇気も感じられない寝顔から、いつものひねくれた顔が嘘のようで、幼児のように無防備だった。
「まぁ、ちょっとは楽しかったわ。ありがとう。」
小岩井は蓮が聞こえていない事を知ってわざと蓮にだけ聞こえるような小声でそう言い放った。
電車が最寄り駅に近付いてきた。
2つほど手前の駅で、年配の女性がシルバーカーを押しながら車両の中に入ってくる。
いつもなら見えないふりをしていた小岩井だったが、今日はそんなことをしてはいけない気がして声をかけようと前のめりになる。
しかし、決心はしたものの勇気が出るかは別問題のようだった。少し背もたれから寄りかかるのをやめて、そのまま固まってしまう少女。
声をかけたいという気持ちは大いにある。
けれど足に力が入らない。
――ただ立ち上がって声をかけるだけなのに……。
そんなことも出来ない自分にとても情けなくなる。
すると途端に背中が軽く叩れる。
叩かれた方向を見ると蓮が起きていた。彼が急に立ち上がるので、小岩井も自然とつられるようにして立ち上がり、そのまま女性へと声をかけることが出来た。
「あの、席、どうぞ……。」
そう言うと女性は仰々しくお礼を言って席に座ってくれた。
「どう?一日一善。やっぱ気が楽なった?」
そんな小岩井の様子を見ていた蓮は『ほら、言っただろ?』といった自慢げな表情でこちらを見て尋ねてきた。
「わ、わからへん……。でもありがとう。」
「ありがとうじゃないでしょ。席譲ったのは僕じゃなくて小岩井だろ?」
話しているうちに最寄りに着いた蓮は黙り込む小岩井に「またなー」と別れの挨拶をして電車を出る。
譲るのは本当に立ち上がって声をかけただけで終わり、自分でも『何を怖がっていたのだろう?』と分からなくなってしまう程呆気なかった。
最寄りの駅について出発していく電車と同じ方向の改札に向かう。夕日に照らされる電車が見えなくなるまで、歩きながら眺めた。
年配の女性の反応を思い出す。
席を譲っただけなのに幸福感に似た充実感がある。学校のボランティアじゃこんな気持ちにはならなかった。
「やっぱ自分でやるのと、やらされるのは全然ちゃうや。」
そう呟いてみた。
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