第2話
早速メンタルケアや鬱などについていくつか調べ始めた。
そのうちの一つ、笑うこと。
最も気軽にできて、お金もかからない。
笑いヨガやラフターヨガとも言い、笑えば身も心も健康になるというものだ。
午後10時。
いつもなら寝ている時間に蓮は自室の机でノートを開き、眠気眼をこすりながら戦略を練り始めた。
――小岩井愛を笑わせる方法……。
「小岩井愛を笑わせる方法……。って、もう詰んでね...?」
周りの高校生に比べても一段と肌が綺麗で美人。
その美貌を代償に笑顔でも奪われたのでは無いのだろうか、と思うほどには笑うイメージがわかない。
――そんな彼女を高校生のトークスキルで笑わせられるはずがない……!
日付が変わる頃、蓮は一発ギャグを極めることにした。
その時はすでに深夜テンションで理論値は勤務時間外だったため仕事をしていなかった。
誰しもが思いつく「布団が吹っ飛んだ」から自分で思いついたもの、ネットで探し出したもの、ひたすらに探し回った。
ウェブの検索履歴に「一発ギャグ 一覧」や、「一発ギャグ 作り方」などで埋め尽くされているのは日本中探しても自分だけだろう。
「はっはっは!これは面白い”かもしれない”!」
朝日が登り朝8時頃に学校へ到着する。蓮は人の少ない教室で自分の席に座っていた。
夜なべして結局三時間しか寝られなかった。その成果に一発ギャグを大量に考えてきたのだが、しかし、ここで問題発生。
「普通に考えて恥ずかしくってろくに出来ないよなぁ...。」
3時間で覚醒しきれていない蓮の頭の中は目的を忘れ、一発ギャグはいつしか”しなくてはいけないもの”だと錯覚していた。
「どしたん?」
聞き覚えのある声が聞こえる。
「小岩井愛……。」
「ん、おはよ」
標的の彼女が普通に声をかけてきた。昨日知り合っただけの人物に普通に挨拶ができるなんて『小岩井愛って普通に喋れるんだな……。』なんて思ってると心を読んだかのように、
「私の事なんだと思ってるん?」
「え!?口に出てたか!?」
「アホ」
「す、すまん!」
小さく溜め息をついて小岩井愛は席に着いた。
――ど、どうする...!さすがに一発ギャグは出来ないし……。かといって何かオモシロエピソードがあるわけでもない……。やっぱり一発ギャグしかないのか……!?
机に両肘をついて眼鏡を光らせる蓮に小岩井愛も何か企んでいると警戒するのだった。
――やはり隈ができるほど考えたんだ!僕には一発ギャグしかない……!
一発ギャグを成功させる手順は主に二つらしい(ネット調べ。)
1、唐突にすると聞いてもらえなかったり聞き逃してしまい白けてしまう可能性があるため、始める前にはきちんと「一発ギャグをします」と宣言してからやりましょう!
「こ、小岩井愛……!」
「な、なに?そんなに改まって……。」
「い、い……、い~、」
「い?」
緊張する蓮につられて小岩井愛も改まってしまう。
「一応もう僕たちって友達だよな?」
「昨日あったばっかりやけど?」
胸元まで伸びた黒髪を恥ずかし気に触りながら小さく彼女はつぶやいた。
――チクショ――――!違う違う!そうじゃ、そうじゃなァい!
そのまま学校のチャイムがなり、ホームルームが始まってしまった。
こうして植田蓮は一つチャンスをみすみす逃すのだった。
入学式の翌日ということもあって高校からの入学組は相変わらず友達という友達ができている状況ではなかった。
そのおかげもあり、寝たふりをする蓮や小岩井愛も特にクラスで浮くなんてことはなかった。
昼休みの始まるチャイムが鳴る。
「な、なぁ小岩井愛さんよ……。」
「ん?」
「い、い~……。い」
「ま、また?」
関西弁で明らかに迷惑そうな様子を見せる小岩井愛。
「一緒に飯食わないか?」
小岩井はわざとらしくため息をついた。
「どうせお互い友達いなし、隣の席やん。」
「ま、まぁそうだよな。」
だめだった。
「と、とりあえず僕は購買勢の人間だからちょっと昇降口までパン買ってくる!」
一発ギャグの宣言もできず変なことを言ってしまったせいでなんだか気まずくなってしまい、蓮は小走りで教室をでた。
教室に出たあと、夜更かしのせいか何だか走る気力が湧かず、とぼとぼと歩いて昇降口まで向かう。
1年生の教室は昇降口から1番離れた場所にあったため、いざ到着する購買には何も置いていなかった。
「夜更かしは意味なかったし、おかげで昼飯は食べられそうにないし……。今日はうまくいかないなぁ」
自分の勇気のなさ、不甲斐なさを思い出すと蓮はなんだか立っているのもつらくなり、その場で不良座りをして大きなため息を漏らす。
「なにしとるん?」
後ろから歩いてきた小岩井愛が蓮に声をかける。
「あ~小岩井愛。なんかもう売切れちまったらしくってさ...。弁当じゃなかったのか?」
「忘れてきちゃってん……。」
「あーね。それは災難だったな。」
小岩井愛と蓮の二人が昇降口で話していると、担任の大空先生がやって来た。
「おー、二人とも何してるんだ?」
先生に購買が終わっていたことを話す。
「あ~、それなら正門でて坂下ったところにパン屋があるからそこに行っていいぞ?あそこなら近いし売切れたときは先生たちも買いに行ってるんだ。」
思わぬ収穫。
先生に言われた通り、二人はそのまま靴を履き替えて校門から出る。
「なんか学校に収容中なのに学校外に出られるって思うと、悪いことしてるみたいで、高揚感というかなんていうか……、なんかワクワクするな……!」
「植田君って黒ぶちメガネの陰キャやのに子供っぽいこと言うな?」
学校の外の景色に目を輝かせる蓮を、小岩井愛は怪訝な表情で見つめていた。
「見た目にそぐわなくって悪かったな!?」
パン屋の中は大体八畳くらいと狭かったが、高揚感、背徳感のおかげもありとても輝いている世界に見えた。
「そういえば朝から「イッ……、いっ!」ってなんやったん?」
「へ……!?」
何か言いたいことを言えずにいることが伝わったようで心配そうな表情をする小岩井愛。
――いや!『なんやったの?』って聞かれて言えるもんじゃないしな~。なにかごまかさないと!
そう思って話しながら必死に考える。
「小岩井愛さん。あのさ……、い……、いぃ、。今日一緒に帰ろう?」
咄嗟に出た代わりの言葉だった。
――あれ……?僕一発ギャグ言うよりもすごいこと言ってない!?
自分でも動揺する。
「べ、別にええけど……。言いたかったんそれ?」
「いや、まぁそ、そう!やっぱりお互いを知るところから始めないとなって!」
小岩井愛はその返事を疑わず「ふーん」と鼻を鳴らし、納得と呆れの混じった表情をしていた。
放課後。何故かはわからないが小岩井愛は一緒に帰るのに裏門前での集合を提案した。
「私は先に行ってるから5分後に教室出て」とのこと。
蓮にはその意味がよくわからなかった。ストーカーにでもあってるのか?
「あ、小岩井愛さん。おまたせ~待ったか?」
「そりゃまぁ待ったで。」
蓮は「そりゃそうよな~」と苦笑いして返事をする。
いざ二人で並んで帰ろうとなってもどんな話をすればいいのかわからず気まずい空気が流れる。
――一発ギャグするならこのタイミングか……?
「小岩井愛さん!」
「ん?」
「い、」
「はぁ」
小岩井愛はすでに蓮が「い」というだけでため息が出るようになってしまったようだ。
でも今回の僕は違う。
溜め息が聞こえたために意地でもギャグを成功させなければならないと決意ができた。
「一発ギャグします!!」
「……!?」
鉄仮面の彼女もこれには流石に目を見開いて驚く。
一発ギャグで失敗しない方法。1つ目はクリアだ。
2、ギャグをする。
「うわ!あの木の上に何かいる!」
そう言って蓮が一番近くの木に向かって指を指すと、驚いた勢いのまま小岩井愛が素早く指した方向を向く。
蓮は振り向く速度に負けじと駆け足でその木の下まで行きもう一度上に向かって指を指す。
「猫だ!猫だ!猫だ!」
そして居もいしない落ちてきた猫を抱きかかえて捕まえるように、
「キャッツ」
「」
「……。」
何とも言えない空気が流れる。
小岩井愛の表情はというと、ただただ驚いて目を見開いて固まっている。
「あの……、ごめんなさい。」
蓮はなんだか申し訳なくなって謝ってしまった。
こうしてさっきよりも冷たく、さっきよりも気まずい空気が流れ始めた。
ギャグを終えて無言の二人が並び、歩き始めておおよそ10分後。最寄の駅に到着する。
「小岩井愛さんはどっち方面?」
「上り……。」
「……、僕も……。」
二人は電車に乗ってもやはり気まずいままだった。
――このまま解散するわけにはいかない!もしこのまま解散すれば、明日こそ絶対に挨拶されなくなってしまう……!
蓮は必死に頭を悩ませたが、結局正直に昨日の夜の事からの事を話すことにした。
「僕……小岩井愛さんを笑わせたくってさ、それで一発ギャグを昨日沢山探したんだけど……、一発ギャグってよくよく考えたら自分でも笑わないわ。」
「それで今日ずっと「イッ……、いっ!」って言ってたの?」
蓮は恥ずかしくなり、絶対呆れられたと思いながらも正直に頷き肯定した。
「フフッ」
蓮はその声を聴いて俯いていた顔をすぐに上げた。
口元に手の甲を持ってきて漏れだす様に笑う仕草を見て、ドキっとした。
可愛い。
また笑わせたい。そう思えた。
「植田君は変な人やね。」
「……よく言われるよ。」
「そうやろね。」
そう返事をするとまた静かに笑ってくれた。
――別に鉄仮面や冷血じゃないんだ。普通のちょっと仏頂面の人間だ。
最寄り駅が近付いてきたことを電車がアナウンスする。
「僕次の駅だ……。まぁ、また学校でね。小岩井愛さん」
「そういえば何でフルネームで呼ぶの?金輪際みたいなイントネーションで呼ばれるとなんだか変な気持ち。」
「そ、そう?なんか語呂がいいといいますか……、言いたくなるといいますか……。」
「小岩井で良いよ。」
電車から駅が見え始めた。
駅に着くと扉が開き自分だけが下りる。
女性の事をさん付け以外で呼ぶことがこれまでにほとんどなかったためとても緊張して吃りながら言った。
「ま、また明日な!小岩井!」
「うん。また明日ね植田。」
やわらかなまなざしでそう彼女は言った。
「なんでアイツ友達いないんだろ……?」
小岩井と別れた蓮は静かにその疑問が口から零れるのだった。
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