レール
貘餌さら
あなたの足元は確かですか
ただ、幸せに生きたかっただけだ。
親の敷いたレールの上を歩き続ければ、幸せがあると信じていた。子どもにとって、親は絶対的な存在だ。ほかの世界を知らない子どもは簡単に思想も価値も植え付けられる。そしてそれは、子どもの根幹にずっと根を張って枯れない。
無償の愛をもつ子どもは、親の顔色を窺いながら、決して親の機嫌を損ねないように、ちゃんとレールの上を歩けるように、慎重に慎重に歩いていった。けれど世界は親が作るものだけじゃない。親には干渉できないほどの大きな世界は、徐々に、確かに広がってゆく。
レールのずっと先に幸せがあると信じて生きてきた子どもが不意に周囲を見渡したとき、レールなどに頼らず自由に動きまわり、すでに幸せを手にしている人が視界に入った。それでも自分のしていることは正しいと信じて、やっぱりレールの上を歩いた。脱線することは悪いことだと信じていたから。
だけど、だんだんレールは脆くなっていった。親が子のために敷けるレールはほんの最初だけ。遠いところにあるレールは途切れていたり、ヒビが入っている。それでも、恐怖心を抑え込みながらその上を歩いた。するとレールはぐしゃりと崩れた。体が下へ下へと急降下していく。行き場のない足と、レールを掴もうと必死に動く手。
どうにか戻らなければ。咄嗟に周囲を見回した。元々歩いていたレールによく似たものを見つけた。空中でもがきながら何とかそこに足を置いた。そのレールも最初は順調だった。でも、やっぱりレールは最後まで敷かれていなかった。
そこでやっと自分が盲信していたレールは完全なものではないことに気がついた。だけどもう私の足は地面の上にない。脱線を許されない空中。敷かれた脆いレールにみっともなく縋るか、落ちてゆくか。
下は暗くてよく見えない。まるで無間地獄のようだ。レールを離したら、いつ地面につくの。落ちた末に地面に触れたらどうなるの。怖い。
恐怖には抗えなかった。やっぱり脆いレールを、いつか壊れると知りながら歩くことにした。怖い。
いつ、落ちるのかな。
いつ、崩れるのかな。
いつ、地面にたどり着けるのかな。
本当に、この先に幸せなんてあるのかな。
自分の意思に反して落ちるくらいならば、自ら身を投げてしまおうか。何度もそんな思いが頭を擡げた。
それとももう一度、レールを盲信しようか。
取れる選択肢は、そのどちらかしかない。安心して歩くための地面を作ろうにも、スコップも土壌もない。足元には、どこまで続くか分からない大きな大きな落とし穴があるだけだ。
今まで歩いてきたレールは、一方通行だ。もう少し歩いた先のレールは、少し体重をかけただけで崩れるのが見てとれた。
どうする?
レール 貘餌さら @sara_bakuji
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