かみつくこうげき!

春風れっさー

かみつくこうげき!

 私の恋人は、なんだかいかつい格好をしている。


「呼んだ?」

「ううん」


 真昼のアーケード。週に一度のデートの日。

 振り返った彼女の耳には、銀のピアスが揺れている。

 私も付けているけど、私が花に対して彼女のは髑髏を模していた。

 それだけじゃなく彼女は革ジャンを羽織り、ダメージジーンズを履き、エンジニアブーツまで踏み鳴らしている。

 どこから見ても、近寄りがたい。

 化粧もアイシャドー濃いめにして、髪もウルフカットにしているから尚更。


「今日も可愛いね。春らしい花柄のワンピース、似合ってるよ」

「……もう」


 なのに、蕩けるような笑顔でそう言うのだから。

 彼女はホント、ずるい。


 でも、それでいいのかと私は思った。

 だって彼女がこんな格好をするようになったのは、高校卒業後からなのだ。


 それまで彼女は、ごく普通の女の子だった。

 ただ、背が高くて、気が利いて、子ども向けのゲームではしゃげるほどに無邪気で――私が惚れてしまうくらいに可愛い、それだけの女の子だった。

 犬みたいで可愛い、と思った。

 誰とでも偏見なく笑える彼女の笑顔に見惚れて、告白したのは今日みたいな春の日だった。二年生の始め、桜がまだ散りきらない日のことだ。

 グループも違う、話した事なんて数回くらいの、しかも同性からの告白。断られても仕方ないと思っていたし、その覚悟は前日から決めていた。

 これが終わったら、ベッドの上で転げ回って発散しよう。そう思って顔を上げた私に待っていたのは、『ふつつか者ですが……』という、時代錯誤な了承のお返事だった。

 私が抱いた感想が、『可愛い!』だったのは言うまでもない。


 それから私たちは一気に距離を詰めて恋人らしくなった。

 週に一度は必ずデートして、それがなくても部屋にいったりした。特に私たちは二人ともゲームが趣味だったので、話題には事欠かない。某育成ゲームが発売した日なんて、ダウンロード開始まで突きっきりで待機して、徹夜でやり通したことまであった。一緒にお風呂に入ったクセに二人して居眠りしてしまい、背の高い彼女に潰されて湯船に溺れかけたのは今では良い思い出だ。


 幸せだった。今でも幸せだ。

 だけど、変わったこともある。その最たる物が彼女の服装だ。


 前述の、いかつい服装をよく着るようになった。それだけじゃなく、喋り方もなんだか男の子っぽくなっている。


「ねぇ」


 今度こそ、私は声をかけた。先導してくれていた彼女はピタリと止まり、振り返る。

 春の陽気が満ちる往来。そこで私たちは向かい合った。


「なぁに?」

「なんでさ、そーいう格好するようになったの」

「え、似合ってないかな」

「似合ってるけど……」


 そうじゃない、と私は首を横に振って、拳一つ分高い瞳を見つめる。


「でも、高校の時はそうじゃなかったでしょ。可愛い系だった。双子コーデだってしたし」

「あったなぁ。でもその時も、君の方が似合ってた」

「私の方が身長低かったから……ねぇ、もしかしてそれを気にしてる?」

「え?」


 私と彼女では彼女の方が背が高かった。私は平均より低くて、彼女は高い。だから並ぶと、その差がより浮き彫りになる。

 もしかしたら、彼女はそれを気にしてるのだろうか。そうなら、切なくて胸が痛くなる。チビな私なんかと一緒にいる所為で好きな服が着られないなんて。


「私と一緒だと、ファッションが浮いたりしちゃう? それで、可愛い服を着るのをやめちゃったの?」

「え、いや、参ったな。そんなつもりはないんだけど」


 彼女は首に手を当て、困ったように眉根を寄せた。付き合ってるから分かる。これは本当に心当たりがなくて困ってる時の仕草だ。

 でも、だったらなんで?


「うーん。ほら、ぼくら女同士のカップルじゃん?」

「うん」


 ぼく、というのが最近の彼女の一人称だ。これも格好に合うように変えているのかとさっきまでは思ってたけど、でも二人きりの時は普通に私って言うし、なんか違う気がしてきた。


「だから女の子の格好だとさ、あんまりカップルっぽく見えないかなーって」

「? 別にそれはそれでいいじゃん」


 周りからはただの友達同士に見えたとしても、私たちはちゃんとカップルだ。手だって繋ぐし、カップル限定のパフェだって食べる。それでいいのではないだろうか。


「よくないよ」


 ただ、彼女にとってはそうじゃなかったらしい。

 ぷいと逸らした顔は、不機嫌というより恥ずかしがっているようだった。


「だって、さぁ」

「何がだってなの?」

「……自慢、したいじゃん」

「へ」


 顔を赤らめながら呟いた言葉は、想定外だった。

 踏ん切って、捲し立てるように言う。


「だから、自慢したいんだって! ぼくの恋人はこんなに可愛い女の子で、ぼくはその子と付き合ってるんだって、不特定多数の皆様に自慢したいの!」


 ……これは予想外だった。

 そうか、つまり彼女のいかつい格好は……。


「……彼氏と思われてまで、私を恋人だと見せつけたかったの」

「……そうだよ」


 そう言って、彼女はぶすくれてしまった。

 ……まさか、そこまで想ってくれてるなんて。


「……その」

「……何」

「……ありが、とう?」

「……あー、もう!」


 頭をガシガシと掻いて、彼女は顔を上げた。

 そしてヤケクソのように叫ぶ。


「もう分かった。じゃあ端から誰がどう見たって恋人だって分かるようにすればいいんだ! そうすればどんな格好してたって君も気にしないでしょ!」

「え、でもどうやって……」


 聞き返すよりも早く。

 彼女は私に抱きついた。


「え」


 脚がちょっとだけ浮く程に抱きすくめられる。

 突然のことに頭が真っ白になっているところ、首筋に走る微かな痛み。


「!?」

「……ふー、よし!」


 満足げな顔をして、彼女は私を放す。

 首を手でなぞり、指の腹で感触を確かめて、そして彼女が何をしたのかを悟る。

 瞬間、沸騰するように顔が熱くなった。


「な……なぁっ……!」

「これなら誰がどう見たってぼくの恋人でしょ」

「ば、ばばば……」


 春の陽気満ち満ちる、天下の往来。

 街往く人たちが目を見開いている……ように感じながら、私は叫んだ。


「この、馬鹿犬ーーーっ!!!」


 バッグではたく。

 首筋に刻まれているであろう、くっきりとした歯形を、ちょっとだけ嬉しいと思いながら。

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