第129話

 神殿の奥深く、俺たちが辿り着いた場所には、一つの祭壇があった。


 周囲に漂う冷気はさらに濃密になり、まるで死そのものがこの場を支配しているような錯覚さえ覚える。


 死属性の気配に、俺は聖属性の魔力を高める。


「ここが…祭壇か?」


 俺は短剣を握りしめながら、周囲を警戒する。


 そのとき、祭壇の上にゆっくりと現れたのは、他のレイスとは明らかに異なる威圧感を持った存在だった。王冠を被り、全身を闇の霧で包まれたそのレイスは、赤い光を放つ目で俺たちを見下ろしている。


「これは…普通のレイスじゃない…!」


 ルリが驚愕の声を漏らし、呪文を詠唱するために後ろへ下がる。


「まさか…あれがこの神殿の守護者か?」


 俺は汗が背中を伝うのを感じながら、そのレイスを睨みつけた。


『……人間どもよ……ここは、我が守る……決して通さぬ……』


 低く響く声が神殿全体にこだまし、霧が激しくうねり始めた。


「言語を話す魔物かよ! 来るぞ、みんな、準備しろ!」


 俺は仲間たちに叫び、短剣を構えた。


 王冠を被ったレイスが一瞬にして俺たちの前に移動し、その闇の腕を振り下ろしてきた。咄嗟に俺は剣で受け止めたが、重い衝撃が全身に伝わってくる。


「ソルト! 大丈夫か!?」


 クルシュがすぐに駆け寄り、俺の前に立つ。彼女は剣を握り直し、レイスに向かって突進した。


「おらあっ!!」


 クルシュの剣が王冠のレイスに向かって振り下ろされる。しかし、レイスの体は霧のように形を変え、彼女の剣が空を切る。


「こいつ、攻撃が当たらない!?何なんだ、これは…!」


 クルシュの無属性でも切れない。 相手は本当に実態を持たないような動きだ。クルシュは歯を食いしばりながら距離を取る。


「ご主人様、エンチャントをお願いします!」


 ルリが警告しながら、俺に武器を向けて魔法付与を願った。


「聖なる光よ、闇を照らせ──『ホーリーエンチャント』!」


 光の柱が俺の手から放たれ、四人の武器に聖属性をエンチャントさせる。


 王冠を被ったレイスは、こちらを睨んだように思う。


『……その光……忌まわしき光め……』


「今だ、魔法が効いてる! クルシュ、アオ、攻撃を合わせてくれ!」


 俺は叫び、攻撃のタイミングを指示する。


「わかった、ソルト! このキングレイス、倒すぞ!」


 クルシュは再び剣を振り、今度は聖属性の力を宿した一撃を繰り出す。彼女の剣が光り輝き、レイスの体を斬り裂いた。


「主様! 私も行くの!」


 アオが素早くレイスの背後に回り込み、聖属性を帯びた爪で攻撃を繰り出した。レイスは悲鳴を上げ、その体がわずかに崩れ始める。


「効いてる! このまま押し切るんだ!」


 俺は短剣を握りしめ、レイスに向かって突進した。光を帯びた刃がレイスに突き刺さると、さらに激しいうめき声が響き渡る。


 だが、その瞬間、レイスの目が赤く輝き、強烈な闇の波動が周囲に放たれた。


「くっ…! みんな、避けろ!」


 俺は叫びながら、波動を避けようとしたが、間に合わない。波動が直撃し、俺は地面に叩きつけられた。


「ソルトさん!」


 メイが慌てて駆け寄るが、今度は彼女がレイスの攻撃範囲に入ってしまった。


「メイ、下がれ!」


 俺は叫んだが、レイスの闇の腕がメイに襲いかかる。


「くっ…!こんな時に!」


 メイが素早く身を翻すが、闇の爪が彼女の服を裂き、腕に浅い傷を負わせる。彼女の服が破れ、肩口が露出したが、すぐにメイは距離を取り、矢を構え直す。


「大丈夫です…! 私なら戦えます!」


 彼女は顔を赤くしながらも、すぐに集中し直した。


「すまない…でも、ここは一気に畳みかけるぞ! メイ、援護頼む!」

「了解です、ソルトさん!」


 メイは矢を光で包み、再び聖なる一撃を放つ。


「ソルト、今だ!」


 クルシュが再びレイスに突撃し、俺も彼女に合わせて前へと進んだ。


「おらあっ!」


 クルシュが全力で剣を振り下ろし、俺も短剣を突き刺す。ルリとアオの聖なる光の援護がレイスを包み込み、その体は一気に霧散していった。


『……くっ……この光……聖属性の……守護は……』


 レイスは最後の言葉を残し、完全に消滅した。


「やったか…?」


 俺は息を整えながら、仲間たちに声をかけた。全員が無事であることを確認し、ようやく肩の力を抜いた。


「はぁ、なんとか倒したみたいね。さすがソルト!」


 クルシュが息を吐きながら剣を収めた。


「すごいです、ソルトさん…無事に突破できてよかった…」


 メイも肩を押さえながら、ほっとした表情を浮かべる。


「みんな、本当にありがとう。これで次へ進めるな」


 俺は仲間たちに感謝しつつ、奥にある祭壇へと目を向けた。まだこの神殿には何かが隠されているに違いない。


「次はこの祭壇だ。みんな、準備ができたら行こう」


 王冠を被ったレイスが消滅すると、神殿内に再び静寂が戻った。俺たちは息を整え、全員が無事であることを確認しながら、ゆっくりと祭壇に近づいていく。


「これで…終わったのかな?」

 メイが息を切らしながら、緊張の解けた声で呟いた。


「いや、まだだ。王冠を被ったレイスが守っていた何かが、この奥にあるはずだ」


 俺は祭壇を見つめながら答えた。


 祭壇の上には、古代の文字が刻まれた石板があり、その中央に奇妙な光を放つ小さな箱が鎮座している。まるでそれ自体が神聖な力を宿しているかのように、箱は静かに輝いていた。


「これが…遺物か?」


 俺は慎重に近づき、箱を観察した。


「間違いない。この光…ただの物ではないわ。ソルト、この箱には古代の強力な魔力が宿っているわ」


 ルリが箱に目を向けながら、ゆっくりと手を伸ばした。


「気をつけて、ルリ。何が起こるかわからない」


 俺は彼女に注意を促しつつ、周囲を警戒する。


 ルリは慎重に箱の蓋に触れ、ゆっくりとそれを開けた。箱の中から放たれた光が一瞬、俺たちの視界を眩しく染めたが、すぐに消えた。中には、古代の宝珠のようなものが鎮座していた。青白い光を放ち、穏やかに輝いている。


「これが…古代の遺物か…」


 俺は思わずその美しい光景に見とれた。


「すごい…とても強い力を感じます。この宝珠には、間違いなく古代の力が封印されています」


 ルリが感嘆の声を漏らす。


「これがあれば、ミリアさんが言っていた封印を解くことができるんだな」


 俺は宝珠を手に取り、その重量感を確かめた。


「主様、すごいの!とても神聖な力が感じられる!」


 アオが興奮した様子で俺に駆け寄る。


「これで、一歩前進ですね」

 メイもほっとした表情で、傷ついた肩を抑えながら微笑む。


「よし、この宝珠を持って神殿を出よう。まだ他の遺物も探さなければならないが、これで大きな収穫だ」


 俺は宝珠をしっかりと握りしめ、仲間たちに声をかけた。


「私たち、よくやったわね。ソルト、これで次のステップに進めるわ」


 クルシュが満足げに笑い、剣を収めた。


「そうだな。みんなのおかげでここまで来られた。これでミリアさんの言っていた儀式も進められるだろう」


 俺は仲間たちに感謝しつつ、宝珠を大事に抱えて歩き出した。


 光り輝く宝珠を手に、俺たちは次の目的地へと進む準備を整え始めた。

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