第127話

《sideシンシア》


 ソルト兄さんたちが去っていく姿を見送って、私は空間の中から静寂が戻ったミリアさんの部屋に舞い降りた。


 彼女はソルト兄さんのために集めた書物を片付けながら、ふと冷たい風が窓から吹き込むのを感じて振り返る。


「こんにちは、ミリアさん」

「シンシアさん!」


 ミリアさんには、随分とお世話になったから私は仮面を外して姿を見せた。


 だって、この人もソルト兄さんを愛することができる私の家族だから。


 私の登場に、部屋の空気は妙な雰囲気が漂ってしまう。そのせいでミリアさんは身を固くしてしまっている。


「よくやってくれたわね、ミリアさん」

「よくやった? どういうことかしら?」


 ミリアさんは私の発言の意図を汲もうとしているようだ。


「あなたのおかげで、ソルト兄さんを上手く導くことができたわ」

「どういうことよ!?」

「ふふ、ミリアさん。あなたは自分で調べているようで、私の導きに沿っていただけなのよ」 


 ミリアさんの表情は驚愕している。


 私は、いつもの道化師としての仮面を付け直す。


「その仮面! 道化師って!」

「そう、私が道化師なの」

「なっ!? 指名手配されているのを、ソルト君は知っているの?!」

「もちろん。ソルト兄さんは、私が道化師だとわかっても何か事情があると思う、とても優しい人なの」


 怯えにも似た表情を見せるミリアさんに、私は笑顔を向ける。


「シンシアさん...! あなた、何をしているの?」


 ミリアさんは驚きと恐れを感じながらも、なんとか声を絞り出しているようだった。だけど、私は何も教えることはできない。


 私はミリアさんに向かって、微笑みながらゆっくりと近づいていく。


「ごめんなさい、ミリアさん。あなたに教えてあげることはできないけれど、あなたは本当に役に立ってくれたわ。ソルト兄さんを、ちゃんと冒険に送り出してくれてありがとう。でも、ここからは私がやるべきことを進めるわ」

「何を言っているの!? 私に何をするつもり?」

「何も、ただ、私はあなたにお礼を言いたかっただけよ」


 私は指先から、ミリアさんに向けて魔力を流していく。魔力が彼女の体を支配して、まるで糸で操るように、ミリアは抵抗することもできず、体が勝手に動いてしまう。


「ミリアさん、お休みなさい。久しぶりに話せてよかったわ」


 私は昔馴染みに対して、優しく囁いて彼女を抱き止める。


 ミリアさんは意識を失ったので、私はベッドへ彼女を寝かせて、空間の中へ身を投じる。


「ソルト兄さん。もうすぐ私たちの悲願が叶うわ」


 楽しくて楽しくて仕方ない。


 ♢


《sideソルト》


 俺たちは、ミリアさんから聞いた場所にある古代の神殿に向かって進んでいた。


 目的は、古代の力を宿す遺物を手に入れ、王家の墓の封印を解くことだ。神殿に近づくにつれ、辺りの空気が次第に重く、冷たいものに変わっていくのを感じた。


「ここが…古代の神殿か」


 俺は呟き、目の前に広がる巨大な神殿を見上げた。


 石でできたその建物は、風化と苔に覆われているが、なおも威圧感を放っている。かつて栄えた文明の遺産か、あるいは何かもっと邪悪なものがここに眠っているのだろうか。


「雰囲気が凄いですね…何かが出てきそうです」


 メイが少し身を縮めながら呟く。彼女の無邪気な性格も、この場所では慎重にならざるを得ないようだ。


「確かに、油断はできないな。この神殿には何か古代の罠や魔物が潜んでいるかもしれない」


 ルリが冷静に言いながら、俺の隣に歩み寄る。


「まぁ、魔物なんか出てきたら、私が一気に片付けるけどね」


 クルシュが自信満々に肩を叩いて笑った。彼女のその強気な姿勢に、俺は思わず微笑む。どんな危険が待ち受けていようと、クルシュがいれば頼もしい。


「主様、この神殿には古代の力が宿っていると聞いたけど、その力が私たちの役に立つなら、持ち帰りましょう。」


 アオが少し緊張した表情で言いながら、俺の方を見上げた。


 俺は頷き、仲間たちを見回す。全員の表情には緊張があるが、俺を信じ、共にこの試練を乗り越える覚悟を感じる。


「みんな、気を引き締めていこう。目的は、遺物を手に入れることだ。だが、何が出てくるかわからない。しっかりと互いをサポートして進むんだ」


 俺はそう言い、神殿の入り口に向かって歩を進めた。


 巨大な石の扉が目の前にそびえ立つ。その扉には、見たこともない奇妙な紋様が彫り込まれていた。何かの言語か、あるいは古代の魔法陣なのかもしれない。


「この扉…どうやって開けるんだ?」


 俺がその紋様を観察していると、ルリが静かに手を伸ばし、指で紋様をなぞった。すると、微かな光が紋様に沿って流れ、石扉がゆっくりと重たい音を立てて開いていった。


「どうやら、魔力に反応する扉のようですね」


 ルリが微笑みながら言った。


「よし、入ろう」


 俺は仲間たちに合図を送り、神殿の中へと足を踏み入れた。


 中はひんやりとした空気が漂い、外の光がほとんど届かない暗闇が広がっていた。


 壁には古代の絵や文字が彫られているが、何を意味しているのかまでは分からない。ただ、得体の知れない何かがこの神殿を守っているような感覚がした。


「ソルトさん、何か聞こえませんか?」


 メイが不安げに耳を澄ませる。


 俺も耳を澄ますと、奥の方からかすかな音が聞こえた。水が滴る音、そして何かが動く気配。それは確実に俺たちの進行を拒む者たちの存在を示しているようだった。


「気をつけろ。何かいる…」


 俺は剣を抜き、身構えた。


 次の瞬間、暗闇の中から無数の赤い光が浮かび上がった。それは目だ。無数の目が俺たちを睨んでいる。


「出たな…前衛は私に任せてくれ!」


 クルシュが剣を構え、前に出る。


「ここからが本番だ。みんな、準備はいいか?」


 俺は仲間たちに振り返り、声をかけた。全員が頷き、武器を構える。


 古代の神殿の奥へ進むための試練が、今始まろうとしていた。


「久しぶりに冒険者って感じだな!」


 俺はシンシアやアーシャと旅をしてきた頃を思い出して楽しくなっていた。


 新たな仲間と共に冒険が始まる。


「ワクワクするな!」

「ふふ、ご主人様との冒険はいつも楽しいです」

「主様楽しいの!」

「ふふ、ああ、ソルトは私が守る!」

「援護します! ダンジョンの罠は私が解除しますよ!」


 各々の力を発揮して挑むパーティーっていいなぁ〜。


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