第124話

 俺は改めてクルシュさんと二人で、セリーヌ団長が主催する女性騎士団の集まりに参加することになった。


 女性ばかりの騎士団というのは、俺にとってはコーリアスを思い出す。クルシュも第四騎士団を懐かしめる環境じゃないかと思えた。


 セリーヌ団長の屋敷に辿り着いて、騎士団の女性たちが気楽な服装で集まっていた。そこまで固い雰囲気ではなく、騎士団に勤めていることもありアーシャや他の女性たちが、笑顔でクルシュを迎え入れていた。


「クルシュさん、今回の戦いではお世話になりました!」


 アーシャがそう言いながらクルシュに近づき、その手を握った。他の女性騎士たちも口々にクルシュを称賛している。


 アーシャとクルシュの戦いは、騎士団にも伝わっていて、アーシャと戦ったクルシュの勇姿を皆尊敬の眼差しで見ていた。


「最近のクルシュさんの活躍を聞かせてください」

「今回も団長から素晴らしい働きだったと聞いています。同じ女性として、本当に頼りになる存在だと思います」


 騎士団員たちが、クルシュに話を聞きたいと集まっていく。


 クルシュは少し照れくさそうに微笑んでいるが彼女たちを受け入れて微笑んでいた。しかし、その表情には、これまでの自信とは違う、内側から沸き起こる充実感があった。


「ありがとうございます。皆さんと一緒に戦えて、本当に嬉しいです。ですが、私の力の源は全てソルトにあるんです」


 クルシュが少し緊張しながらも、彼女たちの輪の中に入り、その場で自然に会話をしている姿を見て、俺は彼女が成長しているのを強く感じた。


 俺の名前が出たようだけど、周囲から求められる彼女の邪魔をしてはいけないように思えた。


 アーシャがクルシュの肩を軽く叩いて笑う。


「クルシュさん、これからも同じ騎士として共に頑張りましょうね!」


 クルシュは嬉しそうに頷き、彼女たちの輪の中で本当に楽しそうにしている。


 俺はその光景を少し離れたところから眺めていた。


 その時、ふいに背後からセリーヌの声が聞こえた。


「ソルト、少し話があるのだ。ついてきてくれるか?」


 振り向くと、セリーヌ団長がクールな表情を浮かべて立っていた。


 彼女は普段から冷静沈着で、感情をあまり表に出さないタイプだ。しかし、今日はその表情に何か特別なものが感じられた。


「ちょっとこちらへ」


 セリーヌ団長に連れられて、俺たちは静かな場所に移動した。


 屋敷の中に入り、使用人たちが騎士団の相手をする中で、二人きりになった。


 彼女は緊張しているのか、少しため息をついてから俺に向き合った。表情は冷静さを保っていたが、その瞳には何か訴えるものがあった。


「ソルト、今日は少しだけ、私の話を聞いてほしい」


 俺は彼女の真剣な声色に頷き、話を促した。


「えっと、はい」

「実は…私はずっと隠していたことがあるのだ。私はいつも皆に団長として厳しく振る舞ってきた。だが、本当はそうじゃない。ただ、感情を抑え込んでいるだけだった」


 セリーヌ団長は窓の外を眺めて、自嘲気味に笑いながら、視線を少し下に向けた。


「特にあなたに対しては、何をどう感じていいのか分からなかった。最初はただアーシャの知り合いとして見ていたはずなのに、気がついたら、あなたが私の中で特別な存在になっていた。二度も助けられ、こうして騎士団のために活躍してくれた」


 その言葉に俺は驚いた。セリーヌ団長が俺にそんな感情を抱いていたなんて、まったく気づかなかった。


 彼女はいつも冷静で、感情を表に出さないタイプだからだ。


「でも、私はどうしていいのかわからなかった。ただ、このままクールな顔をしていればいいと思っていた。でも、それじゃもう嫌だと思うようになったのだ」


 セリーヌ団長は一瞬言葉を切り、深く息を吸った。そして、勇気を振り絞るように俺をまっすぐ見つめ続けた。


「ソルト、私はあなたに対して…初めて誰かを特別に思う気持ちを持ってしまった。この気持ちをどう表現していいのかわからないのだ」


 その言葉に俺は完全に固まってしまった。セリーヌ団長が、冷静でクールな彼女が、俺に対してそんな感情を抱いていたとは予想もしていなかった。


「セリーヌ団長…」


 どう答えればいいのか、どう対応すればいいのか、まったく分からなかった。


 俺はただ彼女の言葉を受け止めるだけで精一杯だった。彼女の気持ちに応えるべきなのか、それとも何か他の答えを出すべきなのか。頭の中が混乱していた。


「あなたは、私が思っている以上に他の人からも好かれているようだ。アーシャが慕うのも、そして連れてきたクルシュがあなたに好意を抱くのも理解できる。だが、それは分かってる。でも…私は、自分の気持ちを抑え続けるのがもうできなくなった」


 セリーヌはそう言って、少し悲しげに微笑んだ。その笑顔は、普段の冷静で強い彼女とは違う、どこか弱さを感じさせるものだった。


「ごめんなさい。こんなことを言うつもりじゃなかったんだ。これが私の正直な気持ちだと知ってもらいたかった」


 俺は何を言えばいいのか、言葉を探しながらも、うまく答えが見つからないまま、ただ黙っていた。


 セリーヌの言葉が俺の心を大きく揺さぶっていた。


 どうすればいいんだろう。彼女の気持ちを受け止めるべきなのか、それとも別の道を探すべきなのか。


 俺は自分自身の気持ちすら、今はよく分からなくなっていた。


「ソルト…あなたが私をどう思っているのかは分からない。でも、私の気持ちを知ってほしかった。それだけよ」


 セリーヌはそう言うと、ゆっくりとその場を立ち去ろうとした。


「セリーヌ団長…」


 俺は何か言おうとしたが、言葉が出てこない。ただ、彼女の背中を見送ることしかできなかった。


「ごめんなさい。私は不器用で、こんな言い方しかできないんだ」


 彼女が俺にそんな気持ちを抱いていたことを知り、どう接していいのか悩む俺は、しばらくその場で立ち尽くしていた。


 彼女が最後に残した言葉を聞いて、背中が見えなくなるまで何も言えずに見送ってしまった。

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