第123話

 クルシュさんからの思いがけない告白を受け、気持ちがフワフワとしてしまう。


 これまでも、ラーナ様、フレイナ、シンシア、ルリ、アオ、メイ。


 みんな俺のことを思ってくれていた。それはかけがえのないことで、今の俺にとって大切な人たちだ。


 そんなことを考えていた夜、思いがけない訪問者がいた。


 俺が静かに部屋で書物を読んでいると、ドアが控えめにノックされた。


「ソルト、私です…クルシュです」


 その声を聞いた瞬間、胸が少し高鳴るのを感じた。まさかクルシュが、こんな時間に部屋に来るなんて思いもしなかった。


 今までの彼女ならば、考えられない。


 俺は慌てて立ち上がり、ドアを開けると、そこにはクルシュが立っていた。彼女は少し緊張した様子で、頬が赤く染まっている。銀色の髪は夜でも美しい。


 テラテラとしたネグリジェを着たクルシュは綺麗だった。


「あの、先ほどルリに告白をしたことを告げました。そうしたら、今宵はソルト殿に部屋に行きなさいと案内されて…その…少しお話したいことがあって」


 ルリは俺に変態紳士になって欲しいと言っていた。大勢の女性に愛される男になれと、クルシュもその一人だということか? 彼女に連れられてここまで来たのかと思うと、少し安心したような気もする。


「こんな夜遅くに…大丈夫かい?」


 俺は戸惑いながらもクルシュを部屋に招き入れた。彼女は緊張しながら部屋に入ると、しばらく周りを見渡してから、ぎこちなくベッドに座った。


 部屋の灯りが彼女の顔を照らし、緊張と恥じらいがその表情に浮かんでいるのがわかる。


「その…急にお邪魔してすまない」


 彼女はうつむき加減で小さな声でそう言った。俺は頭をかきながら、笑顔を見せる。


「気にしないでください」


 俺の問いかけに、クルシュは一瞬戸惑ったように目を泳がせたが、やがて意を決したかのように顔を上げた。


「ソルトと、もっと話をしたいと思って…でも、こうして部屋で二人きりで話すのは初めてですよね?」


 彼女は微笑んだが、その笑顔は少しぎこちない。確かに、今まで一緒に戦ったりしたことはあったが、こうして個人的に時間を過ごすのは初めてだ。


「確かにそうですね。でも、俺もクルシュと話すのは楽しいです。だから気を使わないで」


 そう言って安心させようとすると、クルシュは少しだけリラックスした様子を見せた。しかし、その目はまだどこか不安げだった。


「ソルト、今日は…もう少しだけ一緒にいてもいいですか?」


 その言葉に俺は一瞬戸惑ったが、彼女が自分の中で何かを乗り越えようとしていることが伝わってきた。ただ、その意味をクルシュが正しく理解しているのか、わからない。


「もちろん、俺でよければ…」


 クルシュはほっとしたように微笑んだが、すぐにまた緊張した表情に戻り、そっと俺の隣に座った。


 その距離は微妙に近く、互いの体温が感じられるほどだ。お互いに何かを言いたいのに、言葉がうまく出てこない沈黙が流れた。


 部屋の中は静かで、時折風が窓を揺らす音だけが響く。


 俺はなんとかこの緊張を和らげようと、話題を探すが、うまく言葉が出てこない。そんな中、クルシュがゆっくりと口を開いた。


「ソルト…私はあなたを信頼しています。それは戦場だけじゃなくて、こうして一緒にいる時もです」


 彼女の声はいつになく真剣で、俺の胸にまっすぐ響いてきた。


「えっと」

「ルリから好きな男と過ごす時にどんなことをするのか教授されてきた」

「えっ?」

「ソルトは、私のような男女では何も感じないだろうか?」

「いや、何を言っているんだ?! クルシュは美人で、女性らしいだろ?!」

「そっ、そうか、なんだかむず痒いな」


 恥じらいながらも、彼女は一歩踏み出している。俺はその気持ちに応えようと思い、優しく笑みを返した。


「ありがとう。俺もクルシュを信頼してる。それに今日の返事だ。クルシュを大事に思っていて、好きだよ」


 俺が告白の返事をすると、クルシュは顔を上げて笑顔になってくれた。


 それはとても美しくて見惚れてしまう。


 初めて出会った時にこの世で一番綺麗だと思ったクルシュの笑顔は、誰よりも綺麗に思えた。


「なんだか、こうして二人でいるのは、なんだか安心する」


 そう言うと、クルシュは少し顔を赤らめ、そっと俺の袖を掴んだ。


 その手の温かさが、心に直接触れてくるような気がした。何も言わなくても、お互いにその場の静かな空気が心地よく感じられた。


「ソルト…もう少しだけ、こうしていてもいいですか?」


 俺はただ頷き、彼女の手を優しく握り返した。彼女の手は少し冷たかったが、その温もりは心を和ませる。


 しばらくの間、二人は言葉を交わすことなく、ただその瞬間を静かに共有した。


 何も特別なことを言わなくても、この時間が二人にとって大切なものになるだろうと思った。それにクルシュは何も知らない。だから、少しずつ学んで欲しいと思えた。


 クルシュはやがてそっと顔を上げ、俺に微笑んだ。その笑顔には、もう最初の緊張や不安はなく、ただの純粋な喜びがあった。


「ありがとう、ソルト…」


 彼女はそう言い残し、そっと立ち上がると、ドアの方へと向かった。俺はその背中を抱きしめてキスをする。


「えっ!」

「おやすみ、クルシュ」

「ああ、おっ、おやすみ。ソルト」


 心に温かいものが残っていくのを感じた。部屋を出ていく前に、彼女が一度振り返り、もう一度微笑んでくれた。


「おやすみなさい、ソルト」

「おやすみなさい、クルシュ」


 そして、彼女は静かに部屋を出ていった。部屋には彼女の残り香と、温かい余韻が漂っていた。それが不思議と心地よく、俺はその夜、穏やかな気持ちで眠りについた。


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