第122話
騎士団の本拠地を後にして、帰路を歩いていると、ふと誰かの視線を感じた。
振り返ると、そこにはクルシュさんが立っていた。彼女は少し照れくさそうに微笑みながら、俺に向かって軽く手を振っていた。
「ソルト殿、お疲れ様です」
「クルシュさん…どうしてここに?」
俺は少し驚いたが、クルシュさんは照れ笑いを浮かべながら肩をすくめた。
「実は、ちょっと待っていたんです。せっかくなので、一緒に歩いて帰りませんか?」
俺はその言葉に軽く頷いた。街道の向こうには夕暮れが迫っており、空はオレンジ色に染まっていた。二人で歩くにはちょうどいい時間だ。
「もちろん、構いませんよ。何かあったんですか?」
俺が問いかけると、クルシュさんは一瞬、考え込むように目を伏せたが、すぐに元気よく顔を上げた。
「特に深い理由はないんですけど…ソルト殿ともう少しお話がしたくて。最近、ずっと一緒に戦っていたので、こうしてのんびり歩くのもいいかなって思ったんです」
その無邪気な笑顔に、俺は自然と頬が緩んだ。彼女の柔らかい雰囲気が、緊張感から解放された俺の心をほぐしていくのを感じた。
「確かに、ずっと戦い続けていましたからね。こうして平和に街を歩けるのは、ありがたいことです」
二人は街の中心へと向かって歩き続けた。街灯が灯り始め、通りには活気が戻ってきている。人々の笑い声や、商人たちの呼び声が耳に心地よく響いていた。
「ソルト殿、どうしてこんなに強いんですか?」
突然、クルシュさんが真剣な表情で問いかけてきた。彼女の大きな瞳がまっすぐ俺を見つめている。
「強い? 俺が?」
「ええ、戦いの中でいつも冷静で、仲間を守っている姿を見て…すごいなって思ってたんです」
「そうかな。俺はただ、できることをしているだけですよ」
俺は照れくさくなって、曖昧に答えた。だが、クルシュさんは首を横に振り、なおもその目を俺に向けてきた。
「ソルト殿、もっと自信を持っていいと思います。だって、私はいつもソルト殿に守られているんですから…」
「俺だって、クルシュさんに守られていますよ。前にお話したと思いますが、聖属性の俺は戦闘力は、クルシュさんに比べれば本当に弱いですから」
彼女がこんな話をするのは珍しい。
「だけど、クルシュさん…ありがとうございます。でも、俺もあなたに助けられてますよ。お互い様です」
「お互い様…ですか」
彼女は少し笑ったが、その笑顔はどこか寂しげだった。しばらく二人で歩き続けた後、クルシュさんが急に足を止めた。人通りが少ない小さな広場に出たところだった。
「ソルト殿…」
彼女は俺の目を見て、意を決したように一歩俺の方へ踏み出した。その瞳には強い決意が宿っていた。
「私、ずっと言いたかったことがあるんです」
その言葉に、俺は思わず息を飲んだ。クルシュさんの表情は真剣そのもので、胸の奥から何か大切なものを引き出そうとしているようだった。
「ソルト殿…私は、あなたのことが好きです」
その告白は、予想外のタイミングで俺の耳に飛び込んできた。夕陽に照らされた彼女の顔は、少し赤く染まっていたが、その瞳はまっすぐ俺を見つめている。
街の中で、喧騒が通り過ぎて、人通りが遠くから聞こえる。
夢か幻か、そんな幻想的な雰囲気が漂う中で、クルシュさんから告げられた言葉を考えてしまう。
「ずっと一緒に戦ってきて、あなたの強さや優しさを感じていました。それに、いつも私を守ってくれて…だから、私はあなたにずっと惹かれていたんだと思います。だけど、気付いたのはアーシャ殿に負けたからでした」
「アーシャに負けて?」
彼女の言葉に、俺はどう答えればいいのか一瞬戸惑った。そして続けて発せられた、アーシャに敗北して気付いた言葉だった。
「クルシュさん…俺は…」
言葉を探そうとするが、何を言っていいのか分からない。クルシュさんの告白は、俺の心を大きく揺さぶっていた。
「答えはすぐに出さなくてもいいです。でも、私の気持ちだけは知っておいてほしいんです」
彼女はそう言って、恥ずかしそうに目を伏せた。それから、また小さく微笑むと、俺にそっと近づいてきた。
「ソルト殿が他の者たちからも好かれているのを知っています。それでも私はソルト殿のそばにいてもいいですか?」
その言葉に、俺は自然と頷いた。
彼女の気持ちにすぐに答えられなくても、これまでと同じように、彼女のそばにいることならできる。
クルシュさんは満足そうに微笑み、俺の隣に並んで再び歩き出した。
「クルシュさん」
「ソルト殿、どうか私のことはクルシュと呼び捨てにしてください」
「なら、俺も」
「はい。二人きりの時はそうさせてもらいます。ソルト」
「ああ」
夕闇が少しずつ街を包み込む中、二人で静かに歩き続けた。
クルシュさんの隣にいると、不思議と心が落ち着いていく。彼女の告白を受けたことで、これからの俺たちの関係が少しずつ変わっていくのかもしれない。だが、それが悪い変化でないことは確かだ。
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