第121話
黒い霧を断ち切り、ミストの脅威を排除した後、俺たちは無事に森から帰還することができた。
セリーヌ団長、クルシュさん、そして俺、エリス。四人で肩を並べて歩く道は、これまでの緊張感からは想像もできないほど、静かで穏やかだった。
「しかし、見事な働きだったな」
騎士団の本拠地に戻ると、すでに団員たちが出迎え、俺たちを称賛していた。
黒い霧を発生させていたミストは、かなりの難敵だったが、俺たち四人が協力したことで無事に討伐できた。
騎士たちは皆、この危機を無事に乗り越えられたことを喜んでいた。
「貴殿には感謝せねばなるまい、ソルト殿」
騎士団の副団長とアーシャが近づいてきた。アーシャはいつも通り明るい笑顔を浮かべている。だが、顔には泥がついているから、彼女も戦っていたのだろう。
「いや、俺一人ではどうにもならなかったです。セリーヌ団長とクルシュさんがいたおかげです」
「ソル兄は相変わらずだね」
アーシャはヤレヤレという感じで、両手を広げる。こいつはいつも俺を揶揄ってくる。そんな俺たちにセリーヌ団長が歩み寄ってきた。
「謙虚だな。だが、貴殿の力がなければ、ミストを討つことはできなかっただろう。私はその腕を認めている」
セリーヌ団長の白髪が風に揺れ、その眼差しは鋭さを失わないまでも、少し和らいだように見えた。
「ソルト、此度の件、感謝する。貴殿がいなければ、この森は死の霧に覆われていただろう」
セリーヌ団長の言葉に、俺は軽く頭を下げた。
彼女の冷静さと判断力、そして行動力には感服している。だが、それ以上に、彼女が俺を信頼してくれたことが何よりも嬉しかった。
「セリーヌ団長こそ、見事な采配でした。俺も全力でサポートさせていただきました」
「ふむ。貴殿の力は頼りになる。今後もぜひ協力してほしいものだ」
セリーヌ団長は真剣な表情で言葉を続けたが、その瞳にはどこか柔らかな色が宿っているようだった。
いつも冷静沈着な彼女が、俺に対して少しずつ心を開いてくれているのかもしれない。
「もちろんです。いつでもお力になります」
そう答えると、団員たちが口々に感謝の言葉を述べ、俺を労ってくれた。
騎士団の一員ではない俺に対しても、ここまで厚意を示してくれるとは思わなかったが、それだけ今回の戦いが大きなものだったということだろう。
♢
数日後、俺は再び騎士団の本拠地を訪れた。黒い霧の事件が終息し、森は再び平和を取り戻したが、騎士団の中ではまだ戦いの余韻が残っているようだった。
「ソル兄、待ってたよ〜」
「お前は相変わらずだな」
俺を出迎えたのはアーシャだった。アーシャはいつもと変わらず気楽な態度で、俺を中へと案内してくれた。
今日は、事件後の正式な報告と感謝の席が設けられているという話だった。
「今回の件で、騎士団としても感謝してるんだよ。それに、セリーヌ団長から直々にお声がかかるって凄いことですなんだから。今日は、ソル兄にお願いがあるだって」
俺がアーシャの言葉を聞いていると、部屋の奥からセリーヌ団長が現れた。
彼女はいつも通りの凛とした姿だったが、あの戦闘以降から、どこか表情が柔らかいように感じる。
「ソルト、今日は来てくれて感謝する」
「お招きいただき、ありがとうございます」
セリーヌ団長の前に立つと、彼女は少し躊躇するように目を伏せたが、すぐに俺に向き直って話し始めた。
「今回の件、騎士団としても貴殿に感謝を示したいと思っている。そこで、貴殿を後日、我が家に招待したいのだが…」
その言葉に、俺は少し驚いた。セリーヌ団長の自宅に招かれるなんて、まさかそんなことがあるとは思っていなかったからだ。だが、彼女の真剣な表情を見る限り、それはただの礼儀ではなく、何か特別な意図があるようにも感じた。
「私の家で、団員たちも交えて小さな集まりを開くつもりだ。貴殿もぜひ参加してほしい。騎士団の仲間たちともう少し親睦を深められればと思ってな」
「それは光栄です。ぜひ、伺わせていただきます」
俺が答えると、セリーヌ団長はほっとしたように微笑んだ。
その笑顔は、いつもの厳しい表情とは全く違う柔らかさを持っていて、俺の胸の内に何か温かいものが広がっていくのを感じた。
「ありがとう、ソルト。貴殿の力があれば、これからも騎士団として多くの困難を乗り越えられるはずだ」
そう言いながら、セリーヌ団長は軽く頭を下げた。普段、冷静で感情を表に出さない彼女が、ここまで素直な態度を見せるのは珍しい。
俺はその瞬間、彼女との距離が少し縮まった気がした。
「それでは、また後日改めて日程をお知らせする。それまでに準備を整えておくから、楽しみにしていてくれ。それと」
「えっ?」
セリーヌ団長は、アーシャに聞こえないように、そっと俺の耳元に近づいて小声で告げる。
「パーティーの後に二人きりで話をしたいことがあるので、時間を作って欲しい」
「えっ?」
俺が驚いている間に、セリーヌ団長は距離をとった。
アーシャは今の一瞬に何が起きたのか、首を傾げていたが、気にはしていないようだ。
「それでは! パーティーの日を楽しみにしている」
「あっ、はい」
そう言って彼女は再び微笑み、俺に別れを告げた。
俺はその後、アーシャと少し会話を交わしたが、彼女もまたセリーヌ団長に信頼を寄せられていることを誇りに感じているようだった。
騎士団を後にし、帰路に就く途中、俺はふと、セリーヌ団長の微笑みを思い出した。彼女との距離が少しずつ縮まっていくことを実感しながら、これからの展開に胸を躍らせる自分がいた。
彼女の家での集まりが、また新たな一歩となるだろう。その日が待ち遠しい。
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