第120話

 森の奥へと足を進めるたびに、空気がますます湿り気を帯び、霧が濃くなっていった。


 俺はセリーヌ団長とクルシュさんを連れて、黒い霧の根元を探りながら慎重に進んでいた。道中、二人の様子はピリピリしていたが、どちらも自分の役割を果たす覚悟が見て取れる。


 霧の向こうに、ようやく開けた場所が見えた。そこには大きな湖が広がっていて、湖面から立ち上る霧がまるで生き物のように揺れ動いていた。


「ここが霧の発生源か…」


 俺は周囲を警戒しつつ、湖を見つめた。湖からは奇妙な音がかすかに聞こえてくる。波紋が立つたびに、不気味な振動が地面を伝って感じられる。


「ソルト殿、この湖から発生している霧…何かが潜んでいるようです」


 クルシュさんが剣を構えながら前を見据える。セリーヌ団長も、無言のまま冷ややかな視線を湖に向けていたが、その目は鋭い。


「気をつけて。湖に何かいる…」


 俺がそう言い終わる前に、突然、湖の中央から大きな波が立ち、何かが湖面を突き破って姿を現した。


 巨大なナマズのような生き物。


「ミストです!」

「ミスト?」

「はい! 本来は湖に住む魔物のはずです。ですが、あの大きさは異常です。それに」

「ああ、わかっている死属性に染まっている」


 普通のナマズの魔物とは違い、その体は死属性の力に染まっており、黒い瘴気を放ちながら霧を生み出している。その霧が、周囲の生命を侵食し、森全体を覆っていたのだ。


 ドラゴンゾンビの遺体を使ったものとは違う。

 湖自体が汚染されて、そこに住んでいた。


 主にナマズの魔物が霧を発生させる原因になっているんだ。


「ミストか…だが、ただの湖の主ではなさそうだな」


 セリーヌ団長が言葉を発した瞬間、空から突然、酸性の雨が降り始めた。それは肌に触れるとすぐにチリチリと痛む。


 俺とエリスがとっさに浄化の結界を展開し、身を守ろうとしたが、それだけでは全てを防ぎきれなかった。


「くっ…!」


 酸の雨は、俺たちの服を次々と溶かしていく。何とか浄化の力で身を焼かれることは守っていたが、完全には防ぎきれず、セリーヌ団長やクルシュさんの服も見る間に溶けてしまった。


 露出した二人に回復魔法を同時にかける。痛みをこらえながらも霧の中にさらされている。


「セリーヌ団長、クルシュさん、大丈夫か?」


 俺は焦りながら二人に声をかけた。セリーヌ団長は冷静に息を吐いて、瞳を光らせながらも、酸の雨に負けず氷の壁を展開してくれた。


「私は大丈夫だ、ソルト。だがこの酸の雨、長時間は持たない。早く対処するしかないぞ。どうするのだ?」


 セリーヌ団長の冷静な声が響く。彼女の氷の力が俺たちを守ってくれているが、それも時間の問題だろう。クルシュさんも黙って剣を構え、俺たちを守るための態勢を整えている。


「分かった、少しずつ湖に近づくぞ。エリス、浄化の結界を広げ続けてくれ。セリーヌ団長は氷を張りながら、進行を。俺が道を作る。クルシュさん、ミストを打って霧を止めてほしい」

「かしこまりました! その信頼に応えます!」

「ならば、私が道をつくろう!」

「えっ?」


 セリーヌ団長は、壁を作っている氷の範囲を広げて、巨大な氷のトンネルを作り出した。


「エリス! セリーヌ団長の援護を!」

「はい! マスター」


 セリーヌ団長が作り出した、氷のトンネルに聖属性の結界が貼られる。


「クルシュさん!」

「おまかせを!」


 氷のトンネルを抜けて、クルシュさんが全身に無属性魔法を纏わせて、ミストに突っ込んでいく。


「俺が援護する! その隙に攻撃する準備をしてくれ」


 俺はさらに魔力を集中し、聖なる結界を広げていく。だが、霧の中のミストは、まるで俺たちが近づくことを拒むかのように、さらに霧を濃くして酸性の雨を強化してきた。


「ソルト殿!」

「止まるな! 君は俺を守る! ホーリーサンクチュアリ!」


 俺は森全体の結界を張って、最小限まで霧を抑え込む。


 セリーヌ団長の氷は俺たちを守り続けている。


「クルシュさん! あと少しだ。俺が霧を浄化してミストを引き出す。その瞬間を狙ってくれ!」


 俺はさらに力を込め、聖なる光を放つ。黒い霧が徐々に浄化されていく中で、ミストの姿が再び明瞭になった。その時がチャンスだ。


「今だ! クルシュさん!」


 俺の叫びに応じて、クルシュさんが剣を振り下ろす。攻撃が見事にミストに直撃し、霧が一瞬にして消え去る。


「やった…!」


 ミストが倒れ、湖に戻ると、周囲の酸の雨も止んだ。霧が完全に晴れ渡り、森の中には静寂が戻ってきた。


「サンクチュアリよ! 全てを晴らせ!」


 俺は汚染していた霧を消し飛ばすように、サンクチュアリに魔力を注ぎ込む。


「クルシュさん、ありがとうございます。あなたがミストを倒してくれたおかげですっ…って、ええ!!」


 クルシュさんが喜びのあまり俺に勢いよく抱きついてきた。彼女の体が押し寄せる瞬間、予想以上に柔らかい感触が胸元に広がる。思わず息を飲むが、服がほとんど破けていることに気づいて焦る。


 彼女の白い肌はほとんど露出していて、鎧が剥がれ落ちたかのように服が裂け、布地は最小限の部分しか残っていない。そのため、抱きつかれたことで彼女の豊かな胸が直に俺に当たっている感覚がより鮮明に伝わってくる。


「ク、クルシュさん…服が!」


 俺が慌てて指摘すると、彼女は一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐに自分の状態に気がついた。だが、恥じらう様子もなく、むしろニコッと微笑んで見せる。


「ミストを倒せたから、問題ありません!」


 その無邪気な笑顔に、俺はどう反応していいか困り果ててしまう。だが、セリーヌ団長も同じような状況で、彼女の服もかなりの部分が溶け落ち、肌が露わになっている。


「二人とも、早く何か着るものを…!」


 俺は自分のローブをクルシュさんにかけて、破れたシャツを急いでセリーヌ団長に手渡した。だが、セリーヌ団長は頬を赤くしつつも、冷静を装って俺に向かって言い放つ。


「騎士たるもの、男に見られても恥ずかしくないんだからな!」


 そう言いつつも、彼女の顔が徐々に赤くなっていくのを俺は見逃さなかった。クルシュさんの方も、恥じらうことなくシャツをまといながら微笑んでいた


 どうやら、ミストを倒せた喜びが大きいようだ。


 ただ、自覚したセリーヌ団長は、だんだんと顔を真っ赤に染め

 俺は急いでクルシュさんを引き離して、自分も破れているが残されたローブをクルシュさんにかけて、来ていたシャツをセリーヌ団長に渡した。


 自分も下だけになってしまったが、仕方ないだろう。


 俺は二人に感謝を述べながらも、とりあえず肌を隠してもらった。


「……貴殿らには感謝を」


 セリーヌ団長は冷静を装いながらも、その顔にはわずかに赤みが差しているようだった。それでもこちらへ感謝を告げてくれた。


 一方、クルシュさんも静かに頷きながら、俺に微笑んでいた。


「さあ、これで任務完了だ。帰りましょう」


 俺は三人にそう告げ、再び森を後にした。霧が晴れた森の中、俺たちは無事に黒い霧の根源を断ち切ったのだ。

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