第119話

《sideソルト》



 セリーヌ団長が指揮を取る王国騎士団に協力して、聖属性ヒーラーとして助っ人にやってきた。クルシュさんとエリスに護衛をしてもらって、森の奥に足を踏み入れた


 アーシャと副団長が偵察に向かう。俺にはセリーヌ団長が護衛についた。


 視界に広がる黒い霧が俺たちをじわじわと包み込んでいく。


 冷たく湿った空気が肌を刺すようで、嫌な感じがする。


 この霧はただの霧ではない、何か禍々しい力を持っているのを感じる。俺は前方の様子を探るために、魔力を集中させて霧の気配を感じ取ろうとする。


 その時、俺の両側にいるクルシュさんとセリーヌ団長の存在が意識の中に浮かび上がった。


 クルシュは剣を握りしめ、緊張感を持って霧の中の動きを警戒している。


 一方でセリーヌ団長は、氷の騎士としての冷静さを保っているが、その視線には揺らぎがあった。


 彼女の白い髪が霧の中で浮かび上がり、まるで氷の彫刻のように見える。


「セリーヌ団長、クルシュさん、気をつけてくれ。霧の中に何かが潜んでいる」


 俺が声をかけると、クルシュさんが一瞬俺を見て、力強く頷いた。クルシュさんの表情は真剣そのもので、アーシャとの戦いを経て、剣だけでなく盾を使って、俺を護ることを決意した。そこには新たな彼女の強さがあった。


 一方、セリーヌ団長は俺の声に耳を傾けつつも、クールな表情を崩さない。ただ、彼女の視線がちらりとクルシュさんに向けられたことを俺は見逃さなかった。


「了解だ、ソルト殿。後方の警戒は任せてください」


 クルシュさんの声には確かな自信が感じられた。俺はクルシュさんに後衛の警戒を任せることにした。彼女は剣の腕が立つし、背中を任せるには十分な頼もしさがある。無属性である彼女は、黒い霧にも対応ができる。


「わかった、クルシュさん。俺は前方の霧に対処する。セリーヌ団長、サイドからの攻撃に備えてくれ」


 アーシャは、他の場所で団員と共に過ごしていると思うが、セリーヌ団長は少し戸惑ったような表情を浮かべた。


 だが、俺の指示に従ってくれて、すぐに冷静な顔つきに戻り、俺に短く頷いた。


 彼女は自分の感情を押し殺すように振る舞っている。氷の騎士としての誇りが、彼女をその仮面の中に閉じ込めているようだ。


「任務に集中する。それだけだ」


 セリーヌ団長の声は冷たく、どこか刺々しさを含んでいる。


 彼女の視線は真っ直ぐに霧の向こうに注がれているが、どこか落ち着かない様子が伝わってくる。


 俺はセリーヌ団長が自分の感情を押し殺していることに違和感を覚えた。彼女は何を考えているのだろうか?


 だが、俺の思考を遮るように森の中で、黒い霧がまるで生きているかのように動き始めた。その中心に、ぼんやりとした形が現れる。


 魔物だ。この霧を操っている元凶に違いない。


「来るぞ、気をつけろ!」


 俺が叫ぶと、霧の中からいくつもの黒い影が飛び出してきた。


 それらは一瞬にして俺たちを取り囲み、襲いかかってくる。すかさず俺は聖属性の魔力を練り上げ、浄化の力をその場に展開する。


「セイクリッド・バリア!」


 聖なる光が俺たちを包み、霧の一部がじりじりと後退していく。だが、霧の勢いは想像以上に強く、簡単には消え去らない。


 俺はさらに力を注ぎ、浄化の魔法を強化する。


「クルシュさん、今だ! 前方の魔物を斬れ!」


 俺の指示に応じて、クルシュが一気に前へと躍り出た。彼女の剣が鋭い光を放ち、黒い霧の中に潜む魔物に突き刺さる。


 無属性あるクルシュさんの斬撃は、霧を裂き魔物の一部が崩れ落ちる。だが、その攻撃だけでは完全に浄化することはできない。


「ソルト殿、援護を!」


 クルシュさんが叫ぶと、俺は再び聖属性の力を込めた魔法を放つ。


「ホーリー・クロス!」


 十字の光が現れ、黒い霧の中にいる魔物を浄化し始める。霧が一瞬にして晴れ、魔物の姿が露わになる。俺はその機を逃さず、さらに浄化の力を送り込む。


 一方でセリーヌさんは、氷の魔力を使い、霧の動きを封じようとしている。


 氷の槍を次々と繰り出し、魔物の動きを封じる。


 その姿はさすが氷の騎士と呼ばれるだけのことはあり、冷静で確実な攻撃だ。しかし、その目には焦りが見える。


 俺が彼女に視線を送ると、彼女は一瞬だけ俺を見返し、すぐに視線をそらした。


「セリーヌ団長、落ち着いてください! 焦ってはいけません。ゆっくり確実に霧を封じてくれるだけで大丈夫です!」


 俺はセリーヌ団長に声をかける。彼女は冷静に見えて、内心では焦っていることがわかる。彼女の強いプライドと騎士としての誇りが、彼女自身を縛り付けているようだった。


「……わかっている!」


 セリーヌ団長は短く返事をして、再び霧の魔物に注意を向けた。だが、その声には迷いが感じられる。


 セリーヌ団長は先ほどから何を気にしているんだ? 視線がチラチラとクルシュさんの方へ向けられる。


 もしかしたら、俺の力に頼ることへの戸惑いがあるのか? それが彼女の心を揺さぶっているのかもしれない。


「クルシュさん、セリーヌ団長、魔物を倒します!」

「はい! ソルト殿!」

「わかった」


 俺は再び聖なる光を全身にまとい、浄化の力を最大限に引き出す。


 黒い霧の中心にいる魔物に向かって、全力でホーリー・クロスを放った。光の奔流が霧を突き抜け、魔物に直撃する。


 クルシュさんもその一瞬の隙を見逃さず、剣を振り下ろす。セリーヌ団長も同時に氷の槍を放ち、霧の魔物を貫いた。霧が浄化され、魔物は次第に力を失い、消え去っていく。


 俺たちは肩で息をしながら、霧が晴れていくのを見届けた。周囲の空気が徐々に澄んでいき、冷たい霧が消え去ったことで、ようやく森の中に静寂が戻る。


「……終わったか?」


 セリーヌ団長が呟く。俺は周囲を確認して、霧の気配が完全に消えたことを感じ取ってから頷いた。


「ああ、これで終わりだ。お疲れ様、セリーヌ団長、クルシュさん。エリスもみんなの援護をしてくれてありがとう」

「はい! マスター」


 エリスは聖属性の補助魔法を常に二人にかけ続けてくれた。隠れた功労者だ。


 セリーヌ団長は俺の言葉を聞き、わずかにほっとした表情を見せたが、すぐにいつもの冷たい表情に戻った。


「助けられたな、ソルト」


 その言葉には、彼女なりの意地と誇りが見え隠れしていた。俺は彼女に微笑んで頷く。


「いえ、さすがは氷の騎士という力を見せていただきました」


 俺がそう言うと、セリーヌ団長は少し戸惑ったような表情を見せ、視線をそらした後に口元に笑みを作っていた。


 俺はセリーヌ団長と、クルシュさんと共に黒い霧に対処できた。


 だが、全てを消せたわけではないので、次へと移動する。

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