第117話

《side ソルト》


 クルシュさんとアーシャが戦いを行った後、アーシャ伝いにセリーヌ団長から協力要請を求められた。


 正直なところ少し戸惑いがあった。


 セリーヌ団長について、ミリアさんから聞いた話では、『氷の騎士』として、冷酷で完璧な女性として知られているそうだ。


 ただ、アーシャが世話になっている以上は、ずっと家族として兄として、世話をしてきた妹のためにも無下に断るわけにはいかないよな。


「ソル兄、今日は来てくれてありがとうね。セリーヌ団長が執務室で待ってるよ」


 騎士団に打合せのためにやってきた俺をアーシャが出迎えてくれる。


 いつもの調子で話をするアーシャに連れられて執務室までやってきた。

 セリーヌ団長と対面するのは緊張するが、アーシャの様子に緊張もほぐれるな。


「ありがとう、アーシャ」

「うん? どうかした?」

「いいや、なんでもないよ」


 アーシャが案内してくれたのは、王国騎士団の中でも女性だけの騎士団の奥にある広々とした執務室だ。扉の前に立つと、中から凛とした声が聞こえてくる。


「入れ」


 その一言で、空気が引き締まる。


 扉を開けると、セリーヌ団長が書類に目を通して机に向かっている。

 彼女の真っ白な髪が執務室の光に照らされ、美しさを際立たせている。


 彼女の隣には副官らしき人物が立っている。アーシャは俺の後ろに隠れるように外へと逃げていく。


 アーシャによって扉が閉められて、冷たい空気が流れている。


「すまない、ソルト殿。来てしまったのに待たせたな。こちらに座ってくれ」


 セリーヌ団長の声には冷徹な響きがあり、まるで感情が全く感じられない。

 彼女の無駄のない仕草や冷静な表情は、やはり『氷の騎士』と呼ばれるにふさわしい態度と雰囲気に緊張感を持って、彼女の指示に従い椅子に座る。


「このたび、騎士団として助力を求めることになったが…そなたには具体的に何を期待しているか、理解しているか?」


 彼女の質問は的を射ており、俺が何をすべきかを冷静に問いただしてきた。


「えっと、騎士団の活動に関してはアーシャから大まかな内容を聞いています。騎士団が直面している問題に対して、俺の聖属性が今回の事件に協力を役に立つと聞きました」


 淡々とした会話が続き、副官が控えている間は、セリーヌ団長は極めて冷静かつ形式的な対応をしていた。


 まさに冷酷無比な女性騎士団の団長らしい態度だ。


「リビア副官、お前は少し席を外してくれ」

「はっ!」


 リビア副官が一礼し部屋を退出する。その途端、部屋に残されたのは俺とセリーヌ団長だけになった。


 室内に静寂が広がり、少し気まずい空気が流れる。だが、その直後、彼女は俺の横に座った。まるで先ほどとは別人のように、距離感が急に縮まった。


「ソルト殿、二人だけの話をしよう」


 妙に親密な口調になり、彼女の冷たい印象が揺らぐ。彼女は何か焦っている様子で、動揺しているのか、俺が彼女を見れば、顔が非常に近い状態で目を見つめてくる。


「えっと、セリーヌ団長? 少し、距離が近いような気がしますが……」


 驚きつつも、冷静を装って指摘するが、彼女は少し戸惑った表情を浮かべる。


「あっ、そうか。すまない。私は…その…男性との距離感が、少しわからない」


 彼女の声がどこか不安定に揺れる。冷静で厳格な彼女が、突然こんなにも人間らしい一面を見せていることに驚きつつも、どう反応していいのか困惑する。


「いや、全然大丈夫です。俺はセリーヌ団長のような綺麗な女性に近づかれると緊張してしまうだけで…その、気にしないでください」

「私が綺麗だと!」


 真っ白な髪に真っ白な肌をしているセリーヌ団長の頬が赤く染まっている。


「緊張…そうか。そなたも私に緊張するのか?」


 セリーヌ団長はさらに身を近づけてきた。どうやら、彼女は人との距離感が本当にわからないらしい。それが妙に可愛らしく見えてしまうのは気のせいだろうか? 


 俺は彼女の意外な一面に思わず微笑んでしまう。


「ええ、少しだけですが。だって、セリーヌ様は“氷の騎士”として有名ですから、やっぱり少し構えてしまう部分があって…」

「ふむ、そうか。だが、私もただの人間だ。冷たく見えるかもしれないが…そなたにそんなに緊張されると、私も…その、居心地が悪い」


 少し頬を赤らめたまま、セリーヌ団長が照れくさそうに視線を逸らす姿は物凄く可愛い。


 セリーヌ団長がこんな風に照れる姿を見れるなんて思いもしなかった。

 彼女と初めて会った時にはアーシャの引き抜きを疑われて、冷たい視線を感じたが、今の彼女の姿を見れば、ただ冷静な態度をしていただけなんだとわかる。


 二人きりになるとこんなに無防備になるとは予想外だった。


「わかりました。セリーヌ様、リラックスして話しましょう」

「うむ。そなたがそう言うなら、私も少し…その、リラックスしてもいいのかもしれないな」


 妙にぎこちない態度で、セリーヌ団長は座り直して、肩が触れ合うほど距離感が妙に近い。隣に座った彼女の存在感が強すぎて、心拍数が上がるのを感じる。


「それじゃ、打ち合わせを始めよう、ソルト殿の助力が必要な案件だが…」


 彼女の声は冷静に戻ったが、どこかぎこちない。距離感が近い状態での打ち合わせは、終始落ち着かないままだった。


 それでも、セリーヌ団長の隠れた一面を垣間見たことで、少し彼女を親しみやすく感じ始めていたのかもしれない。

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