第116話
《sideクルシュ》
あの夜、私はソルト殿に抱きしめられて、不思議な感覚を味わった。
心の中が温かくなって、ソルト殿にもっと抱きしめられたい。隣にいて欲しいという思いが芽生えた。
ラーナ様や、フレイナ様、メイのことを大切に思う気持ちは今でもある。
だけど、ソルト殿に対して思う気持ちは、それとは異なるように思える。自分が彼に必要とされたい。そして、彼の側にいたいというものだった。
そんな思いを抱くようになった矢先、ソルト殿が王国騎士団に協力依頼を受けた。
「俺はしばらく王国騎士団の手伝いをしてくるよ」
「かしこまりました、ご主人様。私たちも王都での生活に慣れてきましたので、大丈夫です。メイとアオも随分と戦いに慣れてきました。このまま一人前の戦士へ育て、ご主人様の役に立つように育てましょう。クルシュさんもそれでいいですね?」
ルリは冒険者パーティーをまとめてくれている。
借りている家のこともしながらしてくれているので、普段の私ならそれでいいと答えていたと思う。
だけど、今の私は胸が少し痛い。
王都に来てから、多くのことが変わり始めている。かつてはただの剣士として、剣で生きることしか考えていなかった。
それだけでコーリアス第四騎士団の副団長は務まっていた。
だけど、ソルト殿と共に旅をし、ルリのそばで戦いを学び、メイやアオ、多くの者たちと接することで私は自分でも気づかない成長をしてきた。
その時間が、私の中で彼への感情を少しずつ変化させていたんだ。
だが、その感情に気づいても、私は決してその気持ちを表には出さない。
私の役目はソルト殿を守ることだ。それが私にできる唯一のことで、私の存在理由になっている。
彼の騎士として彼を守り抜く。
「ソルト殿、一つ願いがあるのですが、いいですか?」
「うん? どうしたのクルシュさん」
「私もその依頼に同行させていただけないでしょうか? あなたを守る騎士として」
私の発言に皆が驚いた顔を見せる。
これまで私は自分の主張をすることなく、ソルト殿の命に従ってきた。
「……うん、わかった。クルシュ、俺に付き従ってくれるかい?」
「ありがとうございます!」
ソルト殿がそう言った時、私は深く頷いた。もちろん、側にいたいという決意は揺るがない。彼が王国騎士団に協力するにあたり、私は彼の剣として、盾として、そばにいたい。
アーシャ殿に剣では及ばない。それは理解した。だけど、それでソルト殿を守れないというわけじゃない。
「当然です、ソルト殿。私は、あなたの騎士としてあなたをお守りします」
彼の騎士として、私は再びその言葉を誓う。彼を守ることが私の使命であり、私の誇りだ。
王国騎士団への協力は、王国騎士団長の一人であるセリーヌ様と、アーシャ殿が所属している部隊への支援だった。
近年広まっている、黒い霧の調査を手伝うというものだ。
私はこの協力依頼を通じて、彼らと共に戦うことになるだろう。しかし、何よりも大切なのは、ソルト殿の護衛だ。
セリーヌ様は、気高く誇り高い氷の騎士と呼ばれている。
騎士としての責務を何よりも重んじている。だが、彼女がソルト殿をどう見ているのか、私は時折不安になることがあった。
ソルト殿は冒険者として、王国騎士からあまりよく思われていない。
セリーヌ様も王国騎士団の中で孤高の存在だが、だからこそ彼女に認められないままでは、ソルト殿に危険が及ぶ可能性がある。
「ソルト殿、私は常にあなたのそばにおります」
そう言いながら、私は彼の横を歩く。
王国騎士団の任務に参加するため、私たちは街道を進んでいた。
「ああ、心強いよ。だけど、そんなに気を張らなくても大丈夫だよ」
ソルト殿が私を気遣う声をかけてくれる。彼の優しさに一瞬だけ胸が温かくなるが、すぐにその感情を押し込め、騎士としての自分を貫く。
「ありがとうございます、ソルト殿。心配は無用です。私はあなたの盾として、常に前に立つ覚悟です」
彼に好意を抱いていることを、私は決して口にしない。
それが私の使命を揺るがすことになるからだ。私は彼を守る存在であり、それ以上の感情を持ってはいけないのだ。
彼の側にいるために。
森を抜け、王国騎士団の合流地点に到着したとき、セリーヌ様とアーシャ殿が私たちを迎えてくれた。セリーヌ様の冷静な瞳が私を見つめる。
「ソルト殿、そなたが来てくれて助かる。そちらは?」
セリーヌ団長が私を見て、ソルト殿が紹介してくれる。
「私の護衛をしてくれるクルシュです」
「コーリアス第四騎士団所属、クルシュです。此度は、ソルト殿の護衛としてコーリアス領主代行を務めるラーナ・コーリアス様の命により、ソルト殿の護衛を務めております。危険が多い森の中に向かうと聞いて同行しました」
「そうか、よろしく頼む」
氷の騎士と言われるほどの方は、真っ白な髪に、冷たい瞳をして私を見ていた。
私はソルト殿を守るために少しだけ胸を張った。
「クルシュさん、今回の任務は危険かもしれないが、よろしく頼む。エリスもいるので、協力してくれ」
「もちろんだ!」
スライム少女のエリスが、私に微笑みかける。
彼女は、普段からソルト殿と共にいるので、あまり話をしたことはないが友好的な関係は結べているようだ。
「ソルト殿。私はあなたの剣として盾として、どんな危険があろうとも、あなたを守り抜きます」
そして私は、再び自分の中にある感情を押し込め、騎士としての役割に専念する。
ソルト殿への好意がどれほど強くなっても、私は彼を守るために存在する。
それが私の使命であり、誇りだ。
彼を守ることで、私は自分自身の心を守っているのかもしれない。
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