第115話
《sideクルシュ》
新しい剣を手に入れたけれど、心の中に広がるのは焦燥感と悔しさだった。
ソルト殿に不甲斐ない姿を見せてしまった。
コーリアスの地を旅立ってから私は何をしてきたのだろうか? これまで無属性ということで私は剣に命を預けてきた。
無属性について、ソルト殿に教えを受けてからは、無属性の可能性を探るようになり、剣術だけでなく、無属性の魔力を応用した戦い方をしてきたつもりだった。
だが、ソルト殿の幼馴染であり、剣聖の称号を賜ったアーシャさんとの戦いは、私にとって想像以上に大きな打撃を与えた。
お互いに魔力を使わない純粋な剣技。それならば自分にも勝ち目があると思っていた。それなのに、あの剣技、あのスピード。まるで全てを見透かされているような感覚だった。
私はいつも、剣一本で道を切り開いてきた。
剣が私の全てであり、誇りだった。
剣の腕だけは誰にも負けないと信じてきた。
実際にコーリアスの地やアザマーンでは、私の剣技はソルト殿や仲間を助ける役目を果たせていたと思う。
だが、アーシャさんの前で、その自信が粉々に砕かれた。
私はその場では平静を装っていたが、心の中では自分が情けなくてたまらなかった。どうして成長していないんだろう。
「大丈夫だ、クルシュ。気にするな。負けることもあるさ」
何度も自分に言い聞かせたが、まるで意味を成さない。私は強い騎士であるべきだという思いが頭から離れない。ソルト殿を守る剣でありたい。
あの日、命を救われた時から恩義を返そうとしてきた。
だが、ソルト殿はどんどん大きな存在になっていく。
ラーナ様に愛され、ルナ殿やアオ、メイの心を救い。
アザマーンの騒乱を治めてしまわれた。
私は彼の剣であるはずなのに、弱さを見せることは許されないのに。
その晩、寝床に入っても、眠ることができなかった。
頭の中で何度も何度も、アーシャさんとの戦いが繰り返された。彼女の一つ一つの動作が、私を圧倒し、次第に私の心を蝕んでいく。
「クルシュさん、大丈夫か?」
帰りに聞いたソルト殿の心配するような声が、不意に私の耳にこだました。
心配をかけてしまった。
私が弱いから……。それがどうしようもなく情けない。
どうやら、眠れない。
私は一人家を出る。
二十四時間空いている冒険者ギルドの訓練所に向かい、剣を振るう。
雑念を取り払うように、アーシャさんの剣を思い出して、剣を交わす。
「ハァハァハァ」
どれだけそうしていたのかわからないが、汗だくで剣を振っていた。座り込んで腕が重い。
「お疲れ様」
「えっ?」
ソルト殿が隣に座る。そっと回復魔法をかけてくれて、腕の痛みが和らぎ、体全体が熱くなっていくのを感じる。
「だっ、大丈夫です、ソルト殿。少し考えごとをしていただけです! もう結構ですから」
汗や体が熱くなることが凄く恥ずかしくて、私は言い返したが、声にはいつもの力強さが欠けていたのが自分でも分かる。
「クルシュさん、無理をしなくていいんだ。何があったのか話してみないか?」
ソルト殿の優しい声が私を包み込んだ。
その瞬間、心に張り詰めていたものが一気に崩れた。私は無意識のうちに、溢れ出る感情を抑えきれなくなっていた。
「ソルト殿、私は……私は無力です。これまで無属性は魔法が使えない無能だと言われ続けてきました。それに反発するように剣術を誰にも負けないように鍛え上げました! それなのにアーシャさんに全く歯が立たなかったんです。剣士として、私は何もできなかった……」
声が震え、涙がこぼれそうになるのを必死に抑えた。
「ソルト殿からも、無属性の可能性を教えてもらい。前よりも一層、戦いで役に立てるようにしてきたつもりです。実戦も多く経験して、ルナ殿との稽古も重ね。私は一体何をしていたのか?!」
ダメだった。気持ちが溢れ出すと止められない。
「そうか」
ソルト殿は、励ますことも、怒ることもなく。
ただ、私の話を聞いてくれた。
「私は、自分が恥ずかしい! ソルト殿の騎士として、剣として、あなたを守りたいとここまでついてきたのに、このままでは何も守れない」
膝を抱え、こんなにも自分が情けないのだと知った。
いや、昔からそうだ。
孤児だった私は、人から物を盗み。フレイナ様に拾われてからも、訓練から逃げる日々だった。恩義を真面目にやり始めてからも無属性であったために、剣術に逃げていただけなんだ。
「私はあなたの騎士として……勝たなければ意味がないんです!」
ついに涙がこぼれた。悔しさと、自分の無力さが一気に押し寄せ、どうしようもなくなった。
ソルト殿は私を後ろから抱きしめた。
「えっ?」
「クルシュさん、君は強い。だが、それは剣の強さだけじゃない。もちろん、剣術も頼りにしているよ。だけど、君の心の強さがあるからこそ、メイは君を尊敬して、アオは君に懐き、ルナも君を認めている。そして何よりも、クルシュさんといることで、俺は安心してみんなを任せられているんだ。君には統率する力や、他者を守る力をちゃんと持ってるよ。剣だけなんて言わないでくれ。俺たちは君自身を頼りにしているんだ」
私はソルト殿の言葉に驚いた。
「でも、ソルト殿……私はあの戦いで何もできなかったんです」
ソルト殿は私の涙を拭いながら、静かに微笑んだ。
「クルシュさん、確かに一対一の戦いには負けたかもしれない。でも、君はその経験から何かを学んだんじゃないか? 強さは結果ではなく、その過程でどう成長していくかなんだ」
ソルト殿の言葉に、私は先ほどの訓練でアーシャ殿の剣を真似ようとしていた。
だが、自分にはない剣術で、次第にそれに対抗する手段を考えようとしていた。
そうか、確かに私はアーシャ殿に負けたかもしれない。
だけど、彼女の剣術を見て、自分の成長を考えられていた。
結果ばかりを追い求めていた自分が恥ずかしい。
いつも私は一つのことにしか集中できない。
「ソルト殿……ありがとう。私は、もっと強くなりたいです」
「君ならできるさ、クルシュさん。俺たちは仲間だ。一人で戦う力も確かに必要だけど、仲間の力を借りて戦う冒険者だ。共に強くなろう」
私はソルト殿の言葉に励まされ、少しずつ前を向くことができるようになった。
アーシャさんに負けたことで、私は成長するための新たな目標を見つけたのだ。
「ソルト殿、私は絶対に強くなります。もっと強くなって、皆を守れるように」
「それでこそ、クルシュさんだ。俺も応援しているよ」
「ただ、一つお願いがあるんです」
「うん? 何かな?」
「強く抱きしめてくれませんか?」
「えっ?」
私は回復魔法を受けて、体が熱くなっていた。
それに、ソルト殿に抱きしめられて、心が温かくなった。
その夜、私はアーシャさんに負けた悔しさよりも、ソルト殿に抱きしめられた心の安らぎによって眠ることができた。
ソルト殿の励ましを胸に、私は新たな一歩を踏み出すことを決意した。
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