第114話
アーシャたちを救った後、家に戻るとクルシュさんが落ち込んだ顔をしていた。
「ルリ、何かあったのか?」
「それが王都周辺に現れる魔物の一体に、体を硬くする魔物がおりまして」
「ああ、確かにいたね」
「はい。その魔物を切ろうとしたクルシュさんの剣が折れてしまいまして。敵は私とアオが腕力で倒したのですが」
冒険者としての活動を続けていると、アクシデントに見舞われることがある。
「クルシュさん」
「ソルト殿、私は未熟ですね。剣が折れてしまいました」
クルシュさんが見せてくれたのは、彼女が愛用していた細身の剣だった。
鋭く光るはずの刃は、途中で無惨にも折れている。
「長い間、愛用していたんですか?」
「ええ、フレイナ様が選んでくれて、ラーナ様がプレゼントしてくれた物なんです」
「それは大事な物ですね」
「はい」
「明日、良ければ、一緒に武器屋に行きませんか? 修復は無理かもしれませんが、短剣に打ち直してもらうことはできると思うんです」
俺の提案にしばし考えるそぶりを見せ、落ち込んでいたクルシュさんが顔を上げる。
「はい、ですが…私は道に疎くて…」
クルシュさんは少し困ったように顔をしかめた。
彼女はコーリアス領の育ちで、王都の道にはあまり詳しくない。
もちろん、そんなことはわかっているので、俺が彼女を案内するつもりだ。
「もちろん俺が案内します。一緒に行きましょう。良い剣があればいいのですが」
「ありがとうございます、ソルト殿」
クルシュさんの表情が少しだけ明るくなり、俺たちは翌日、王都の武器屋街へと向かうことにした。
王都の武器屋街は、鍛冶師たちの熱気で満ちており、どの店も武器が所狭しと並んでいる。通りを歩くだけで、剣や斧、弓など様々な武器が目に飛び込んでくる。
「このあたりには、良い剣を扱っている店が多いから、クルシュさんに合った剣がきっと見つかるはずだよ」
「そうですね。どの店にも入りたくなりますが、どこから見て回れば良いでしょうか?」
「まずは評判の良い店に行ってみよう。あそこに見える店がいいかもしれない」
俺たちが目指したのは、王都でも名の知れた老舗の武器屋だった。
店内に入ると、店主が笑顔で迎えてくれる。
「おや、いらっしゃい。何をお探しですか?」
「この者の剣が折れてしまったので、新しい剣を探しているんです」
クルシュさんが自分の剣を見せると、店主は鋭い目でそれを見つめ、うなずいた。
「なるほど、確かに良い剣だが、長年の使用で疲れが出たんだろうな。最後まで主を守り切った良い剣だ」
「ありがとうございます」
鍛治師の言葉にクルシュさんは嬉しそうな顔をする。
店主は棚の奥から数本の剣を取り出してきた。
それぞれが異なる形状とバランスを持っており、どれも鍛え抜かれた逸品に見える。
「これらの中から、自分の手に馴染むものを選ぶと良いだろう」
クルシュさんの折れた剣に似た細身の剣を、一本一本の剣を手に取り、その感触を確かめていく。その真剣な姿勢に、店主もうなずきながら見守っていた。
その時、店の外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ソル兄だ!」
陽気な声に振り返れば、ポニーテール姿のアーシャが店に入ってきたところだった。
「ここで何してるの?」
彼女は巡回の途中でこの店に立ち寄ったらしい。
剣の手入れを頼むこともあり、店主とは顔馴染みのようだ。
「アーシャか。実は仲間の武器が壊れてね。修理と、新しい剣を購入するためにきたんだ。クルシュさん、俺の元仲間で、現在は王都の騎士団に勤めているアーシャです」
「そうでしたか、私はコーリアス第四騎士団所属、クルシュと申します」
「うわぁ〜凄い美人!」
アーシャは素直すぎるところがあるので、銀髪に整った顔をしているクルシュさんを見て、挨拶をすることを忘れて感想を述べてしまう。
「コラ、アーシャ。挨拶をしろ」
「は〜い! 王都騎士団所属、アーシャだよ。今は剣聖って言う方が通りがいいんだけどね」
「剣聖!」
アーシャの自己紹介に、クルシュさんは驚いた顔を見せる。
元々、剣術の才能はあったけど、王都の騎士団に所属して、剣聖にのぼり詰めたことを聞いた際には驚いた。
「ふむふむ、なるほどね。それじゃ、クルシュさん、剣士なんだよね?」
「はい、そうです!」
「ふーん…ねぇ、ソル兄、クルシュさんと少し剣を交えてみたいんだけど、どうかな?」
アーシャの目が輝いている。彼女はいつだって新しい挑戦を楽しむ性格だ。
そして、自分の技量を試すために他の剣士と戦うことを好む。
「それは俺が決めることじゃない。クルシュさん、どうだろう? アーシャが相手をしたいと言ってるが」
クルシュさんは少し驚いたようだったが、すぐに冷静さを取り戻し、うなずいた。
「胸を借りるつもりで、是非お手合わせをお願いします」
店の裏手にある小さな訓練場で、二人は剣を構えた。
刃が潰れているので、急所に当てない限りは大きな怪我にはならないだろう。
アーシャは笑顔でリラックスしているが、その目には真剣さが宿っている。
クルシュさんもまた、普段の静かな態度とは異なり、戦士としての闘志を見せていた。
「いくよ!」
アーシャが軽い掛け声と共に一気に距離を詰める。
彼女の動きは俊敏で、まるで風のように滑らかだった。クルシュさんはその動きを見逃すことなく、素早く対応するが、アーシャの剣技は一筋縄ではいかない。
「すごい…!」
クルシュさんは驚きながらも、全力でアーシャの攻撃を受け止め、反撃に転じる。
しかし、アーシャはその反撃を軽くかわし、まるで遊んでいるかのようにクルシュを翻弄していく。
「さすが、剣聖だな、アーシャのやつ」
俺は二人の戦いを見守りながら、アーシャの圧倒的な技量に感心する。
クルシュさんも全力を尽くしているが、アーシャのスピードと技の前では苦戦を強いられていた。
そして、数分後、決定的な一撃が訪れる。
アーシャの剣がクルシュさんの剣を弾き飛ばし、そのままクルシュさんの体勢を崩す。
「これで終わり!」
アーシャの剣がクルシュさんの喉元に突きつけられる。
クルシュさんは息を切らしながらも、その剣先に冷静に目を向けた。
「…参りました」
クルシュさんはそう言って、アーシャに勝利を認める。
アーシャは剣を下ろし、にっこりと笑った。
「ありがとう、クルシュさん! すごく楽しかったよ!」
アーシャは楽しげに笑っているが、クルシュさんの表情はどこか寂しげだった。
彼女はその場では平静を装っていたが、自分の誇りである剣技で完敗したことに、内心でかなり落ち込んでいたのだろう。
「クルシュさん…」
俺が声をかけようとしたが、クルシュさんは軽く頭を下げた。
「もう少し剣を見てきます」
そう言って、店の中に戻っていった。その背中はどこか重く、心の中で何かを抱え込んでいるように見えてしまう。
アーシャもその様子に気づいたのか、少し心配そうにクルシュさんを見送っていた。
「クルシュさん、頑張り屋だね。剣にも真っ直ぐで凄く強かった」
「ああ、クルシュさんは真面目に剣に取り組んできたからな。アーシャも凄かったぞ」
「へへ!」
アーシャを褒めてやると、嬉しそうに微笑んだ。
俺はクルシュさんの気持ちが少し気にかかっていた。彼女の誇りを傷つけないように、これからどうサポートしていくべきか、考える必要がありそうだ。
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