第113話

 アーシャに会ってから数日が過ぎた。

 

 王都での生活が再び始まり、俺たちは自然と冒険者としての活動を再開していた。


 アオ、メイ、ルリ、そしてクルシュさんをリーダーにして、彼女たちは四人でそれぞれの得意分野を生かし、王都での新たな冒険に挑んでいた。


 俺は、彼女たちが経験を積むための良い機会だと思い、しばらくは別行動を取りながら王都の墓について調べることにした。


 なので、今はテイムモンスターであるエンペラースライムのエリスと共に、久しぶりの王都を探索していた。


 エリスは人型なので、服を着てもらえれば、まるで普通の人間のように見える。

 実際は強大な力を持つエンペラースライムだが、聖属性なので清らかな存在とも言える。


 彼女との冒険は、まるで家族と過ごすような安心感があり、肩慣らしとしては最高の相棒だ。


「マスター、今日はどこに行きますか?」


 エリスは二人で出かけられることを喜んでいるのか、楽しげに尋ねてくる。


「今日は特に予定はないが、少し肩慣らしにでも行こうかと思ってる。久しぶりにこの街の空気を感じるのも悪くないだろう?」

「はい! マスターと一緒にいると嬉しいです」


 エリスが微笑みながら答えると、その笑顔に癒される思いだった。


 俺たちは王都内以外にも、王都周辺に点在する村々にも王家の墓の情報がないか聞き込みをするつもりだ。


 村を巡って王都に帰る際、森で黒い霧が発生しているのを見つけた。


 どうやら、王都の騎士団が対処しているようだが、劣勢に見える。


「エリス、どうやら聖属性の出番がありそうだ」

「はい! 承知しました」

「黒い霧…これは厄介なことになりそうだな」


 俺はすぐに、エリスと共に現場へ向かった。


 すでに霧の中で被害が出ているという。

 これ以上、放っておけば被害が広がるだろう。


 森に入ると、辺り一面に黒い霧が立ち込めていた。


 その霧は不気味なほど冷たく、まるで生き物のように動いているように感じられる。霧の中に潜む何かが、こちらを監視しているような感覚が俺を襲った。


「この霧、ただの自然現象じゃない。何かがこの霧を操っている?」


 俺は警戒を強め、霧の中を進んでいく。


 すると、前方から激しい戦闘の音が聞こえてきた。金属がぶつかり合う音と、必死な叫び声が響いてくる。その方向へと急ぐと、そこには見覚えのある姿があった。


「アーシャ!!」


 俺の視界に飛び込んできたのは、アーシャの姿だった。


 黒い霧の中で魔物と必死に戦っている。


 その横には団長のセリーヌ様もおられるようだ。


 実体の内、黒い霧の魔物に何とか剣を振るって応戦していたが、その表情には焦りが見え苦戦を強いられているようだった。


「これはまずい…!」


 俺はすぐさま駆け寄り、彼女たちの側に立った。二人の様子を見れば、ただの魔物相手ではなく、霧そのものが彼女たちの力を削いでいるようだった。


「ソル兄! どうしてここに…?」


 アーシャが驚きながらも、安堵の表情を浮かべる。


 セリーヌ団長は、俺の登場に一瞬の間、驚きを見せた。


「この霧はただの霧じゃない。精神を蝕む何かが潜んでいる。俺の聖属性の魔法なら、これを浄化できるかもしれない」


 俺はすぐに聖属性の力を引き出し、浄化の魔法を唱えた。

 

 手から放たれた光が霧を照らし、黒い霧は徐々にその力を失っていく。霧が薄くなり、周囲の視界が開けてくると、魔物たちの動きも鈍くなっていった。


「今だ、やるぞ!」


 俺の呼びかけに、アーシャが誰よりも早く動き始める。


 昔の勘を取り戻すように、冒険者時代と変わらないアーシャがそこにいた。


 アーシャは剣を振り下ろし、操られていた魔物の首を狙い澄ました一撃で仕留める。


 セリーヌ団長も氷の魔法を使い、霧を一瞬で凍りつかせた後、その中に潜んでいた魔物を一掃した。


「ふぅ…何とかなったな」


 霧が完全に消え去り、辺りは静寂に包まれた。俺たちは息を整えながら、無事に勝利を収めたことを確認した。


「ありがとう、ソル兄」

「アーシャもナイス!」


 俺たちは互いにハイタッチで喜び合う。


「マスター。救護者がおります」


 エリスが、他の騎士団員を保護して連れてきてくれた。

 彼女の後ろには小型スライムたちが運搬してくれている。


「うわっ!? スライム! どうして?」

「彼女は俺がテイムしたエンペラースライムのエリスっていうんだ。小型スライムは彼女の分離体だよ」

「うへぇ〜! 凄いね。ソル兄。会わない間になんか凄いことになってるじゃん」

「まぁな」


 俺がアーシャとの軽口をしていると、セリーヌ団長が近づいてきた。


「ソルト殿、加勢感謝する。あなたがいなかったら、私たちはどうなっていたか…」


 セリーヌ団長が感謝の言葉を口にする。


「へへ、セリーヌ団長ってね。普段はプライドが高くて、誰かに助けを求めることを嫌う女性なんだよ。だから、素直に感謝を言葉にするの珍しいんだよ」


 小声でアーシャが教えてくれる。

 それほどまでに切迫していた状況だということだろう。


「いえ、たまたま近くを通りかかって戦闘する音が聞こえたに過ぎません。セリーヌ団長やその仲間たちが助かって本当によかったです。それにあなたの氷の魔法はとても綺麗で、霧の魔物を攻めあぐねいていたのは、あなたのおかげです。さすがは騎士団の団長ですね」


 俺はなるべく彼女を気遣うように声をかけた。


 だが、その声かけがいけなかったのか、いきなり彼女が涙を浮かべた。


「ふぇえええ!!」


 アーシャが大きな声を出して驚いた声を出す。


 俺も何が起きているのかわからなかった。


「すまない」


 そう言って彼女は一筋の涙を拭うと、クールで冷たい印象を受ける表情に戻った。


 ただ、あの涙の中に一瞬だけ温かみが宿ったように感じた。


「でも、この霧は一体なんだったんでしょうね!?」


 話題を変えるためにアーシャが疑問を口にする。


 確かに、この黒い霧は一筋縄ではいかない何かが背後にいるはずだ。


 今回の出来事は、何か大きな問題の前兆かもしれない。


「それを調べるのも我々の仕事だ」

「はーい」

「改めて、団員を救ってくれたこと礼をいう」

「あっ、はい」


 その後は団員を宿舎に送り、アーシャたちとはそこで別れた。


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