第112話

《sideセリーヌ・グレイブ》 


 私の名前はセリーヌ・グレイヴ、王国で騎士を輩出する《白髪の一族》として知られている。


 その名が示す通り、一族全員が雪のように白い髪を持ち、その冷徹な性格から「氷の一族」とも称されることがあるが、実際に氷属性であり、魔法や剣術も氷を使った戦闘技術を使う。


 さらに、暑さにあまり強く無いため、領地は北の大地を持ち、夏場は外に出たくない。


 騎士としては、誇り高き貴族の一員として育てられてきた。


 父と兄は王国でも名を馳せる騎士であり、その誇り高き血筋を守るために日々剣を振るっている。


 しかし、彼らはいつも冷たく、感情を表に出すことはなかった。


 幼い頃、私は父や兄のような騎士になりたいと夢見ていた。


 しかし、その夢を語るたびに、彼らは無言のまま私を見下ろし、無関心であった。


 その視線は冷たく、私になど興味はない。


 女なのにと私の夢を馬鹿げたものであるかのように感じられた。


 特に父の鋭い眼差しは、私を何度も打ちのめした。父は一度も私に対して感情を見せたことがなく、その沈黙が私にとって何よりも苦しかった。


 兄も同様だった。


 私が訓練場で剣を振るう姿を見ても、彼はただ黙って立っているだけだ。言葉をかけることもなく、手を貸すこともなかった。


 時折、彼の視線が私に向けられることがあったが、それもすぐに逸らされてしまう。私には、彼が私を騎士として認めていないようにしか思えなかった。


 ただ一人、母だけが私を心から心配してくれていた。


 母はいつも優しく微笑み、私の話をじっくりと聞いてくれた。しかし、彼女もまた私が騎士の道を進むことに対しては反対していたんだと思う。


「セリーヌ、あなたが騎士になりたいという気持ちはわかるわ。でも、どうか無理をしないで。あなたはこの家族にとって大切な娘なの。騎士としての道よりも、女性としての幸せを考えてほしいの」


 母の言葉は優しかったが、その言葉の裏には深い心配が隠されていた。


 女として生きることを望んでいるのはわかっている。


 私が平穏で安定した生活を送ることで、危険な戦場に身を置くことは母に心労をかける。


 だが、私はどうしても諦めることができなかった。


 父や兄に認められたいという気持ちが、私を突き動かしていた。


 彼らの無関心な態度の裏に、どこかで私を見守ってくれているのではないかという淡い期待があったのだ。


 だからこそ、私はあえて逆境に立ち向かい、女性だけの騎士団を立ち上げた。男に甘えたり、縋るような態度は取らない。


 自分を強くすることで、彼らに誇れるように胸を張れる日が来ることを信じていた。


 しかし、そんな私の決意が試される日がやって来た。王都の近郊で発生している、霧の中に魔物がいるという怪事件は、まさにそれだった。


 私たちの騎士団は、その調査と討伐に駆り出され、霧に包まれた森の中に足を踏み入れた。霧が濃くなるにつれ、仲間たちの様子がおかしくなり始めた。


 最初は些細な違和感だった。目の焦点が合わなくなり、口数が少なくなった。しかし、その違和感は次第に異常へと変わり、仲間たちは互いに武器を向けるようになった。


「何をしているんだ! 目を覚ませ!」


 私は必死に叫んだが、彼女たちの耳には届かなかった。


 霧の魔物は私たちの体に入り込み、理性を奪い取ろうとしていたのだ。


 彼女たちの目が虚ろになり、狂気に染まった表情で剣を振るう様子は、私の胸に深い恐怖を植え付けた。


 氷の魔力を帯びた私は咄嗟さに霧に対して、自分の周りの温度を下げることで対処した。


「これは…幻影か? いや、違う。やはりこの霧自体に何か秘密があるんじゃないか?!」


 冷静さを保とうとするが、仲間たちが次々と倒れていく中で、私もまた戦場の混乱に飲み込まれていた。


 自分の無力さが骨身に染み、何もできない自分に苛立ちと絶望を感じた。


 その時、突然私の目の前にアーシャが飛び込んできた。彼女は霧の中から現れ、私を庇うように立ちはだかった。


「セリーヌ団長、ここは一度退きましょう! このままでは全滅してしまいます!」


 アーシャの声は冷静だったが、その瞳には強い決意が宿っていた。私は彼女の言葉に一瞬戸惑ったが、彼女の的確な判断に救われた思いがした。


「しかし、私は…指揮官として」

「今は命が最優先です。戦力を立て直しましょう!」


 アーシャの言葉に従い、私は残った仲間たちを引き連れて戦線を離脱した。


 私たちは森の外れにまで逃げ延びたが、霧はなおも私たちを追ってくるかのように森全体を包み込んでいく。


「セリーヌ団長、あの霧の魔物は強力です。何か策を考えなければ、私たちはまた同じ目に遭ってしまいます」


 アーシャの言葉に、私は自分の無力さを再認識した。


 父や兄に認められたいという思いが、私をこの騎士団へと導いたが、今その騎士団が壊滅の危機に瀕している。それは私自身の責任でもある。


「わかっている…でも、どうすればいい?」

「まずは、冷静に状況を分析しましょう。霧の魔物は体に影響を与える力を持っているようです」

「その割には、君は平気そうに見えるが?」

「不思議なんですが、霧が私の中に入るのを嫌がっているようです。それに、少しだけ吸い込んでしまいましたが、不快感は一瞬で、すぐに正常に戻りました」


 どうしてアーシャは平気なのだ? 私は霧に飲み込まれそうになった瞬間、父と兄を思い出して、気持ちが落ち込んでしまった。


「ます。これを防ぐためには、何らかの対策が必要です」


 アーシャの冷静な分析が私を奮い立たせた。

 彼女の言葉に従い、私は再び戦う決意を固めた。


「仲間の救出を優先する。アーシャ、できる範囲で良い仲間を救えるか?」

「もちろんです。ただ、この魔物を倒す方法がわかりません」

「一瞬だが、私の魔法で凍らせる。そのスキに動ける者は手を貸してくれ」


 私たちは戦力を立て直し、仲間を助けるために森の中へと進んだ。



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